神席
「ほんとラッキーボーイだよお前は! しかも窓際の一番うしろとかマジ神席じゃん!」
朝の登校時間。
下駄箱で靴を履き替えていた成戸悠己は、朝っぱらからクラスで唯一の話し相手である速見慶太郎に捕まった。
今日もガッチリ髪を逆立てた慶太郎は、腕まくりしたシャツを第二ボタン
まで開けて、さほど暑くもないのに扇子でしきりに首筋に風を送っている。
「窓際はやっぱりいいよな」
「窓はおまけだよ! なにしらばっくれてんだよ」
廊下を歩きながら慶太郎が騒いでいるのは、昨日のLHR終わりに行われた席替えのことだ。
くじ引きで悠己が引き当てたのは、窓際一番うしろの席。
そしてその隣の席は、クラス一……いや学内でも指折りの美少女だともっぱら噂だという鷹月唯李。
「オレだけじゃなくてクラスの連中みんな言ってるからな? 一体どんな確率だよって。もう数年分の運使い切ったな」
「どうせなら宝くじでも当たってくれたらよかったのに」
「なんでそういう事言うかな? ていうかもっと喜べよ! マジで冷めてんなぁ」
悠己にしてみたらよくわからないところで勝手に運を使うような真似はしてほしくなかったというのが正直なところ。
いつも冷めてる冷めてると言われるけども、悠己にしてみたら慶太郎が熱いのだ。
この前も「毎日暑苦しい日めくりカレンダーめくってそう」と言ったら「めくってたら悪いか?」と真顔で返された。
「そんな興味なさそうなすました顔して、実は昨日の夜からずっとあれこれ考えちゃってんじゃないの? あ~話しかけられたらどうしよう何しゃべろう~とかって。このムッツリが」
慶太郎に言わせると、悠己は人よりリアクションが薄いらしい。そしていつも眠そうらしい。なんかぬぼ~っとしている、というのだ。
それ以外は、別段取り立てることのない普通の平凡な男子高校生だ。悠己本人はそう思っている。
「別に俺なんかに話しかけてこないでしょ」
「んなことはない。彼女は隣の席になった男子によく話しかけるという習性がある。お前みたいな影の薄いやつだろうがなんだろうが」
「習性って、そういう虫か何か?」
「今まで隣の席になった男子はもれなく告白して、そして残らず玉砕してるってウワサだ。てかこの話、前にもした気がするんだが」
慶太郎によると、要するに話しかけてくるからといって、必ずしも好意があるというわけでもないらしい。
単純に隣の席の男子に話しかけられずにいられない、そういう性質なんだと。
「まあ一部の間では『隣の席キラー』なんて異名もつけられてるからな。クラスの連中とお前が何日もつかって予想してたんだけど、せいぜい三日だろとか言われてたぜ。まあオレはお前のことを買ってるからさ、一週間にしといてやったよ」
一方的に勝手なことをまくしたてられてバシバシと肩を叩かれながら、教室に到着する。
教室に入るやいなや、慶太郎はうるさくあちこち挨拶回りに行って煙たがられている。朝イチからこのテンションは大抵の人間にはしんどい。
その分悠己は嫌な顔をしないからいい、と言って妙に気に入られているが、単純にリアクションが薄いのと話も右から左へ聞き流していてまともに取り合っていないだけだったりする。
なぜそんな彼と悠己が友達かと言うと、たまたまだ。
体育で二人組を作りなさい、で慶太郎はうざがられて余って、悠己は忘れられて余った。そして合体。
それが高校一年の去年の話で、二年生になった今年もたまたま同じクラスになった。
何事も、たまたまなんだと思う。
だから成戸悠己が、鷹月唯李の隣の席になったのもたまたまだ。
(あんまりうるさかったらやだなぁ)
悠己は大きくあくびをしながら、ゆったりとした足取りで窓際の自分の席に向かった。