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マッドサイエンティストはマッドサイコロジストの夢を見る  作者: 黒井雛


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小倉教授の悲哀3

 佐野の、私への理解不能の執着が恐ろしかった。

 そしてそれ以上に、私がどれだけ求めても得られない理工学の才能を、私なんかの為に簡単に投げ与えられる佐野が、妬ましくて憎かった。

 もし、私に、佐野程の理工学の才があれば。

 佐野のアドバイスなしで、今の地位を築き上げるだけ能力があれば……!

 佐野を視界に入れる度、私はどうしようもなく惨めな気持ちになった。




「--ねえ、佐野。貴方、私が好きなのでしょう? 今までの奉仕のご褒美に、抱かせてあげましょうか?」


 堆積した卑屈さが、ある時私にそんな言葉を口にさせた。

 ただただ、佐野の優位に立ちたかった。

 10も年上の枯れきった女に欲情するみっともない佐野の姿を見れば、胸の奥にたまった淀んだ劣等感から解放されると思った。


 だけど。


「……良いのですか? じゃあ、お言葉に甘えて」


 軽い口調と共に、研究室のソファに押し倒され、すぐさま後悔をした。

 いつものように腹立たしいにやけ顔を浮かべているとばかり思った佐野の顔からは、一切の表情が消えてきた。

 獣のようにぎらつく目と、抑え込む力の強さに、ざわりと鳥肌が立った。


「……体から、落とす気はなかったんですけどね。愛する貴女の望みであれば仕方ありません」


「……っ」


「覚悟は良いですか。私も男ですから、こうなったからにはもう歯止めが聴きませんよ」


 迫ってくる唇に、全身が震えた。

 冷たい汗が次から次へと落ちてくるのを、固く目を瞑り歯を食いしばるって耐える。


「……本当。貴女は愚かで可愛い人ですね」


 --捕食される。

 そう覚悟を決めた私の瞼に、ただ触れるだけの優しいキスが落とされた。


「震えて脅えるくらいなら、最初から口にしないで下さい。……二度目はありませんよ」


「……」


「全く……40間近にして、男性経験が皆無だというのに、よくもまああんなことを口にできたものですね」


 コンプレックスを口にされ、かあっと頭に血が上った。

 何故私が、理工学の研究にかまけて、今まで異性と一度も交際したことがないことを、この男が知っている……!

 ああ、だが、それ以上に……。


「馬鹿に……して!」


 優位に立つつもりで、かからわれていただけだと言う事実が、たまらなく惨めで、腹立たしかった。

 私ら今、このいけ好かない年下の男に遊ばれたのだ。

 そう思った瞬間、佐野の頬を勢いよくひっぱたいていた。


「馬鹿にしてなんていませんよ……寧ろ私は、貴女に男性経験がなくて嬉しい」


 赤く腫れ上がた頬を、佐野は愛おしげに撫でながら、いつもの笑みを浮かべた。


「私以外が貴女に触れたのだと思うと、気が狂いそうになりますから」


「………」


「小倉教授。もし貴女が私の理性を心配してくださったのなら、お気遣いだけで結構です。私は貴女の体だけが欲しいんじゃない。心も体も、全て丸ごと欲しいのです。その時が来るまでは、私は何日だって淋しい独り寝を続けてみせましょう」


「……いつか、必ずその日が来るような言い方ね」


「来ますよ。来るに決まっているでしょう。だって私はこんなに、小倉教授を愛しているのですから」


 頬に伸びて来た手を払い除けて、佐野を真っ直ぐに睨みつけた。


「佐野。お前は頭がおかしい。……狂ってるわ」


 嫌悪と侮蔑に満ちた私の言葉にも、佐野は笑みを深めるだけだった。


「狂わせたのは、小倉教授、貴女ですよ。貴女が、どうしようもなく愚かで、どうしようもなく愛らしいのがいけない」


 全てを受け入れられることは、全てを拒絶されることと同じことなのかもしれない。

 私が何を言おうと、どれほど負の感情を露わにしようと、佐野の気持ちは微塵も揺るがない。


 私は佐野を傷つけたかった。

 苦しめ、悲しめ、絶望させたかった。

 お前等無価値なのだと、これ以上私の人生に関わるなと切り捨ててやりたかった。


 その為に、佐野以外の誰かと恋愛関係を築こうと試みたりもした。

 だが、私は自分でもそう感じていたように、佐野以外の異性にとっては魅力的とはとても言いがたい女だった。

 運よく気まぐれで私に興味を持つ男が現れても、ここぞというタイミングで必ず佐野の邪魔が入った。

 佐野は性格に問題はあるが、見目は良い。社会的な地位も、年相応にある。対抗しようと考えるほど私に執着がない男達は、いつもあっさりと引き下がった。




 月日が経てば経つほど、私は佐野の手の中に絡み取られていくのがわかった。

 与え続けられたものは、二十年の歳月の中で積み重なり、私をがんじがらめにした。

 逃げるには、全てを捨てなければならない。だが、私は二十年の成果を捨てることはできない。

 理工学の権威と崇められることだけが、私には全てになっていた。佐野がいなければ崩れさる砂上の楼閣と分かっていながら、私はただ自らの地位だけに縋った。


「……佐野がいなくても、今と同じ、もしくは今以上の成果が出せるようになれれば……」


 私、一人の能力では不可能な話だ。

 だけどもし。

 もし佐野以上に天才的な、理工学に携わる協力者さえいれば。

 そうすれば、私は………。


「--こんばんは。今年小倉教授のゼミに入った、佐々木尊です。先日、教授がお話しされた若返りの機械について、俺なりの考察があるのですが」


 --そして、彼に出会った。


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