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マッドサイエンティストはマッドサイコロジストの夢を見る  作者: 黒井雛


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マッドサイコロジストと恋愛

「周囲がいないからやってるんだって。俺だって、状況は見てるよ。……それに、俺、彼女なんかいないし」


「? 高校の時にできたとか言ってなかったか?」


「そんなのとっくに別れたよ。大学でも何人か付き合ってみたけど、やっぱり合わなくてさ。すぐ別れちゃった。俺、恋愛向いてないみたい。……母さんに、似たんだね」


「遺伝とは無関係な、環境要因による親子間の類似性は否定しないが、何故私が恋愛に向いてないと言い切れる」


「えー。だってそうでしょう? 母さんが恋愛とか、想像できないし」


 どう考えても上下関係をわきまえていない尊の態度が腹立たしいので、この辺で少しやり返すことにする。

 私の恋愛経験の少なさが、尊に優越感を抱かせ、上下関係が一時的に逆転しているというなら、それを覆すまでだ。


「生殖能力も衰えた今の年齢では、恋愛をする意義を感じないからな。……だが、尊。私がお前くらいの頃には、積極的に恋愛をしていたぞ。肉体的にも、社会的にも成熟を向かえた男女の、恋愛心理に興味があったからな」


 生殖機能が完成する、「思春期」には、勉強に熱中するあまり、恋愛と縁がない生活を送っていた。

 だからこそ、大学に入った以降は、積極的に恋愛感情を伴う男女の交遊に取り組むようになった。

 人間と言うのは、ネズミやウサギと同様、発情期を持たない数少ない哺乳類だ。だからこそ、生殖を促す「恋愛」と言う、特殊な心理状態が不可欠になってくる。

 私は当時から既に、人間として色々欠落していたが、身体的な生殖機能は正常だった。ならば、「肉体的機能」に促される形で、「精神状態」も変化はしるのではないか。

 そう仮説立てたうえでの実験だったのだが……結果、何人と交際しても、私が特定の異性に対して「被検体」以上の興味を抱くことはなかった。肉体的機能の成熟くらいでは、精神的欠落は補えなかったらしい。

 私の言動や様々な要因で、向けられる好意が変化していく過程は興味深かったが、実験を重ねるにつれて、本来の私の研究の方に差し障りが出るようになって来た為、手を引くことにした。……異性間で発生する「独占欲」もしくは「支配欲」が、あれほど面倒だとは思わなかった。恋愛というものは、存外エネルギーがいる。


「……ふうん。母さん、恋愛したことあったんだ」


 尊の表情が、一瞬消えた。


「意外だなあ。今度また、詳しく聞かせてよ。母さんの若い頃の話とか、俺、すごく興味あるから」


 だがしかし、瞬きをした瞬間には、尊はいつもと同じ笑みを浮かべていた。

 その表情には「嘘」や「取り繕い」の兆候はうかがえず、ただただ純粋な「好奇」しか見てとれない。

 ……さっきのあれは、見間違いだったのだろうか。

 最初に対面した時のように、無機質で人形のような、あの表情は。


「あーあ。なんか、母さんですら俺より恋愛してたかもって思ったら、俺ももっと恋愛してみたくなっちゃったな」


「私ですら、とは何だ。私ですらとは。……だが、結婚適齢期になれば、環境要因によって恋愛感情が促進される可能性があるから、まだ22のお前が恋愛を諦めるのは、早過ぎるのは確かだな」


「えー。俺、結婚の為に恋愛するのは嫌だなあ。と言うか、結婚するより、しばらくは親孝行に専念したいし。……まあ、そもそも恋愛しようにも、俺の身近な女性って、小倉教授と母さんくらいなんだけどね」


 尊は今年、うちの大学の理工学部をして、そのまま研究室に残る形で院に進学した。

 尊が所属する研究室の小倉多恵子教授は、理工学の世界では有名な才能溢れる女教授ではあるが、年齢は私と5つも変わらない。

 22の尊が恋愛感情を向けるには、あまりに年が離れている。


「そう言えば……研究室の方は大丈夫なのか。尊。私のせいで、小倉教授からいじめられたりはしていないか」


 心理学部と、理工学部。分野も全く違うし、研究棟も離れていて、直接接触する機会も少ないのだが、私は小倉教授から嫌われている。

 どうも、私が「弊大学で最年少で教授になった」ことが気に入らないらしい。たまに敷地内で会うと、いつも何かしら嫌味を言われる。

 もともと好かれる質でないので、誰かに嫌われていること自体はどうでも良いのだが、尊まで被害を受けているなら少し心配だ。


「大丈夫。俺、小倉教授には寧ろかなり気に入られているから。代わりに、隣の研究室の佐野准教授にはめちゃくちゃ嫌われてるけど。あんまり関わりないから、平気平気」


「佐野って……ああ、小倉教授の腰ぎんちゃくみたいな奴か」


 敷地内で小倉教授とすれ違う時、大抵横にいる背の高い男が、確か佐野とか呼ばれていたな。

 へらへら笑っている癖に、目から読み取れる佐野の感情は、小倉教授なんかよりよほど敵意に満ちてたから、よく覚えている。


「うん。なんか学生時代から小倉教授の大ファンで、小倉教授を慕ってこの大学に残ったような人だから。小倉教授に気にいられたら、佐野准教授に嫌われるの、うちの学科では有名なんだよ」


「生徒にまで嫉妬するとは……良い年して、大人げない男だな。佐野って奴は」


「そう? 俺は佐野准教授の気持ちも分かるけどね。だから、佐野准教授のこと、俺はそんなに嫌いじゃないよ」

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