マッドサイコロジストの憂鬱
※心理学や、科学の分類及び院制度等、現実と異なる部分がありますが、フィクションだと思ってお楽しみ下さい。
※作者は心理学の素人なので、専門分野の細かい指摘はご遠慮下さい
※読了後、気分が悪くなっても自己責任でお願いします
「ああ、なんて素晴らしい! なんて斬新な仮説と、綿密な検証なんだ! そして、この考察の興味深さよ……まさに、貴女は心理学会のジャンヌ・ダルクだ! 貴女ほど、素晴らしい女性はいない!」
浴びせられる賞賛。
「佐々木教授! 米国の心理学会から、貴女に栄誉ある賞を与えたいと連絡がありました! 佐々木教授の論文が受賞されるのは、これで幾つ目ですか? さすが、この大学で最年少で教授になられただけありますね!」
積み重なる、名声。
「貴女は、我が大学の誇りだ!」
……ああ、
なんて、どうでもいいのだ。
『ーー知ってるか? あの、黒魔女、また心理学の賞受賞するんだとよ。アメリカのお偉いさんと、寝でもしたのかね?』
ーー上目遣いに友人をうかがいみる表情に、不安の徴候を確認。
嘲る言葉とは裏腹に、自分の意見に自信がない様子か見てとれる。
『ばあか。あんな骨と皮ばかりな可愛い気のないババア、いくら物好きな奴だってヤリたいと思うかよ。40過ぎてるんだからいい加減社交性の一つも身につけりゃいーのに、いくら褒められてもニコリともしねぇんだぜ?……しかも、何だよ。最近の真っ黒な服装。ただでさえ陰気臭いのに、ますます見てると気が滅入るわ。まさに魔女だよ。何が心理学会のジャンヌ・ダルクだ』
ーーそれに比べ、こちらの生徒は上唇が上がったり、鼻に皺が寄る等、明確な嫌悪が垣間見える。
一方で、下まぶたの力みや、額中央の波線上の皺は恐怖の徴候か。
その恐怖が、私が一ヶ月連続で身に纏っている「黒」の服の色彩効果によるものか、その他の要因によるものかは、現時点では判別は不可能と判断。
「橙」や「緑」など、不安を打ち消す効果があるカラーを同期間纏った場合、彼の恐怖感が減少するか、比較実験を検討。
経過を見る。
『……本当、なんであんな女の研究室を選んじまったのかな』
『ハクだけはつくからな。名声だけは、うちの大学一だ。……せいぜい、今は不快感に耐えて、あいつの名前を利用してやろうぜ』
「……うーむ。分析できる(わかる)けれども、理解でき(わから)んな。こいつらの心理というものは」
私は構内に秘かに仕掛けた監視カメラの映像を見ながら、ため息を吐いた。
映像に映し出された、二人の生徒から伺える私に対する感情は、『嫌悪』と『恐怖』ーーそして隠しきれない『劣等感』と『嫉妬心』
それらから生じた『敵愾心』
教授と院生と言う明確な立場の差はあれど、同じ心理学を志すものとして、私ばかりが賞賛されている状況を苦々しく思う気持ちはわからないでもない。
彼らが、将来的に大学教授になることを夢見る博士課程の生徒だからこそ、尚更だ。
ーーだがしかし、それでも私は理解できない。
「……何故、彼らは私と同じ心理学を志す身でありながら、賞賛や名声に頓着しているのだ? 学問をするうえで、知的好奇心の探求以外に何を求める」
人間に、承認欲求があることは、知識としては理解している。
だが、私にはその欲望が、体感として理解できない。
新たな仮説を立て。
その仮説を実験にて検証し。
その結果を考察し、また新たな仮説を立てる。
ーー私には、これ以上の歓びなど存在しないのだから。
ああ、知っている。
知っているともーー私は異常だ。
自分以外の人間の持つ感情が、私にはよく理解できない。人間として大切な何かが、母の腹から生まれ落ちた時点で決定的に欠けていたのだろう。
だからこそ私は他人の賞賛にも、罵倒にも、等しく心を揺らさないのだ。他人の評価に価値を見出せないのだ。
理解できないからこそ、求めた。
人間の心理を。人間の感情を。
私の仮説が斬新だと人は言う。当たり前と言えば当たり前だ。
欠けている私だからこそ、主観的な感情を排除して、人間を客観的に捉えて分析することができるのだから。
通常の感性を持つ人には、きっとわからない視点なのだろう。
「ああーー仮説立てたい(しりたい)検証したい(しりたい)考察したい(しりたい)」
胸の内にふつふつと湧き上がる感情に推し動かされるように、私は研究室内に秘密裏に設置した金庫を漁った。
そこにある資料一つ一つを、傷がつかないように丁寧に並べて、いつものように眺めながら、ため息を吐く。
「ーー何故、何故だ。何故、私はこの時代に生を成さなかったのか」
机に並べた資料は、どれも禁書として表舞台から消されたもの達。
世界各国を回り、アンダーグラウンドな闇市場で収集したもの。
「戦争という狂気の中ならば……非人道的な人体実験を行うことも、合法であったというのに………!」
世界大戦の裏で行われた、数々の洗脳実験の資料達を前に、私は嘆いた。
自らの死も恐れずに戦場を駆ける、絶対服従の兵士。
腕がちぎれようとも、足がなくなろうとも、自分が死ぬまで敵を壊滅するまで闘い続ける狂戦士。
上層部にとっては、もっとも使いやすい、使い捨て可能な便利な駒。
戦時下では、最も望ましい戦力だ。
しかし、もともとそんな素質を持った人間なぞ、まずいない。
誰かが意図的に作り上げて、量産する必要がある。
戦争に関わった各国は、一般人である兵士をそのような有用な存在に仕立てあげる為に、秘密裏に洗脳実験を行っていた。
様々な言語で書かれたそれらを、私は一人で日本語に翻訳し、何度も何度も読み込んだ。
そして私は、今までの心理学の知識と重ね合わせたうえで、「洗脳においてもっとも有用だと思われる」仮説を立てたのだ。
「ーーああ、検証したい(しりたい)」