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二人の研究

 ……これは、心が広いと思うべきか、図太いと思うべきか。

 まあ私自身、誰かに嫌われたから、嫌い返すという、嫌悪の返報性はあまり働かない方なので、尊も同じなのかもしれない。それだけ、佐野に興味がないのだろう。

 

「……まあ、だが気に入られてるというのなら、私との関係は小倉教授には教えない方が良いかもしれないな。知ったら、態度が急変するかも知れん」


「いやいやいや、小倉教授、普通に俺と母さんの関係知ってるって。母さんが、精神科医と共著で出した本も読んだみたいで、『義理の息子の知られたくない過去を、本にして広めるだなんて』って眉をしかめてたし」


「……あれを読んだのか、小倉教授」


 尊の精神疾患が回復するまでのデータを論文にまとめるには、比較対象となる、被虐待児の診療データが必要だった。

 そこで、以前から交流があった精神科医に協力を求めたところ、尊の記録を軸に、向こうが診療した被虐待児の患者のデータと比較考察した、共著という形で本を出版する形になったのだ。

 出版した本は、「家族という最も近い立場から被虐待児を観察した、詳細な記録。心理学者ならではの観点で、今までの論文より、さらに踏み込んだ考察が行われている」として評価されたと共に、「義理の息子を、実験動物のように扱っているのではないか」「ちゃんとした精神科医の診療を受けさせることなく、独自の知識だけで、勝手なケアを行ったのは、ある意味では虐待と同じ」等と非難され、一時期話題になったのだが、まさか専門外の小倉教授まで読んでいるとは思わなかった。


「一応、尊の名前は仮名にしたうえで、私との関係性は明記していなかったのだが、やはり分かる相手には、分かるか……尊には、悪いことをしたな。やはり、あれは出版すべきじゃなかったかもしれない」


「いや、別に母さんが気にするようなことじゃないよ。そもそも、ゴーサイン出したのは、俺だし。……それに引きとる前の時点で、母さんは俺の精神状態の推移を論文にする、みたいなこと言ってたでしょ。今さらだよ」


「しかし……」


「寧ろ、俺は俺のデータが、母さんの役に立てたなら、嬉しい。そう、小倉教授にも言ったよ。母さんが喜んでくれるなら、俺の過去なんていくらでも広めてもらって構わないって」


 心底嬉しそうに微笑む尊に、ちくりと胸が痛む。

 ……洗脳教育の成果が出ていると、喜ぶべきところだろうに、おかしな反応だな。

 もっと自分を大切にしろだなんて、自分の実験の為に尊を利用している私が、言えた話じゃないというのに。


「……そうか。だが私との関係を知られても、小倉教授が尊を気に入っていているようで、安心したよ。……最近はどうだ、尊。院は楽しいか」


「うん。やっぱり高い専門性が求められるけど、好きな分野だから勉強していて楽しいよ。世界がすごく広がる感じがする。……あ、そうだ。母さん、聞いてよ。俺、今すごい研究に携わっているんだ! これはね、研究室の中でも限られたメンバーしか知らない、極秘の話なんだけど……」


「極秘の話を、私に漏らすな。馬鹿。守秘義務は守れ」


「えー、家族くらいなら大丈夫だって。母さん、口固いし」


 ……こう言う馬鹿で考えなしな生徒が、研究内容を軽い気持ちで周囲に漏らすから、公表前の極秘研究が外部機関に知られたりするんだな。

 我が息子のことながら、小倉教授には同情する。


「俺さ、今、小倉教授のもとで『若返り』の研究をしているんだ!」


「若返り……? アンチエイジングと言うやつか?」


「違う、違う。今の現状を維持するんじゃなくて、本当に細胞から脳に至るまで全部若返らせるの。特殊な機械と、羊水に似た成分の液体を使ってさ」


「……それはまた、ずいぶん夢がある話だな」


 今の日本の技術で、そんなものが完成できるとは、とても思えないが。

 薄い私の反応に、尊は拗ねたように唇を尖らせた。


「あー。母さん、信じてないでしょ。本当なんだって。もう動物実験は成功していて、対人実験を行う段階まで来ているんだから。実用段階まで、もうまもなくなんだよ」


「ほお、それはすごいな」


「でしょう? もし、これが成功したら、世界が変わるよ。老人が若返って働くようになれば、少子高齢化問題も、解決するし」


「だが、寿命はどうなるんだ? ただ若返るだけか」


「まだはっきりとは分かってないけど、実験したラットは、若返った分だけ寿命も伸びていたみたい。だから、上手くやれば、誰かを不老不死にすることだって、可能かもしれないんだ……すごいと思わない?」


 きらきらと目を輝かせて語られても……壮大な話過ぎて、どうも頭がついていかない。

 やはり、私には、対象が身近な心理学くらいがちょうど良いな。


「だからさ……もし、人体実験も成功したら、公表前に母さんも試してみない? 母さん一人くらいなら、俺こっそり研究室に入れられるからさ」


「……小倉教授が聞いたら、憤死しそうなことを、さらっと言うんじゃない。情報漏洩どころの話じゃないぞ」


 こめかみに手を当てて、ため息を吐く。

 育て方を間違えたかもしれない。


「尊の好意はありがたいが、私は遠慮しておく」


「え、何で? 若返られるんだよ?」


「完成したばかりで、安全性がはっきりしてないものを利用するほど命知らずではないし……そもそも、持って生まれた人間の摂理に逆らいたいとも思わない」




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