尊の成長
「ふむ……こんなものか」
想定していたよりは、悪くない仕上がりにできあがった。多少切り過ぎた感はあるが、尊は男なのだから、このくらいは許容範囲だろう。
……しかし、こうやって顔を露わにさせると、尊の顔立ちが整っていることを改めて再認識するな。今まで髪で隠してたのが、もったいないくらいだ。
「……頭、か、軽い……」
「相当切ったからな。見ろ、このゴミ袋を。ここに入っている髪は、全部お前の髪だぞ」
ゴミ袋の口を締めながらそう言うと、尊がそわそわと体を揺らした。
「……ほら。鏡」
「あ、あり、がとう!」
埃かぶっている安物の鏡を、服の端で拭って渡してやると、尊は食い入るように覗き込み出した。
「み、短い、ね」
「ああ。髪をかき分けなくても、尊の顔がはっきり見えて良いだろう」
「こ、これで……もう、お、女の子には、見えない、ね」
……それはどうであろうか。
いくら髪が短くても、尊は中性的な顔だし、体も小柄だから、女の子にも見えなくはない。最近の子どもは、色んな髪型しているしな。
しかし、尊が期待と不安が混じった、縋るようか目で見ているので、ここはとりあえず肯定しておいてやるか。
「そうだな。男らしくて、かっこいいぞ」
切り立てで、少しちくちくする髪をくしゃりと撫でてやると、尊がぱあっと顔を明るくした。
表情が見やすくて、心理分析がより容易になったのは、良いことだ。
「あ、あのね……あの、ね、か、かあさん」
「うん?」
「ぼ、ぼくが……かわいくなくなっても、か、かあさんは、ぼくを、好きでいて、く、くれる?」
なるほど。それを気にしていたのか。
実の母親からは、かわいくなくなったから捨てられたも同然だしな。
「……お前が、どんな姿になろうが、私の大切な尊であることは変わらないし。私には、どんな姿になったお前も、かわいいよ」
まあ、実際、私にとって尊の見かけはどうでも良い。
精神状態さえ、私の理想的な被検体でいてくれるなら、太ろうが醜くなろうが、その外見の変化も含めて興味深く分析するまでだ。
尊本人には、口が裂けても言えないが。
「そっか……よかった」
尊は幸福そうに微笑んだあと、私に抱きついてきた。
「やっぱり、ぼく、かあさんが大好きだ」
……おや。
吃音が改善している。
〇月×日
髪の毛を切った以降、尊のチックと吃音が、劇的に改善されてきた。会話も、対私の場合は、途中で詰まらずスムーズに行えるように成長。
実の母親の支配の象徴とも言える髪の毛を切ったことで、精神状態が改善したと推測。
経過を見る。
△月◇日
対人コミュニケーション能力が、目に見えて向上してきた。短期間なら、私以外との第三者とも、パニックを起こさずに交流が図れるようになったので、そろそろ第二段階に移行する。
厳しい姿を見せるようになった私に、尊は戸惑いを見せてはいるが、特別反抗的態度を見せることなく、柔順に従っている。
ただ、やはりストレスはあるのか、最近は夜になると「眠れない」と言って私のベッドに潜り込んで来るようになった。
あまりストレスを与えると、元の状態に戻る可能性があるので、二回に一回は承諾して、経過を見る。
なお、ベッドに入った尊は、抱き締めて、私の心臓の音を聞かせてやると、すぐに穏やかな表情で眠りにつく模様。
×月□日
調教の結果か、特別わかりやすい反抗期もないまま、第二次成長期を迎えた尊だが、最近少し、様子がおかしい。
精通を迎えたと報告を受け、性教育の資料として保健体育の教科書を与えてやって以降、接触にどこか性的なものを感じるようになって来た。
家庭内暴力を起こす子どもに、よく見られる兆候。上下関係を維持する為には、迅速な対応が必要と判断。
肌の接触の頻度を減らさせると共に、そろそろ外部の人間との接触機会を増やすことを検討。
その後の経過を見る。
×月〇日
尊から、「学校に行きたい」と言い出した為、定時制高校に通わせることにした。
今まで、集団行動を全く経験したことがなかった為、ストレスを抱えることなく、きちんと通えるか不安だったが、杞憂だった模様。高校の先生に確認してみたが、周りの生徒にすぐに溶け込んだとのこと。
経過を、見る。
◇月×日
尊が、私が勤める大学の理工学部に進学したいと言い出し始めた。弊大学の理工学部の偏差値はかなり高いが、模試を受けたところ、十分に合格範囲だと言うこと。せっかくなので、受けさせてみることにする。
最近では同じ定時制に通う少女に告白され、交際も始めた模様。精神状態も安定し、同年代の男子と比較しても、特別な異常は感じない。
経過を見る。
経過を見る。
経過を見る。
経過を見る。
「ーー母さん、起きて。朝ごはん、できたから。早く起きないと、大学の講義に遅刻しちゃうよ」
体を揺さぶられる感触に、重い瞼をあげた。
何だか、懐かしい、昔の夢を見ていた気がする。
「おはよう。母さん」
目の前で微笑む22歳の尊の姿が、一瞬少年だった頃の姿と重なった。
「……大きくなったな」
「え?」
「13年、だもんな」
13年で、尊は身長も、心も、驚くほどに成長した。
ーー私が予想していたのと違い、どこまでも「健全」で「真人間」な方向に。