帰りが心配
「……もしもし?」
「よお、どう? あいつもう帰った?」
「あいつって小夜ちゃん? まだいるけど」
「まだいんのかよ。そろそろ帰れって言っといて」
言うだけ言って慶太郎はすぐに電話を切った。
時間を見ると夕方五時過ぎ。
速見家の門限がどうなっているのかまではわからないが、帰り道を考えるとそろそろいい時間なのかもしれない。
悠己はスマホをしまうと、小夜に確認を取る。
「そろそろ帰るよね。途中まで送ってくから」
「え? いやでも全然まだまだしゃべりますけどわたしはまだ別にそんな急がなくても」
「いやもうしゃべりはいいんだけど、いま慶太から電話があってさ。小夜ちゃんが心配なんだって」
「……はい?」
小夜が顔をひきつらせ気味に首をかしげる。
急に怖い顔になって悠己が少しぎょっとしていると、小夜ははっと何かに気づいたようにコロっと笑顔になって、
「あっ、そっか! おもしろ~い、お兄さんギャグもいけるんですね。すごーいさすが!」
「いや別にギャグではないんだけど……」
とりあえず小夜を帰すことにすると、一応確認のため家を出る前に瑞奈の部屋に寄る。
ドアの前に立つとバタバタと中から変な音がしたので、開けて入っていくと瑞奈が床の上でずっこけていた。
「……何やってんの? ちょっと小夜ちゃん送ってくるから。それか瑞奈も行く?」
「愚問よ」
「当然行くってこと?」
瑞奈は膝をさすりながら立ち上がると、ろくに目も合わせずに答える。
依然として不機嫌そうな態度だが、先ほどより悪化しているそぶりすらある。
「……ふっ、帰り道にはせいぜい気をつけなって言っておいて」
「わかった、瑞奈が心配してたよって言っとく」
「そういうイミではない」
「何をそんなひねくれてるわけ? 闇討ち姫」
「ひ、姫ってゆうな! 行くならさっさと行きなよもう!」
瑞奈に両手で体を押され、部屋から出されると、背後で荒々しくドアが閉まる。
悠己は心配そうな顔で待っていた小夜に向かって、
「瑞奈が帰り道気をつけてって」
「えっ?」
そう言ったとたん、小夜はとたんに頬を紅潮させる。
「わぁ、すごくうれしい……! 姫から心配してもらえるなんて……」
「うんうん、よかったよかった」
それから小夜とともに、二人でマンションの部屋を出る。
一階のエントランスにやってきたあたりで、小夜は悠己を仰ぎ見ながらおそるおそる声をかけてきた。
「あ、あのぅ……」
「ん?」
「えっと……また、遊びに来てもいいですか? 今日はあんまり、成戸さんとおしゃべりできなかったので」
「もちろん」
今日は少し失敗だったが何も焦ることはない。徐々に慣らしていけばいい。
悠己が頷くと、ぱっと笑顔になった小夜はスマホを取り出して、
「え、ええと、うちの兄を挟むと、いろいろ面倒なので……その、できたら連絡先を……」
「いいよ」
悠己としても毎度慶太郎を通すのは面倒だ。
本当は自分ではなく瑞奈と直接交換させるのがベストなのだが、ここで勝手に瑞奈の連絡先を教えたりしたらあとがうるさいだろう。
ひととおり連絡先の交換を終えて建物を出ると、陽の落ちかけた路地を二人付かず離れずつれだって歩く。
そしてコンビニのある曲がり角まで来たところで、行く手から聞き慣れた声がした。
「よぉ、お帰りかよ」
誰かと思えば慶太郎だった。アイス片手にこちらに向かって手を上げている。
てっきりとっくの前に帰ったのだと思っていたので面食らいながらも、
「あれ、帰ったんじゃなかったの」
「よく考えたら帰ってもやることねーし、ゲーセン行ってた」
「それは一人で?」
「……別に一人だっていいだろ。お前そういうとこちょいちょいつついてくるよな」
苦い顔をした慶太郎は残りのアイスを一口に放り込むと、脇で黙り込んでいる小夜に声をかける。
「お前、仲良くなったんかよ? あの~……ほら、あれ。瑞奈ちゃんと」
「別に……関係ないでしょ」
「はぁ? んだよそれ」
ぼそりと小さな返事をした小夜は、慶太郎の顔を見ようともしない。
それに対し慶太郎は小さく舌打ちをしたあと、
「ったくこれだからな。……まぁいい行くぞ、帰るぞ」
「……一人で帰れますけど!」
小夜は鋭くそう言い放つと、ひとりでにあさってのほうへ歩いていってしまった。
慶太郎は一度悠己に目配せをして「やれやれ」と大げさに肩をすくめてみせると、だるそうにのろのろと歩きだしてそのあとを追った。
↓書籍版第二巻の表紙が公開になりました。6/30発売予定です。
こちら一巻以上に大改稿を加えておりまして、一部設定構成の見直しに追加書き下ろし部分と真エンド的なものを搭載し、ウェブ版をすでにご覧になった方にこそぜひ手にとっていただきたい内容となっております。
前回に引き続きさばみぞれ先生のイラストも神がかっておりますので、どうぞよろしくお願いいたします。