魔法院語り:杖作りウーニン「エミリーの誕生」(圧縮版)
※注:これは純粋な小説ではなく、その手前のアウトライン(作者表現「細筋」)であります。今後ファンタジーも書いていきたいため、現在その第一候補と考えている作品の「細筋」を投稿させていただきます。その旨ご理解の上お読みいただき、気に入っていただけたのなら小説の投稿を待っていただけたら幸いです。
※追記:タイトルの末尾を(圧縮版)と変更しました。
文字数が800字詰めで30ページ超もありましたので、完全に短編の量があったためです。
もちろん正式版もいずれ投稿しますので、それまでお待ちください。
★1-1
魔法院人工精神体研究室の一室で、魔化研究員のウーニンは人工精神体エミリー作成の最終工程を行っていた。
エミリー自体はほぼ完成しており、後は完成前に動き出さないように施していた封印を解除し、「自分の意志で動きたい」という気持ちを芽生えさせるだけだった。
なぜ魔化研究員であるウーニンが人工精神体を作っているのかというと、自分が作った上級アサルトスタッフ『強兵/Powers』の制御用精神体が必要だったため。
ちょっと下心はあったりするものの、それ以上に自分が初めて作る人工精神体がちゃんと生まれてくれる事を強く望んでいた。
同僚のイナ(興味本位で見に来ていただけ)や精神体研究の師匠達が見守る中、ウーニンは「起きて」という強い想いと共に最後の魔力を注ぎ込む。
特別に一番いい研究室を使わせてもらっているが、ウーニンは他の部署の人間のため正規の研究員達の邪魔にならないよう、朝一番(AM3:00くらいから?)の作業となった。
空が明るくなってきた頃、少しずつエミリーがまだ意識がはっきりしてない感じながらも動き出す。
そこでウーニンは更に強い想いを込める。するとエミリーがまとっていた光(保護用の力場)を吹き飛ばし、その姿を現した。
周囲から歓声の上がる中、ウーニンとエミリーは見つめ合う。
ウーニンは疲れてはいるものの、達成感とエミリーに会えた喜びで顔を赤らめていたが、エミリーはどこか冷めた感じで、ただ見つめ返しているだけ。
しかしウーニンが「おはようエミリー。これからもよろしく」と手を差し出すと、急に顔を真っ赤にし、そっぽを向きながらも手を握りかえしてきた。
そんな微笑ましい姿を前に、不意に鳴り響く空腹音。
「お腹減ったぁ~」とイナが伸びをする。ノーリスも「俺も。気が抜けたら急に眠気が……」と大きなあくびをした。
「それじゃあ完成、というか誕生祝いに何か食おうか。私がおごっちゃる」と師匠のラナが労いの席を設けようとする。
「エミリーも来る?」ウーニンは思わず訊ねてしまった。これはエミリーがまだ動き始めてから間もないので、不必要に連れ回す事を心配したため。精神体研究室ならケアがしっかりしているため、もし1人きりでも安心だし。
しかし「私の誕生祝いだって言ってくれてるのに、私抜きってどういう事? もし私の事が心配ならむしろ連れて行くべきじゃない。制作者ならしっかりしてよね」と怒られる始末。
ウーニンは謝るしかなかった。
★1-2
『誕生祝い』と称したドンチャン騒ぎは朝6時頃から2時間程続いた。
他の研究室で徹夜作業の後の朝食を摂りに来た研究員、また始業前に軽く腹に何かを入れておこうとする学生達が白い目で見る中、酒が入ってないのが不思議なくらいの宴会っぷりだった。
話題は最初エミリーを作っていく過程についてだったが、いつの間にか脱線し、他の研究の話や、あげくにはグチなども飛び出す始末。
本来年長であり、地位も高いラナが制御しなければいけないのだろうが、本人が一番盛り上がってるのだから手に負えない。ウーニンやイナに比べ、直接指導しているノーリスのダメっぷりを肴に料理を次々に平らげていく。
そんな中、本来祝われる立場のエミリーとウーニンは、少し冷めた感じで座っていた。
「人間って皆こうなの?」エミリーは思わず訊ねた。
それにウーニンは苦笑しながら「嬉しい事、楽しい事があるとね。それにきっかけなんて何でも良くて、ただ騒げればいいって時もあるけど。でもこれはやり過ぎかな」
エミリーは軽く呆れながらも嬉しかった。
一応は自分を祝ってくれようとする楽しい場所にいられる事と、ウーニンの隣にいられる事が。
そしてウーニンの話題になると耳を傾け、内容によっては少しヤキモチを焼いていた(ウーニンとイナの仲について、ある事無い事出てきた時には特に)。
時間も8時を過ぎた頃、ようやく宴会は終わりを迎える。
周囲の痛い視線に耐えかねたり、今日の仕事に備えたりで、参加者は少しずつ脱落しており、最後まで残っていたのはウーニンとエミリー、そして騒ぎの中心だったラナ、イナ、ノーリスの5人だった。しかもラナ達は更に続けようとしていたのか、追加の料理を頼もうとする。「おばちゃ~ん、○○追加~」
すると食堂のおばちゃんとして人気のあるジーナがいつの間にかテーブルまで来ており、
「アンタ達、いつまでバカ騒ぎしてんだい。周りはみーんな仕事や勉強を始めようってのに。だからもう解散! あとラナさんの所に2割増しで請求書出しとくから」
そう言うとジーナは厨房へと戻っていく。
「そんな~~」宴会を打ち切られたのと、請求額が高くなった事に嘆くラナ。実際その日の内に精神体研究室に2割増しの請求書が届く。もっとも出された料理の量は5割増しだったので、決して損はしてないのだが。
強制的に解散され、ようやく騒ぎから解放されたウーニン達は、成功の報告を行うため魔化研究室へ向かう。
少々遅刻ではあるが、事前に申請書類を出していたため咎められる事はなく、魔化長カンラン・シューコールからねぎらいの言葉を受ける。
ただしそれに付け加えられた「これからもドンドン作ってくれ」という言葉に、ウーニンが他の者に取られてしまうのではないかと、少し心配になるエミリーだった。
一通り魔化研究室の説明と挨拶が済むと、ウーニンはエミリーに魔法院全体の案内をする。
基本的には当面自分が連れて回るつもりだが、1人で動き回る事もあるだろうし、本体ともいえる『強兵』を作るのに色々世話になった人への挨拶もあるので、それを兼ねて連れ出したのだ。
するとどこへ行ってもエミリーは温かく迎えられる。
もちろん若干は好奇の目で見られているのだが、それ以上にエミリーと『強兵』の完成度に皆関心を持ち、それを経験の乏しいウーニンが作り上げた事に驚いているのだ。
中には「自分にも作ってくれ」という者もいたが、純粋な研究目的から外れるし、何よりエミリーや『強兵』クラスのものが、そうは簡単に出来るものでないので断りはしたけど。もっとも頼んだ方も半分以上冗談だったけど(欲しくてもそんな金はないし)。
とりあえず魔法院の案内には丸一日かかった(端折った箇所もあるけど)。日が傾き、一応の終業時間を知らせるチャイムが鳴る。
「ま、魔法院はざっとこんな所。もし他に見たい所とかあれば明日連れて行くから」
そういうウーニンにエミリーは小さくうなずいた。
「それじゃあ、(魔化)研究室に帰ろうか。そこなら僕の席もあるし、自由にしてていいから」
「えっ!?」ウーニンの言葉に驚くエミリー。どうやら予想外の言葉だったらしい。
「帰るってウーニンの部屋じゃなかったの?」
「んんっ!?」今度はウーニンが驚く番だった。
「ぼぼ僕は別にいいんだけど、むしろエミリーの方が嫌がると思ってたし……」
「ウーニンの邪魔にならないんなら問題ない。それにヘンな目で見る人が来たら嫌だし」
少しムスッとした顔でエミリーは答えた。確かに挨拶に行った先でそんな奴もいたし、とウーニンは納得する。
「でも僕が何もしない保証はないよ」
「何も出来ないって分かってるから大丈夫」
間違ってないけど、ちょっと傷つくウーニンだった。
翌日から早速エミリーと『強兵』の性能テストが始められる。
『強兵』の飛行性能。これは【飛行】の呪文をかけてくれた術者の能力(魔力、適性、成功度)が高かったのと、エミリーの制御能力のおかげで、想定以上の性能を発揮した。
急発進(加速)、急停止、急旋回など、人間の乗った『空飛ぶほうき』などでは出来ない動き。
また射撃性能は最初の内は命中率が悪かったものの、エミリーが慣れていくにつれ改善されていった。
最終的には『強兵』とは独立した動きの出来るアサルトビットで、ウーニンの体の隙間から対象物が狙えるくらいまで成長した。ただし長距離射撃の命中率はさほど高くならなかったが、零距離での【力涎】の威力は絶大で、分厚い木の扉を吹き飛ばしてしまうほど。
更にテストはエミリー自体にも及び、エミリーが使える呪文を『強兵』を通して使ったり(普通の『魔法の杖』のように呪文を強化したりなど、術者の手助けになる)、防御呪文を使って自身を守ったり(シミュレーションルームで行ったため実質ダメージはない)、術者と連動して戦闘を行うなど、アサルトスタッフとしての能力を見極め、更に高めるべく様々なテストが行われた。
そんな中比較的後に回されていた「距離制限」がキチンと働くかのテストが行われる。
「距離制限」の事はそれまで敢えて話してなかった(もし知っていれば働いている振りも出来るので)。ただ、知ってか知らずかエミリーはウーニンからあまり離れようとはしなかった。
しかし独立機動可能なアサルトスタッフとしては絶対に試しておかなければならない機能だったので、ウーニンは少々心を痛めながらもテストを実行した(結果がある程度想像できているため)。
場所は魔法院の外れにある長距離射撃場。「最高速度の計測」と称してテストは行われた。計測助手としてイナまで連れ出して(この頃になるとエミリーはイナの事を「いいお姉さん」と認識してた)。
エミリーに今回の試験内容(もちろん仮の方)を伝えると、エミリーは少し不安げな表情をした。
それは伝えるウーニンの顔が緊張していたためか、無意識に「距離制限」の事に気付いたのかは分からない。が意識できるレベルで「距離制限」の事は念頭にないし、ウーニンの指示に深い疑問を持つ事はなかった。
イナのかけ声と共に急発進するエミリーと「強兵」。しかし「距離制限」の境界(術者=ウーニンから50m)を越えた瞬間、エミリーの心は不安と恐怖、それと上手く表現できない『何か』に満たされ、急停止し、数瞬の後ウーニンの元へ舞い戻った。
『何か』とは「距離制限」を破った場合の強制力(脅迫感?)。恐怖や不安を与え、「距離制限」を守らせようとする。
「ボ、ボボ、ボク。あ、あのね。き、急に、わかっ…」
不安とウーニンの指示を全う出来ず混乱するエミリー。その姿に罪悪感を持ちながらも、テストの予想以上の成功に、ウーニンは思わず笑みを浮かべていた。
「黙っていてごめんよ、エミリー。でもテストのために仕方なかったんだ」
ウーニンから説明を受けている内に少しずつ落ち着いてきたエミリーだが、同時に恥ずかしさと怒りがこみ上げてくる。
なんかウーニンが色々弁解じみた説明を続けているが、いつの間にか聞こえなくなってきて、気が付いたら平手でウーニンの頬を叩いていた。
突然の事で固まってしまうウーニンとイナ。
「怖かったんだから!」という叫び声で我に返ると、そこには顔を真っ赤にし、大粒の涙を浮かべたエミリーが立っていた。体も小刻みに震えている。怒りというより本当に怖かったためだろう。
そんなエミリーをウーニンは抱きしめ「本当にごめんよ。次からは必ず説明するし、嫌なら断っても構わない」。
術者としての知的好奇心を優先させ、まだ生まれたばかりで不安定な人工精神体、それも思春期の少女の人格を持たせたエミリーへの配慮を忘れていた事を反省し、同時に「これだからモテないんだろうな」などと思ったりした。
「でも研究は必要なんでしょ?」だいぶ落ち着いたエミリーがボソリとつぶやいた。
「そりゃあ、そうなんだけど……」少し体を離したウーニンの言葉が詰まる。
「だったら最初にキチンと説明して。そうしたら頑張れるから」
エミリーはガシッとウーニンの肩に手を置いて言い切った。その何か決意したような表情に「約束する」と強くうなずいた。
「でもぉ~」エミリーの様子が急に変化した。「さっきはホントに怖かったんだからねっ」
「それは本当にごめんよ」急な態度の変化についてこれないウーニン。
「そーだ。ごほーびに『いい子いい子』して。そしたら許してあげる」
追い打ちをかけるような言葉にウーニンは完全に固まった。エミリーはいたって真面目な様子。その脇でイナは笑いを堪えるのに必死だった。
今まで微妙に甘える姿は見た事があるが、これだけ全力でエミリーが甘えてるのを見るは初めてだったから。
普段は素っ気ない態度を取る事が多いエミリーの意外な一面に、驚きを通り越して笑いのツボに入ってしまったのだ。
「本当にそんなのでいいの?」ようやく我に返ったウーニンが確認すると、エミリーは大きくうなずき、
「うんっ、そうすれば何でも出来るからっ」
真剣な表情で見つめてくるエミリーに自分もキチンと応えないと、とウーニンはちょっと照れながら「それじゃあ、エミリー。これからも僕の手伝いを頼むよ」と優しく頭をなでた。
エミリーは恥ずかしいのを堪えるようにうつむいて頭をなでられている。
そんな2人を温かく見守りながらも、少し羨ましく思うイナであった。
「それじゃあ早速頼もうかなぁ」エミリーの頭に手を乗せながら、不意にウーニンは言った。
あまりに唐突だったため、身を強張らせるエミリー。するとウーニンは聞き取れないくらいの声で何かをつぶやくと、エミリーに魔力を注ぎ込んだ。
「今『距離制限』を解除した。だからさ、エミリー。今から5分間、僕から出来るだけ離れてみてくれないか、もちろん姿が見える範囲でいいから」
「今から!?」エミリーは更に緊張する。確かに自分の中で何かが変化したのは分かる。でもさっきのような何ともいえない感覚に襲われるのではないかと怯えたのだ。
そんなエミリーを安心させるように優しく、そして力強くウーニンは言った。
「大丈夫。僕の事を信頼して。これが終わったら今日のテストは終了だから」
「じゃあ、帰ってきたらまた『いい子いい子』してくれる?」「約束する」
「じゃあ、じゃあ」エミリーは先程のテストのやり直しとばかりに勢いよく飛び出していった。
★1-3
「距離制限」試験事件で、急速に深まると思われたウーニンとエミリーの仲だが、その後一向に進展する様子はなかった。
事件の日の甘えっぷりは尋常じゃなく、2人が『恋人』になるのは目前、と見ていたイナは、そうならない理由を考えるのに多くの時間を割かれていた。
ウーニンが奥手なのは今までの付き合いで分かっている。しかしあの日のノリなら勢いで……ってことも考えられたのだが。それにエミリーの方も、事件前の感じに戻っちゃっているし。
全体的には距離が縮まっているみたいだし、デレてる時も増えている。しかし素っ気ない態度の時も多い。
ちなみに魔法院の人達は人工精神体やゴーレム、ホムンクルスなどを研究しているため、人類以外を恋愛対象にする事に、あまりタブー感を持ってない。流石にそれしか目に入らない強者は少ないみたいだが。
2人と距離が近いイナがヤキモキするのは自然な事だが、全く関係ない者までが2人の関係についてあれこれ考えている。
それはエミリーが誕生し、ウーニンの部屋で同居を始めた頃から騒がれていた事だった。
ウーニンがモテない、というよりオタクで変わり者という事は魔法院中に知れ渡っている事であり、そのウーニンが(例え自身が作った人工精神体であったとしても)自室に女性を連れ込むという事は、それだけで外野の話のタネになった。
もちろん本人達の前でそんな事を話す者は流石にいない。
まずウーニンの性格をふまえた上で、あれこれくだらない事を想像しては、仲間と話し合うくらい。
中には2人と仲の良いイナ達に様子を聞きにくる者もいたが、イナは温かく見守っていたい派なので、不必要な情報を与えるような事はしなかった。
反対にノーリスは2人を早くくっつけたがっている上にお調子者なもので、相手が聞きたがるような事をあたかも事実であるかのように話しまくっている。
となれば、外野達が「お前確かめてこいよ」といい出すのは当然の事だった。
そう言われて、意外にもノーリスは困った。
曲がりなりにもノーリスは精神体研究室に所属し、人工精神体のもろさを知っているので(しっかりして見えても、ちょっとした事で不安定になり暴走する事もある)、うかつな事は出来ないと躊躇っていたのだ。
師匠とは違って直接関わってはいないが、エミリーが作られていく過程を見ているし、ウーニンの事も大切な仲間だと思っている。
故に2人がもし惹かれ合っているなら(早く)仲良くなって欲しいし、(下手を打って)その関係を自分の手で壊したくないと思っている。
そんな時、たまたま食堂で会ったイナから『事件』の事を聞いた(事件当日から1週間が過ぎていた)。
その瞬間、ノーリスは『チャンス到来』と心の中で叫んだ。
イナは『もう少し様子を見ないとダメかな?』などと言っているが、ノーリスには2人をくっつける、もし既に仲良くなっているならそれを強固にする好機だと思えた。
流石に今すぐ食堂を飛び出す事はしなかったが、もし2人が少しでもイチャついているようであれば、即仕掛ける事を決意する。
もうイナの言葉なんて半分以上聞こえてなかった。
そしてノーリスにとっては一見チャンス、しかしそのノーリスを含めた関係者が不幸になる日が2日後に訪れた。
ノーリスが「メシメシ~」と小走りで食堂へ向かっていると、丁度食堂から出てきたウーニン達と出くわした。
その時のエミリーは何かいい事があったのか上機嫌で、ウーニンにくっついたり、周りをクルクル回ったりしている。少し遅れてイナも出てきたみたいだが、今のノーリスには関係なかった。
そして小走りのまま2人に近付き、声をかける。
「よっ、お2人さん。随分仲良さそうだけど、『恋人』って認識でいいんかい?」
一瞬でウーニン達の時間が止まる。
「あのバカっ!」少し後にいたイナがノーリスをひっ叩こうと飛び出した。
「ウーニンと『恋人』?」確かに一般的に考えれば、そう思われても不思議でない振る舞いをしていたし、そうなれれば嬉しいと思っていたけど……改めて他人からいわれると恥ずかしくなるエミリー。
そして「ウーニンはボクの事をどう思っているんだろう」と不安と期待の入り混じった表情でウーニンに目をやったエミリー。
確かに大事に思ってくれているのは分かる。
でもそれは自分が研究のために作られた人工精神体だからかもしれないし、モテないって思い込んでる(現実)みたいだから、ただ女の子を傍に置いておきたいだけなのかもしれない。
それにウーニンの周りにはイナさんとかラナ師匠のような魅力的な人が多いから、ボクなんて目に入らないのかも知れないけど、でもボクの事を見るウーニンの目はいつも優しい……
この間数秒から長くても数十秒。エミリーの感情が様々に動く中、一方のウーニンの思考はほぼ停止していた。エミリーを作った目的の、邪な部分を突かれたからだ。
エミリーを作った目的。それは『強兵』制御用の精神体が必要だったため。これが第一である事は間違いない。
しかし、そうである必要がないにも関わらず、自分好みの性格&容姿にしたのは、“もしか”のため。
そう、モテない事に関しては自信のある自分に対し、エミリーが好意を持ってくれた場合を考えての事。
もちろん最初から好意を抱くように作る事は出来た(師匠も冗談で言ってたし)。
しかし敢えてそうしなかったのは、人の心を魔法を使ってまで縛りたくないという青臭い考えと、『基本的に心の奥底までは魔法で操る事は出来ない』という、魔法学的な教えを真に受けたから(確かに操るのはかなり難しいが、ゼロから作るのであれば比較的簡単)。
それに必然的に接する機会が多い(ていうかほぼ一緒に行動する)から、自然と仲良くなるための過程の真似事くらいは出来るだろうし。
エミリーの性格に『ツンデレ』を加えたのは、自分の事を好きでも嫌いでも、最初の内の反応に大差は出ないだろうという、ある種の保険だった。
そんな考えが根底にあったため、ウーニンの脳はノーリスの言葉を否定する方向へ全力を傾けた。何故なら最近少しは仲良くなれたような気はするが(前より触れてきたり、笑顔を見る事が増えた)、まだ『恋人』って訳じゃないし(だって告白とかしてないし)、エミリーの気持ちを聞いたわけでも、そもそも自分自身の気持ちですらよく分かっていなかった。
モテない、というより恋愛経験が乏しい(むしろゼロ)ため、相手の気持ちを察したり、自分の気持ちに自信が持てないウーニン。
だからエミリーの気持ちにも気付けなかった。
この時もし冗談でも肯定的な言葉を使っていたら、それは現実になっていただろう。
しかしウーニンは不用意な一言でエミリーを傷つけ、今の良好な関係を壊したくなかった。
だからこんな言葉を選んでしまう。
「なな何言ってるんだ、ノーリス。エミリーは皆に協力して作る事が出来た『人工精神体』だぞ。勝手に僕のものにしていい訳ないだろう。それにエミリーだって僕の彼女なんて嫌だろうし」
その瞬間、全てが壊れた。
エミリーが生まれてから数えれば1ヶ月あまりだが、その前数ヶ月かけてじっくりとエミリーは作られた。
少しでも皆から愛される『いい子』に育つように(その過程で『いい子いい子』していたため、1-2での甘えた要求が出てきた?)。
そうやって生まれる前も、生まれてからも築かれていった信頼関係。それに淡い恋心。
「『人工精神体』って言ったよね? ウーニンにとってボクはやっぱり作られた『モノ』なのかな」
「ボクはウーニンの事嫌いじゃない。ウーニンが必要としてくれれば、ずっと傍にいれるのに…」
「どうしてウーニンはボクの気持ちに気付いてくれないんだろう。『僕の彼女なんて嫌』ってさっき言ってたけど、ホントは『ボクの彼氏なんて嫌』って事なんだろうか」
「受け入れてくれてるって思ってたのに。それなのに、なのに……」
「うわあぁぁぁ!」絶叫と共に『強兵』のアサルトビットでノーリスに【力線】を乱射するエミリー。
コイツさえヘンな事を言わなければ、少なくとも今までのような生活は続いた。何も進まないかも知れないけど、でも温かくて心地いい生活。それをたった一言でメチャクチャにされてしまって。
コイツさえいなければ……
まるで子供がかんしゃくを起こして殴りかかってくるかのように【力線】を撃ちまくるエミリー。
想定外の攻撃にノーリスは腰を抜かしてしまっている。
でもそれがかえって良かったのかも知れない。怒りとか悲しみとか入り乱れた感情のまま、特に狙いも付けず撃ち出される【力線】は、運良くギリギリ外れ、魔法院の床に被弾痕を付ける。もし下手に動いていたらまともに当たっていたかも。深層心理で、本当は当てちゃいけないと分かっていて、自然と照準が狂った?
「止めるんだ、エミリー」「お願いだから落ち着いて」ウーニンとイナの必死の説得も耳に入らないエミリー。
しかし幸いノーリスが大きなダメージを負わない内に攻撃は収まった。乱れている照準のおかげでほとんどが命中しなかったが、それでも2ヶ所程かすめたために、火傷とも打撲ともつかない【力線】特有の傷跡が残った。
何とか攻撃が止んだ事に一安心する3人+野次馬。
しかしエミリーは決して攻撃を止めたわけではなかった。
「何で当たらない?」「なんでコイツはいなくならない?」
エミリーの頭の中は苛立ちと逆上で余計混乱していた。
そしてたどり着いた答えが『強兵』本体での零距離射撃だった。
まだ動けないでいるノーリスの胸元に『強兵』が突き立てられている。一度ホッとした後だけに恐怖心は倍増する。
「たしかこの杖ってムチャクチャ強い『力涎』が撃てるってウーニンが言ってたよな。それを直接撃ち込まれたら…ハハ、俺死んだかも」
恐怖が一線を越えたのか、思考力が低下して、逆に冷静に自分の死を判断したノーリス。顔を引きつらせる以外の事は何も出来なかった。
【力涎】の『集中』が始まったのか、『強兵』の先端に光が収束し始める。もし『発動』してしまったら、ノーリスはおろか、後にいた野次馬や建物ごと吹き飛んでしまうだろう。それを察した野次馬の何人かは慌てて逃げ出した。
光が一層強まり【力涎】が発動する直前、ウーニンはエミリーに抱きつき「もう止めてくれ、僕のためにも」と言った。
それでようやく我に返ったエミリー。
改めて周りを見ると、目の前には涙を流しながら自分の事を見つめているウーニン。それに同じように涙を流しながら口元を押さえているイナ。また恐怖で固まっているノーリスや、怖いもの見たさで恐る恐るこちらを見ている野次馬達。そしてノーリスの周りについた【力線】の痕。
それらを見て「ボク、何て事をしてしまったんだろう」と後悔と自分がした事に対する恐怖で泣き叫んだエミリー。
力なく崩れ落ち、意識されなくなった事により『強兵』もその場に落ちた。先端からは光が消え、【力涎】の暴発もないだろう。
いつまでも泣きやまないエミリーを、ウーニンは強く抱きしめる事しかできなかった。
★2-1
突然の騒ぎに魔法院戦闘隊や戦闘に長けた導師達が集まってくる。
そこで目にしたものは泣きじゃくるエミリーと、彼女を抱きしめるウーニン。それに床に落ちている『強兵』と【力線】の被弾痕の間で固まっているノーリス。またそれらを見ているイナや逃げそびれた野次馬達だった。
戦闘隊隊長と導師級、それにプロップがウーニン達の所へやってきて、「この騒ぎを起こしたのは君たちか?」と聞いてくる。
「はい……」ウーニンが小さくうなずくと、隊長は「それでは詳しい話を聞かせてもらおうか」とウーニンとエミリー、そしてノーリスを連行する。
それに大人しく従ったので特に拘束などはされなかったが、四方を囲まれながら連行されるウーニン達。
エミリーはウーニンに手を引かれてついて行く。ようやく落ち着いてはきたが、まだ時折しゃくり上げている。
またノーリスは腰が抜けていたのだが、両脇を抱えられてようやく立ち上がる事が出来た。
「私も関係者だから連れて行って」
何かウーニンやエミリーの弁護が出来るのではないかと、イナもついて行こうとしたが、
「後で話を聞くかも知れないが、今はいい。それより魔化長達へ報告頼む」とプロップに止められた。
「他の者達は解散。自分の持ち場に戻って。あと修繕係を呼んでくれ」と導師が野次馬達を追い払った。
その頃になってようやくラナが現場まで来たが、見送るだけで何も出来なかった。
3人が連れて行かれたのは魔法院本館の会議室。
これは3人(特にウーニンとエミリー)が査問会議にかけられるため。
会議室は院長室や本部(仮)に近く、魔法的に守られている。
同じ階に隣接しているより1階下の真下にあるとする? また硬力場と虚力場の複合装甲とし、相当な物理/魔法攻撃にも耐えられる仕様になっている。具体的には【刹那の太陽/Fireball-Fusion】の直撃や【力涎/EnergyFlow】でも破れない。
まずは個別に調書を取られ(もっともエミリーはウーニンと一緒だったと思われる)、魔法院の上層部による話し合いがなされた後に、会議室に通された。
既に夕刻を過ぎていた。
その間にウーニンの上司の魔化長カンランやエミリー誕生に関わるラナや精神体室長マック・アドリー、また自分から名乗り出たイナや『強兵』の魔化に協力した術者なども話を聞かれた。 『強兵』の性能についてだが、『強兵』に付加された呪文は少ないので、呼ばれた人数は少ないと思う。
会議室は雰囲気を出すためにあえて照明を暗くして、なんて事はなく普通に明かりが点いていた。が査問会議であるためにテーブルはコの字型に並べられ、正面には院長や法務局長(仮)などが座り、右側のテーブルにはカンランなどが肩身狭そうに座っていた。
会議は(取り調べは済んでいるため)簡単な質疑応答の後に処分が伝えられる。
『ウーニンの1年間自主研究の禁止』
これによりウーニンは1年間誰かの研究の助手、もしくは受講しかできなくなる。
まあ、これに関しては大して重いペナルティではない。
独自の研究を行わない研究員もいるくらいだし(そういう者は他人の助手に専念している)。
『ウーニンの5年間人工精神体研究の禁止』
これにより5年間“独自”の研究こそ出来なくなるが、“指導”を受けたり“手伝う”事までは禁止されず、むしろ積極的に指導を受けるように一言付け加えられたほど。しかしその一言が無くても、ウーニンは精神体研究室に出入りし、必死に人工精神体について学んだだろう。
何故なら最後の、そして一番重い裁定がウーニンを本気にさせる原動力になったから。それは──
『エミリー及び「強兵」はウーニンが人工精神体の制御を修得するまで、「危険道具保管庫」にて封印する』
というもの。
さすがにウーニンもこれには反論し、
「エミリーは既に完成した精神体であり、自分に管理が不可能でも、精神体研究室なら可能なはず。精神体研究室では『性格に問題のない、素直でいい子』との評判を受けている。だから封印なんてかわいそうな事はしないでくれ」と嘆願した。
しかし上層部は聞く耳を持たず、
「今回の件は君の精神的未熟さによる所も大きい。もっと人間的に成長し、全てを受け入れられるようにならなければいけない。つまりこれは君への罰ともいえる措置。一日も早く完璧に精神体を制御出来るようになれるよう努力する事。それがエミリーのためでもあるのでは?」と切り捨てた。
精神体研究室室長も、
「我々もウーニン君が早く一人前になれるよう努力する。もちろん彼が魔化室所属という事は承知しているが」
と半ば説得、半ば慰めの言葉でエミリー封印を暗に納得させようとする。
それらの言葉に反論出来ないし、また刃向かう事も出来ない自分の無力さに、ウーニンはただ黙って、歯と拳に力を込める事しかできなかった。
自分が生まれてからは1ヶ月あまり。その数ヶ月前から作られはじめ、内半分くらいは何となく意識みたいなものはあった(はっきり考えたり出来るようになったのは生まれてから)。
でもウーニンの事は最初から感じていた。
しかしそれよりはるかに長い時間、ウーニンと離ればなれにされるのだろう。
最低5年──これは精神体自主研究の禁止期間──これは今までのウーニンとの時間の約10倍になる。
ウーニンの気持ちは正直分からない。
優しくはしてくれるけど、それが何からくるものなのかはっきりしないのだ。
『誰にでも』
ウーニンは頼りないけど、誰に対しても分け隔て無く親切だ。
『親心』
これは単に制作者だから丁寧に扱ってくれるだけって他に、本当に血の繋がった父親のように接してくれていると感じる事もある。
『愛情、特に恋愛感情』
確かに前者2つを超えた『何か』を感じない訳じゃない。
しかし周りの話を聞いていると、ウーニンは色恋沙汰とは縁遠いみたいだし、気持ちを上手く表現出来ないかも知れない。もっともそれは自分も同じようなものだが──
もっともエミリーのそれは、ウーニンが自分の好み及びゆっくりじっくり関係を築いていくのに、敢えて『ツンデレ』なんて性格を付け加えたため。おかげでエミリーは自分の気持ちを素直に出せていない。最近では少し甘えたり、本音で話せるようになってきたけど。
間違いなくいえる事は、エミリーがウーニンを好きな事。
だから離ればなれにされたくなんかないし、それを耐える事なんて、出来るわけ無かった。
それはエミリーがウーニンに対し『なつき』を持っていたためでもあった。
『なつき』を持っている事。
これはウーニンが持たせたものではないし、その存在すら気付いてなかった。
エミリーが作られていく過程で、ウーニンが注いだ愛情や熱意を受け、自然と芽生えたものであった。
そのため『なつき』と『ツンデレ』の『ツン』の部分で結構葛藤もあった(本当はずっと『デレ』ていたくても、ウーニンの期待にも応えてあげたかったし)。
それでもこの1ヶ月間、ウーニンや魔法院の人達との触れ合いは、エミリーにとって楽しかったし充実したものであった。
だからこそ、それを奪おうとしている魔法院上層部が許せなかった。
ウーニンは悔し涙を流しながら、自分の未熟さを呪っている(時折エミリーへの謝罪の言葉をいれながら)。
正直今のウーニンは役に立ちそうにない。
ならばいっそ自分が動かなくては、とエミリーはこの場を破壊して、ウーニンを連れだし逃げようか、とも考えた。
しかし今集まっている面々は魔法院の中でも実力者ばかりだし、部屋自体にも防護魔法などがかかっているだろう。となれば、自分に与えられた力だけで、それが可能とは到底思えない。
失敗すれば処分は重くなるだろうし、何より成功してもウーニンは喜ばないだろう。
だったらそれを受け入れるしかない。たとえ何年も『独り』きりでいなければならなくても。
それまで考えている内容に応じて様々に変化していた表情が消え、絶望を受け入れた『無』になった。
そこで院長から査問会議の終了が告げられる。
そしてウーニンは自室に戻るよう指示され、エミリーと『強兵』は保管庫へ収納されるため、封印術師やいざという時の戦闘要員、保管庫の管理者に連れられていく。
幸い保管庫までの少しの距離、ウーニンとエミリーは並んで歩く事が出来た。
ウーニンの自室がある寮も保管庫も、本館とは離れて建てられていたので、自然とそうなったのもあるが、他の者が少し気を遣ってくれたのだ。
だからウーニンは真っ直ぐ自室へは向かわず、保管庫の方へ足を向けた。
それを誰も咎めなかった。
しかし道中2人は何も話さなかった。
想いが強すぎて言葉にならなかったのだ。
いよいよ保管庫の前まで来ると、流石にウーニンは先に進ませてはもらえなかった。
大人しく保管庫の中へ入っていこうとするエミリー。戦闘隊員に腕をつかまれながら、その後ろ姿に思わず叫ぶウーニン。
「必ず迎えにくるから。何年かかるか分からないけど、必ず!」
その言葉に、涙でびっしょりのはかない笑顔で一瞬振り返ったエミリー。しかしそのまま保管庫へと入っていった。ウーニンはその場で泣き崩れた。
さて、査問会議で何のペナルティも受けず、それどころかほとんど名前も出てこなかったノーリス。
彼の余計な一言が発端でありながら何のお咎めもなかったのは、彼が大貴族の息子だからでも、能力の高い術者だからでもなく、かえって『小物』と判断されたからであろう。
魔法院は出身で差別するような事はないし、能力的にはウーニンの方が上。
それだけウーニンの魔化の能力と、エミリー&『強兵』の性能が高く評価され、そのインパクトに他の事など気にならなくなってしまったのだ。
もっともしばらくの間、ノーリスはラナからきつい指導を受けたり、イナから非難され続ける事になったが。
★2-2
エミリーが封印された翌日、ウーニンは魔化研究室に出てこなかった。
心配になったイナが「部屋を見てくる」と研究室を出ようとすると、室長カンランが「ああいう事になったんだ。しばらく放っておいてやれ」とそれを止める。
不服ながらも部屋に行く事を止めたイナ。しかし「まあ、休みは休みだからな。給料(=研究費)から差っ引かないと」との一言に、「気ぃ遣いながらも容赦ないっすね」と呆れながら返した。
更に翌日。その日もウーニンの姿はない。
イナは様子を見に行きたくてソワソワしていたが、カンランが睨みを利かせていたので何も出来ない。
休憩時にウーニンの部屋に近い者を捕まえて様子を尋ねると、部屋からほとんど出てこない、との事。出てきた時はヨロヨロしていたらしい。
それを聞いたイナはいてもたってもいられず、もし今日中に姿を見なかったら、明日部屋に殴り込む事を決意(ハッパをかける意味で)。
そして結局、その日ウーニンの姿を見る事はなかった。
翌朝6:00、イナは男子寮のウーニンの部屋に乗り込んだ。
女性が男子寮に入る事自体は禁止されてないが、(たとえ恋仲であったとしても)モラルとして出入りしないのが暗黙の了解。
そんな事お構いなしにイナはウーニンの部屋までダッシュすると、激しく2回ノックし、確認もせずにドアを開けた。
運良く鍵はかかっておらず(ウーニンは自室にいる時はあまり鍵をかけない)、勢いよくドアは開いた。するとすっかり身仕度を調えたウーニンが立っていた。
「あんた、すっかり元気そうじゃない!」
てっきり布団をかぶっていじけているとばかり思っていたイナは、驚きのあまり大声を上げる。もっともいじけて布団に潜っていても、ハッパをかけるのに大声を出しただろうけど。
確かにイナが言うように立ち姿はしっかりしていた。
しかし若干顔色は悪く『元気』と言い切れる程ではない。
ウーニンからも「まだまだ元気じゃないよ。昨日までは高熱で唸っていたからね」との言葉。
「高熱?」思いがけない単語にまたも驚くイナ。そのあまり少々思考能力が低下し、思わず「あんた、エミリーの事でいじけて引きこもってたんじゃなかったの?」と配慮に欠ける言葉を口にしてしまい、それをすぐに反省した。
「確かに、ね。その夜は自分の無力さ、未熟さが許せなくて落ち込んでいたけど、でもエミリーの事を考えたら、落ち込んでばかりはいられないだろ。エミリーの方がつらい思いをしているんだから。だったら一所懸命勉強して、一日も早く迎えに行ってやらないとかわいそうだろ。そういう気持ちでおとといの朝、目が覚めて、張り切って研究室に行こうとしたら、体が熱くてだるくて起き上がれなかったんだよ」
とウーニンは照れ隠しに頬を掻きながら言った。
ウーニンは子供の頃体が弱く(今も弱いけど=耐久度が平均以下)、しょっちゅう熱を出していたらしい。
成長すると共に寝込む程の熱は出さなくなったが、久しぶりに動けないくらいの熱を出して、食事も取れず、トイレくらいにしか行けなかった。
「だったらそう言ってくれればいいじゃない。連絡くれればご飯くらい持っていってあげたのに」
様々な事態を想像して心配していたイナは、逆ギレの矛先をどこに向けていいか分からず、とりあえずウーニンにぶつけてみた。
「一応室長には、風邪で休むって伝えたんだけどね」
イナの態度が心配から来るものと察したウーニンは、遠回しな言葉で謝った。しかしそれは逆ギレの矛先を室長に向けさせただけだったが。
「ま、何にせよ、今日からは出てこられそうで良かったわ」
ようやく落ち着いてきたイナが咳払いをする。
「ご飯食べられる? だったらまずは食堂でおばちゃんに美味しいもの作ってもらって、食べたら研究室の掃除でもしよ」とウーニンの手を取り連れ出した。
研究室に行くと、まずは室長から処分内容に沿った当面の方針が伝えられる。
それはウーニンの状況に合わせた、温情のあるものだった。
「今のところ、お前に手伝ってもらう研究はないから、しばらく精神体研究室でみっちり基礎から叩き込んでもらえ。向こうとは話はついている。が、こっちでお前の能力が必要な研究が始まったら、徹底的にこき使うから覚悟しておけ」
つまりウーニンは自由に、そして集中して精神体について勉強する時間が与えられたのだ。
もちろんそれはウーニンのためだけではない。
ウーニンの能力は今の「他人の手伝いしかできない」状況でも必要。だがそれ以上にエミリーと『強兵』の存在は、今後の研究のためにも早く復活させる必要があった(正直1ヶ月あまりの検証では全然足りなかった)。
そのためにはウーニンの精神体制御能力を上げる(上がったように見せる)必要がある。
エミリー及び『強兵』の研究は、魔化でも精神体でも必要だったので、両者は今まで以上に協力するになった。
というわけで「自主研究禁止」が解けるまでの1年間は、ほとんど精神体研究室に入り浸り、ラナ達から精神体制御に関する技術などを教わる事になる。
とはいえ、基本的な事はエミリーを作る時に修得しており、既にノーリスのレベルを上回っている。ので主に精度を高める事と感情制御系の呪文を修得する事が目的となり、1年経つ頃には教える側に回る事も。
ノーリスは自分より成長の早いウーニンを羨ましがり(基本的な能力に差がある事は事実だが)、それ以上に性格や目的意識からくる集中力の差が、成長速度に出ている。
精神体室長は「ウチでも主力になれるのでは」と手放しでほめてくれた。
1年経って「自主研究の禁止」が解けると、そうそう精神体研究室に行ってはいられず、週に1~2回顔を出すくらいになった。代わりに魔化研究室で滞っていた研究を進める事になる。
まず最初にやった(やらされた)のは、「腕が落ちてないか」のテストと称して、(単機能)アサルトスタッフを短期間で作り上げる事。
簡単なものだったので指定された期間の半分で完成した。
ほぼ1年のブランクがあるにも関わらず、過不足なく精度の高いものを作り上げた事で、再び信頼を得て、様々な研究を任せられる事になる(魔力などの性能要求は厳しく、上回ってもいけなかった)。
魔化8割、精神体2割程度の割合で研究に参加する事となったが、そのどちらでも評価を得られる。
もっとも『変わり者』という評判をなくす事は出来なかったが(これはオタク的発想が端々に入ってきたため)。
しかしエミリーを思い出させるような事になると、急に口をつぐんでしまう。それを見るたび、イナが元気づけようとしていた。
★2-3
更に時は流れ3年後(=事件からは4年後)、ウーニンは『強兵』の後継となる『尖兵/Vanguard』を作り上げた。
後継といっても制御用人工精神体に頼らない、常に術者が保持し、運用も全て術者が行わないといけないもので、『強兵』を知る者は「これが後継?」と思った程だが、元々『強兵』が順調にいけばすぐに作られるはずのものなので、ウーニンは敢えて後継である事を強調した。
『尖兵』の仕様は4年前に決めた時から変えられてない。これは計画書にも書かれている。
エミリーの事があったからでも強がりでもなく、元々人工精神体による制御を考えておらず、1つのアサルトスタッフに様々な機能を持たせるテストのために計画されたものだった。
更にそれを次のものに応用し、『強兵』と『尖兵』の能力を併せ持つ、最高のアサルトスタッフを作るための布石といえた。
これだけ聞くと魔化研究員のウーニンなら先に『尖兵』を作った方が自然なのでは? と思うかも知れないが、そもそも『強兵』というよりエミリーがあれだけ上手く出来るとは思ってなかったため、まず自分が人工精神体を作れるか試すのに、先にやってみたのだ。
『尖兵』の完成度も予想以上に高く、「アサルトスタッフならウーニンに」といわれる事も。
実際『尖兵』を総合的に上回る上級アサルトスタッフは、2000年の歴史を誇る魔法院でも数本しか無く、近年に限れば最高傑作という評価も。
それ故悪用されないよう、魔化研究室にてしっかり管理される事となった。
それから1年後、『尖兵』を購入したいという者が現れる。ニース伯爵家のフローラだ。
フローラも魔法院の研究員(錬金術研究室)であり、ウーニン達とも顔見知りである。
が色々あって冒険に出る事になり、それにあたって装備を充実させたいと、他のアイテムと共に最高のアサルトスタッフと名高い『尖兵』に目を付けたのだった。
『尖兵』自体の検証は終わっており(まあ比較用という役割はあるけど)、今はただ保管されているのみ。
ので遊ばせておくくらいなら使ってもらった方が『尖兵』にとってもいい事だろうが、その優れた性能故、作った側としては下手に手放すわけにはいかないのだ(悪用とかが心配)。
というわけで魔化研究室で『尖兵』を渡すかどうかの話し合いが行われた。
幸いフローラは人柄に問題ないし、後にはニース家が付いている。ので大丈夫だろうと売却が決定した。
売却金額は金貨150枚(金額は魔法院内規定にて算出)。
普通のアサルトスタッフの3~5倍以上もするのだが、資産家でもあるフローラはあっさりと払ってしまう。
金貨150枚は日本円で1800万円程度(為替レートとインフレ率から計算)。フローラは約12億円の相続を受けているし、その金を元に資産の運用も行っている。これらはこの物語と直接関係ないので、語らなくてもいいかも。でも性能から考えれば1800万円は安すぎるかも(研究員割引?)。
魔法院実践練習場(仮)にて試し打ちなどしてみて気に入ったフローラは、『尖兵』を上回るものを作ってくれるようウーニンに頼んだ。
もちろん『尖兵』に不満があったからではない。
『尖兵』は単なるアサルトスタッフではなく自動的に魔晶石を生成したり、呪晶石のカートリッジを交換さえすればどんな呪文でも使用可能など、機能的にはこれ以上付け加えるものはない程。
それはフローラも分かっている。
にも関わらず何でそんな注文をしたのかというと、エミリーや『強兵』の事を考えたため。
『尖兵』を上回るものを作ろうとすれば、『尖兵』にはない独立機動を検討する必要が出てくる。
となればエミリー&『強兵』の技術は参考になるから、それを理由に早く『保管庫』から出してあげられるのでは、と思ったのだ。
5年前の事件の事は魔法院の者なら誰でも知っている。
もちろん「知っている」度合いは人によって異なり、大半の者は『噂』レベルで、様々な尾ヒレの付いた内容(それもウーニンのキャラに合うように)で知っている程度。
事件後に魔法院に入った者は、先輩から聞かされて、語り草として受け継がれている。
しかしフローラくらい深く魔法院に関わっていると、情報の精度も高くなり、ほぼ正確な情報を持っている。
それ故2人、いやそれどころか魔法院全体の事も考えて、新しい杖を作ってくれるよう依頼をしたのだ。
普段のまったりもったりした口調で、「冒険に必要になるから」と、一応本心を悟られないように。
もちろんウーニンだってバカじゃない。フローラの裏(真)の意図に気付いた。
しかしフローラの配慮(優しさからくる遠回しなお願い)も分かっていたので、単に「『尖兵』以上のものとなると時間がかかるよ」といっただけだった。
フローラも特に期限の指定はしなかった。
さて『尖兵』を超えるアサルトスタッフ。
あまりにも『尖兵』に機能を持たせすぎたため選択肢は少なく、ふと頭に浮かぶのは『尖兵』に制御用人工精神体を組み合わせて独立機動を可能とした「超『尖兵』」。
これはウーニンが専門をアサルトスタッフとした当初掲げていた最終目標と合致するし、フローラの意図(とウーニンが想像する──事実その通りだし)からも外れない。
術者と連携を取りながら目標に立ち向かう「超『尖兵』」。
そんな姿を想像し「ついに目標が達成出来る」と高揚したウーニンだが、思いっきり頭を振って、その考えを振り払った。
この時想い描いていたのは術者が自分で、人工精神体がエミリーの姿だったからだ。
確かにあと数週間で『人工精神体研究の禁止』は解ける。
また半年前には、今まで学んだ事が修得出来ているか卒業試験と称して、単純作業用の人工精神体を作ったり、試験用の暴走人工精神体の鎮静化などを行い、精神体研究室から合格をもらっており、「自主研究に問題なし」のお墨付きも得た。
この時作られたのはエミリーのように自己判断での行動や感情を持たないもの。試験でラナの研究の手伝い扱いとしてので、禁止条項には引っかからない(もしくは特例)。術者のみの命令に従い、無感情に魔法を発動させるもので、過不足無く出来上がった。
また暴走人工精神体は、起動すると容赦なく目標に襲いかかり(目標は起動時に設定出来る)、特定の言葉(停止用パスワード)か感情操作呪文(特に鎮静系)を用いないと止められない。精神体研究室の傑作で、数百年研究に一役買っていた。
なので数週間後には申請さえすれば作業に取りかかれるだろうし、正式な手順を踏めばエミリー及び『強兵』を『保管庫』から出す事も可能だろう。
そのデータは「超『尖兵』」に反映され、自分の研究の集大成になる。
そんな事は分かっている。
「でも…」ウーニンは迷っていた。「今の自分にエミリーを受け入れられるだけの度量はあるのだろうか?」
5年前に比べ術者としては成長したと思う。
それは決して過信とか自惚れでなく、魔化及び精神体研究室の優秀なスタッフから指導を受け、それを正当に評価された事が裏打ちしている。
しかし人間的にはどうだろうか?
年相応に成長したと言い切れるだけのものはない。
この5年間研究に明け暮れ、休憩時間にはイナやノーリスらとふざけ合い、街へ出れば興味があるものを目が追ってしまっている。
5年前と何にも変わってない。
5年前、自分がもっと人としてしっかりしていれば、エミリーを守れたかも知れない。というよりそもそも暴走なんて誰にとっても不幸な事をさせなかっただろう。
その時から自分が成長してないのだとすれば、再びエミリーに悲しい思いをさせるかも。そう考えると「まだ早いのでは?」と情けない自分がブレーキをかける。
自室に帰ると1人悶々と考える。
1日も早くエミリーを連れ出し、「超『尖兵』」の参考に役立てるか、もっと自分を磨いてキチンとエミリーに向かい合える存在になってから迎えに行くか。
イナ達は「いい理由が出来たじゃない」と早く連れ出してあげるべきだと勧めてくる。
しかし分かってはいても、自信がないから決断出来ない。
一晩考えてみてたどり着いた結論は、まず「超『尖兵』」を今の自分の力だけで作ってみて、満足いく作品が出来た暁には胸を張って迎えに行こう、というものだった。
そう強く決意した直後、ウーニンは睡魔に襲われ崩れ落ちた。
★3-1
ウーニンが一所懸命(エミリーを1日も早く『保管庫』から連れ出すべく)研究に励む中、エミリーは『保管庫』の中で独りぼっちだった。
厳密には他の人工精神体なども入れられていたが、封印のためか、意志はおろか存在の認識も難しい。
『保管庫』の封印は強力で、身動き出来ないだけでなく、思考力や意識まで奪われている。
しかし受ける感覚自体は優しく包まれているようにも思える。
そう、“真綿で首を絞める”という言葉がぴったり当てはまる感じである。
そういう場所でエミリーは何も出来ず、ただ長い時間をボーッと送っていた。
しかしエミリーは他の精神体などと違って、ウーニンと細い『絆』で繋がっていた。これはウーニンに対し『なつき』を持っていたため、自然と形成されたもの。おかげで『保管庫』に入れられる前もウーニンの考えている事を知る事が出来た。が不思議な事にウーニンにはエミリーの考えている事は伝わっていなかったようだ。
一方通行の『絆』。この事からもこの『絆』が『なつき』から生まれたものと分かる。
短い間ではあったが、今までもそれでヤキモキする事はあったが、今程そんな半端な『絆』なんていらないと思った事はない。
何故なら強力な封印を通り抜けて伝わってくるウーニンの情報は、エミリーが知りたくないような事ばかりだったから。
『研究に没頭するウーニン』『仲間と楽しそうに笑っているウーニン』の姿は、おぼろげに途切れ途切れ伝わってくるのだが、『自分=エミリーの事を気にかけているウーニン』の姿だけは一切伝わってこない。
これは強力な封印で極端に低下した思考力が歪ませた情報。
もちろん封印自体にそのような悪意があるわけではない。あくまで精神体等を鎮静化させ、攻撃的にならないよう調整されている。
しかし悲しみと淋しさがエミリーをどんどんとマイナス思考へと持って行き、低下した思考力では悪い事しか考えられなくなっていた。
そのためウーニンのエミリーに対する好意的な情報は素直に受け入れられず、半ば遮断され、ウーニンが楽しくやっている=元気そうな姿のみが少しずつ伝わっていたのだ。
今のエミリーにはウーニンの言動を悪いようにしか取る事が出来ない。
そしていつしかウーニンに対し抱いていた想いは憎しみへと変わり、それにより自我を保っているようになっていた。
それに追い打ちをかけたのが、新しいアサルトスタッフと人工精神体を作るという、ウーニンの強い決意。
当然のように『胸を張ってエミリーを迎えに行くため』という想いは伝わらない。
『新しい人工精神体を作る』。その事だけが強調され、『自分はもういらないのかも…』『自分は捨てられたんだ』と、ウーニンの想いとは真逆の結論にいたる。
そして憎しみは絶望へと変わり、憎しみにより保っていた自我も消えようとしていた。
ウーニンが『尖兵』の後継を作り始めて3年(2028年)。
他の研究を行いながらだったので、少々時間はかかったが(エミリー+『強兵』は1年ちょっとで完成。そのほとんどはエミリーの調整に充てられる)、『尖兵』完成にかかった時間は2年弱。これは杖自体の機能が強化されたため。
フローラから発注され作った『強兵』『尖兵』の後継である『神兵/Walkyrie』及び『神兵』の制御用精神体サエラは完成した。
『神兵』本体は『尖兵』をベースに強化したもので、強力になった分、術者等周囲に与える影響も大きくなってしまった。
そのために術者から離れて呪文の発動などが行えるよう、独立機動が必要となり、制御用の精神体サエラもあわせて作られた。
『神兵』を含めたサエラは、最初から他者に引き渡すために作られたので、エミリーの時とは違って変な雑念を持たず調整する事が出来た。
その上エミリーを作った時から8年間の修行で得た知識・経験も加えられるので、サエラはウーニンが思い描いたように完成した。
サエラは所有者(現時点ではフローラと設定)に対し、強い忠誠心を抱くように作られており、基本的に真面目。しかし容姿と話し方はウーニンの趣味丸出しで作られており、そのギャップに驚く者は多い。
まあ容姿に関してはウーニン作なので、敢えて語る必要もない気もするが、1つ挙げるとしたら、生え際にある8本のアホ毛。
サエラ曰く『この毛で敵(目標)を感知してるので、射撃精度は高い』、との事だが、実際には感知した目標に対して髪を無意識に動かしてしまっているだけ。
また話し方は、全ての発音にテヌートやフェルマータが付く感じの癖を持っており、警告を発するような時でも緊迫感を一切感じさせない。
それでもサエラは総合的な性能でエミリーに比べ上がっている。
特に射撃管制や目標探知など、攻撃補佐に関しては格段に向上している。
反面移動速度(本体も精神体のみでも)はエミリーに軍配が上がる。
もっともエミリーが速すぎたので、スピードを抑えたためでもあるが、作成時、射撃管制などに重点を置いたため、移動速度に使えるソースが減ったのだ。まあ支障が出る程の速度低下ではないので、何の問題もなかったけど。
「それじゃあ、サエラ。起きるんだ」。
ウーニンはサエラを起動させるための最後の魔力を注ぎ込む。
すると大きなあくびをしながら、エミリーの時を同じように、サエラは保護用の力場を吹き飛ばして、その姿を現した。
「おはようございます、お父さん。ご主人様はどちらにいます?」
開口一番、サエラは主人と設定してあるフローラの事を気にしている。
その事でウーニンはサエラの成功を確信した。
もちろん様々な検証は必要だし、引き渡しはその後になるが、サエラと『神兵』はフローラの役に立ってくれる。ウーニンは自信を持っていう事は出来た。
そして「これでエミリーを迎えに行く事が出来る」と心の中で強く断言した時、『保管庫』の中で大変な事が起ころうとしていた。
★3-2
ウーニンがサエラを起動させた瞬間、エミリーはそれを強く認識した。
それまでは意識がぼやけていて、これまでにどれだけ時間が経過したのかも分からず、ただ存在しているだけだった。
サエラの計画が動き始めるまでは、『絆』によってウーニンの動向などが伝わっていたのだが、新しい精神体と杖を作るとウーニンが決意した時、それを歪めて理解してしまい、絶望して何も感じられなくなっていた。
しかしサエラが目覚めた時、エミリーに再び感覚、そして自我が戻ってきた。
これはサエラを起動させようと強く集中したおかげで、途切れがかっていた『絆』を強い想いが走ったため。
もちろんサエラを起動させようという想いがメインだったが、同時に「これで胸を張ってエミリーを迎えに行ける」という心の奥底にあった想いがつい漏れ出て、自然と『絆』を修復させたのだ。
しかしこの時修復されたのは『繋がり』だけで、強い封印のために歪められる情報は以前のまま。
「新しい娘が目覚めたんだ……」
自我の戻ったエミリーの意識は、封印前のようにはっきりしていた。
ただ歪んだ思考の方は相変わらずで、「ウーニンが新しい人工精神体を作った=自分は捨てられた」と認識し、怒りと悔しさと悲しみで満ちあふれ、それを問い質したい気持ちでたまらなくなった。
だからすぐにウーニンの元へ駆け出そうとしたのだが、『保管庫』の封印は強力。気持ちとは裏腹に身動きが取れない。
が怒りのためかウーニンに早く会いたいためか、その制限されてない強い想いは、ついに自身を拘束する封印を吹き飛ばし、ついで相棒で本体でもある『強兵』を操って、最大出力の【力涎】で『保管庫』の壁を吹き飛ばした。
こうして4年ぶりにエミリーは自由を得た。
警報が響く中、エミリーはウーニンがいると感じた精神体研究室へ向かい、飛び出した。
サエラが目覚めて約30分が経った頃(エミリーが封印を破るにもほぼ同じ時間がかかった)、精神体研究室には魔法院院長アライン・ケスナーをはじめ、魔法院のお偉方や魔化・精神体研究室の面々、更には『神兵』作成に関わった者の内、手の空いていた者に加え、少数ではあるが全く関係のない興味本位の野次馬が集まり、サエラ及び『神兵』のお披露目が行われた。
流石に研究室が狭いので、野次馬は部屋の外からのぞき見るくらいだったが。一応正式な席という事で扉も閉められていたため、窓に貼り付いて見ていた(ガラス窓で良かった)。
続々集まってくる研究員達に、のんびりとした性格のサエラも流石に多少オロオロしていた。
そして『ご主人様』であるフローラがその中にいない事に、少しガッカリした感じだった。
精神体研究室の研究員など一部の者は別として、初めてサエラを見た者は、その完成度に感心していた。
もちろん見た目だけでなく、人工精神体としての能力に。“魔法の素質”などがあれば、その能力を感じ取る事が出来た。
そして『8年前』を知っている者の中には、サエラを見た瞬間に、「エミリーに似ている」と感じた者も少なくない。
ウーニンとしては2人が極力似ないように作ったつもりだったし、実際それ程似てはいない。
しかし作った術者が同じウーニンなので、彼の好みが端々に現れ、総合的に『似ている』と思うのだろう。
まあ事情を知らない者が両者を見たら「姉妹?」と思うくらいには似ているし。
そろそろ集まるべき人も集まり、ウーニンがサエラ及び『神兵』完成の挨拶をしようとした時、不意にけたたましく警報が鳴り響いた。
その辺は流石に導師や研究員クラスの術者である。
それまでの少し浮ついたような雰囲気が一変し、皆すぐに対応できるよう、状況把握につとめようとする。
警報が最初の緊急事態を告げるだけのものから、次第に何が起こっているか伝えようとする。
しかし詳細(エミリーが逃走した)が伝えられる前に、研究室の入口や廊下から悲鳴や轟音が聞こえてくる。
「危ないっ!」研究室の外から野次馬の1人が叫んだ。
すると数発の【力線】で蝶番を壊された扉をぶち破って、エミリーと『強兵』が飛び込んできた。
「エミリー!」
予想外の出来事に一同唖然としている中(中には吹き飛ばされた扉の破片で怪我した者も)、いち早く対応できたのはウーニンだった。
といっても一番混乱しているのもウーニンである。
つまり「対応」でなく「反応/反射」的に、飛び込んできたものがエミリーだと認識し、声を出したのだった。
エミリーはしばらく黙ってウーニンを見つめていた。無表情に近い顔で。しかし目だけは「怒り」とか「悲しみ」とか「嫉妬」とか、様々な負の感情を光らせていた。
ウーニンの叫び声に、精神体研究室に居合わせた者達は、少しずつ状況を把握し始め、どう対応するのがベストなのか探っている。
そして警報を聞いて出動した戦闘隊が野次馬をかき分け駆けつけた頃、ようやくウーニンは言葉を続ける事が出来た。
「どうしてこんな事したんだ」
正直未だにウーニンは動揺している。
8年ぶりにエミリーの顔を見る事が出来た事自体は嬉しい。しかしエミリーは明らかに自分に対し敵意のようなものを向けている。これは悲しいし淋しい。
その上推測するに、勝手に、しかも力ずくで『保管庫』から出てきた様子。
折角サエラの成功を見てもらった上で、エミリーの解放を願い出る。サエラを作ると決意した時からそういう考えでいたウーニンからしたら、今回のエミリーの行動は、今までの努力を無にしかねない暴挙。
こんな事したらエミリーが更に危険な存在と思われ、再び『封印』、最悪『処分』なんて事もあり得る。
通常の『保管庫』とは別に、更に強力な場所がある(詳細は検討)。また『処分』に関しては、再び精神体として結集しないようにカーネルの破壊が行われる。それを行うのは人工精神体研究室の役目である。
そうなれば二度とエミリーと会う事は出来なくなる。ウーニンとしてはそれを恐れていた。
だから久しぶりに会えた喜びを一瞬で吹き飛ばして、本気で怒った。作成者というより父親として娘がしでかした悪さに対して。
またそんなものを越えた想いからも、怒らずにはいられなかった。怒る事で逆に自分自身が落ち着きたかったのかも知れない。
「そんなの……ウーニンに会いたかったからに決まってるじゃない!」
しばしの沈黙の後、エミリーは最初こそ震える小声だったが、叫び声で答えた。今まで溜め込んでいた想いをぶつけるかのように。
その心からの叫びに、その場は騒然とした沈黙に包まれた。
エミリーの言葉が予想外過ぎるものだったからだ。
確かに『暴走』したとはいえ、8年もの長い間『保管庫』にて封印され続けたのだ。
作成者であるウーニンの意志も反映されているとはいえ、8年という時間は不当に長すぎた。それは『封印』した魔法院首脳部自身感じていた事だ。
だからエミリーが自力で封印を解き、この場に現れたのを見て、「『お礼参り』か!?」と咄嗟に思った。そのため皆身構え、中には防御ないし反撃用の呪文を準備している者さえいた。
しかし顔を真っ赤にし、遠回しな告白みたいな言葉を放ったエミリーに、皆緊張の糸をバッサリ切られ、どう対処したらいいか分からず、ただ動揺の波紋だけが広がった。
さて、一方の当事者ウーニンは、エミリーの言葉に固まってしまう。
自分だって一日も早くエミリーに会いたかった。
だからこそ一所懸命研究に没頭し、サエラ及び『神兵』を完成させる事で、自分の能力に不足がない事を証明する必要があったし、そうして自分を高める事で、エミリーを受け入れられる、というよりエミリーとつり合う存在になりたいと考えていたのだ。
だから、エミリーが自分に会いたいという一念だけで『保管庫』の封印を破って出てきてしまった事に驚き、そして告白にもとれる言葉を反芻し、顔を真っ赤にした。
『告白』されるなんて事は、彼の人生において初めての出来事だったから。
「何で?」
ウーニンは自分でも間抜けだな、と思う言葉を口にしてしまった。
エミリーの言葉を『告白』と感じたのは、あくまで自分自身の受け取り方に過ぎないと思え、もっと情報=エミリーの気持ちが知りたかったから。
それだけ自分に自信がないのだ。
「『何で?』って。まだ分かってくれないの?」
想いが伝わらないもどかしさから、エミリーの表情が怒りを含んだものに変わる。
さっきから瞳の中には『怒り』はあったが、表情そのものは無表情に近かった。それが今では顔、それだけではなく全身を使って感情を表している。
そして怒りと恥ずかしさから、エミリーの顔も紅潮していた。
「こんなにボクがウーニンの事を好きなのに、どうして分かってくれないのっ!」
と想いが伝わらない苛立たしさに、エミリーは思わず本音を叫んでしまった。
そして勢いで言ってしまった事に恥ずかしさを覚え、それを堪えるような表情へ変わる。その他の意味に間違えようのない告白に、周囲の者達はどよめいた。
「あのウーニンが告白された!?」
ウーニンは変わり者として魔法院中に知られており、院内モテないランキングの常連である(まあ、嫌われてはいないんだけど)。
そのウーニンが、いくら自分で作った人工精神体からとはいえ告白されている。
そんな光景を目の当たりにして、こんな状況下にありながらも、周囲にいる関係者達は驚かずにはいられなかった。
そして当人であるウーニンは、はっきり『好き』といわれて、それこそどう対応していいか分からなかった。多分、この場にいる者の中で一番。
それは確かに、エミリーと仲良くなる事を望んでいた。
でもそれはじっくり時間をかけて、それも上手くいけば仲良くなれるかも……というモテない者特有の消極的な願望だった。
にも関わらず、実質交流のあったのは1ヶ月程(出会ってから8年経ってはいるけど)の相手から、はっきり『好き』と言われるなんて……そんな彼の人生(観)からは想像できない現実に、『嬉しい』という素直な感情はかき消され、ただ途惑う事しかできなかった。
★3-3
※作者より
最終パートですので小説にてご確認ください。
如何でしたでしょうか。
今まではif戦記ものを中心に投稿してきましたが、今後はファンタジーの比率を高めていきたいと考えており、その覚悟を示すためにこのような中途半端なものを投稿したのです。早くちゃんとした小説を書かないと恥ずかしいままだぞ、という意味で。
現在連載中のif戦記ものが一段落したらこの作品の小説版を書き始めますので、それまでお待ちいただきたいと思います。