第1話「ロリ女神に詐欺られた結果」
陽木は真っ白な空間にいた。どこを向いても白、上も下もないように思え、無限に続いてるように見える程に広い空間。その空間にポツンとある椅子二つ、その一つに陽木は座っていて、その向かい側にあるもう一つある椅子に、もう一人、誰かが座っていた。
「あ〜、わかってると思うけどな、お前、死んだから。」
その誰かが、初っ端から適当な調子でそう言った。そしてその人物の姿は、
ー誰がどう見ても、幼い少女だった。
丁寧に切りそろえられた透き通るような長い銀色の髪、その下に覗く少しばかりつり上がった瞳、だがその鋭い目付きも、全体的に幼い体が、その鋭利を抑え込んでいる。
陽木はその幼女とこの空間を、しばらく黙って眺めていたが、やがて幼女が頬杖をつきながら、陽木を見下すような目付きで、口を開いた。
「あんれ〜?もしかして状況飲み込んでないんか〜?」
「この状況で何を飲めってんだ、これ、夢だよなあ?」
陽木はとっさに返答する。死んだと言われても冷静なのは、正直彼女の言葉を全くもって信じてないからだ。夢なんじゃないかと問いかける陽木に対し、幼女は溜め息を吐き、さらに目を細めた。
「な〜にふざけたこと言ってんだよ。トラック、直撃だぞ〜、直撃〜。助かるわけないじゃん。今頃おまわりさん達がお前のグロい死体見て、顔を歪ませてるだろ〜よ。」
「いやいやいや、俺、死んでないじゃん。意識あるじゃん。」
陽木は手のひらをブンブンと振りながら、幼女の言葉を否定した。だが幼女は、陽木の言葉に同調することはなかった。代わりに、めんどくさい奴を見るような目を向けた。
「馬鹿だな〜、お前。死んだら意識がなくなるなんて誰が決めたんだ?生きている奴に死後のことなんてわかるはずないだろ〜?適当な固定概念に囚われるなよ〜。」
幼女はそういいながら少し笑った、陽木には、何が何だかわからなかったが、とりあえず、聞きたいことがたくさんあった。固定概念やらなんやらは一旦保留にして、質問タイムにしようと、陽木は頭の中を切り替えた。
「とりあえず、あんた誰よ。」
「あ〜、あたしか、あたしは女神オリオン。偉大なる女神様だ」
オリオンと名乗った幼女は、少し口元をにやけさせながらも、ほぼ真顔でそう言った。
「やっぱり夢じゃん、こんな幼女が女神なんて、ありえん。」
陽木が反射的にそう言った瞬間、オリオンは椅子を飛び出し、ありえない程の速度で、陽木のもとに迫った。
それに陽木が驚く暇もなく、オリオンは陽木の額に、全力でデコピンをした。
「いっっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ‼︎⁉︎」
想像を絶する激痛に、陽木は絶叫しながら額をおさえる。オリオンはというと、陽木にやったデコピンに対してはなんの罪悪感もなさそうで、むしろ満足気な表情で、苦しむ陽木を見つめている。
「ほらな、これで夢じゃないってわかったろ?悪いがさっさと話進ませてくれないかな〜。」
「夢じゃないってのはわかったんだが……。これ明らかにオーバーキルだろぉっ……。」
陽木はまだ、激痛に苦しんでいた。
ーーー
「とりあえず聞くけどさ、お前今、どんな才能が欲しいか?」
額の激痛も落ち着いてきた頃。オリオンは陽木に唐突だがそんな問いを投げかけた。
「文才。」
それに陽木は、一切の迷いなくそう答えた。その問いに、どんな罠が仕掛けられているのかも知らずに。
「そ〜かそ〜か〜。じゃあお前にはその才能与えて生き返らせてやるよ。」
「えっ、マジすか。」
オリオンのその言葉に、目を輝かせる陽木。だがオリオンは、ニヤリと笑いを浮かべ、陽木の目の輝きを一瞬で消し去るような一言を放った。
「まあ、生き返るのはふつーに剣とか魔法とかの異世界なんだけどね〜。」
「ん?それって、どゆこと?」
陽木はオリオンの言ったことが理解できないと言った風な驚きの顔で、問いかける。
その間抜けな顔面に、オリオンは小さく吹き出し、笑いをこらえながら、陽木の問いに答えた。
「いやいや〜、そのまんまだよ〜。お前は死んじまったんだから元の世界で生き返るなんてできるわけないいじゃん。それくらいわかってんだろ?お決まりじゃん。とゆ〜わけで、お前は文才を引っさげて異世界に行くってわけ。おめでと〜。精々向こうの世界で文豪にでもなってみたら〜?」
「え……?」
陽木は数秒の間、呆けた顔で、オリオンの言葉を理解しようと頭を回転させた。そして、その意味を理解した瞬間、頭に全身の血が上ったんじゃないかというほど、陽木の脳は、怒り一色に染まった。
「え……、まさか、さっきの質問が、異世界に持って行くチート能力選びだったってことか?」
なんとか平静を保ち、陽木はオリオンに再度問いかける。だが、オリオンは、陽木の問いを、無言で肯定した。
「は?ちょっと待ってくれよ、一つ質問いいか?俺の身体能力は、もちろん底上げされているんだろうなぁ?」
異世界に転移させられることよりも、陽木はそっちの方が気になり、懇願するようにオリオンに聞いた。
「はぃ?そんなサービスしてるわけないじゃん、バカなの〜?」
「ふっっっっざけんじゃねぇぇぇぇ‼︎‼︎⁉︎」
嘲笑う様なオリオンの声と顔に、陽木の怒りは頂点に達した。激怒の声を全力で叫びながら、陽木はオリオンに一発かましてやろうかと全身に力を込めた。
ーだが陽木の身体は1ミリたりとも動かなかった。
「お、おい?これはどういうつもりだあ⁉︎」
陽木が喚くと同時に、オリオンは陽木に向かって意味ありげに手をかざした。その瞬間、陽木の足元に魔法陣らしきものが現れ、そこから出てくる光が、陽木を包む。
「じゃ〜いってら〜、精々すぐに死なない様に頑張ってね〜。」
「待て待て待て待てええええ⁉︎ちょっと⁉︎待ってって言ってんじゃん⁉︎おいふざけんなよクソロリがああああああ⁉︎能力なしでどうやって生きていけばいいんだよマジでえええええええ⁉︎」
だがそんな陽木の叫びは届くことはなく、意識は闇に飲まれていった。
抵抗しようのない意識の消失の中、陽木はあることを思い出した。
ーそういえば俺が助けようとしたあの女の子、助かったのかな…。
ーーー
「暦縫陽木…なかなか面白い奴だったな〜。」
オリオンは、満足気な顔でそんな独り言を呟いた。そして、オリオンは一息つくと、右手を誰もいない椅子に向かって、一振りした。
「さってと〜、次行きますか〜。」
呑気な声で、オリオンがそう告げた瞬間、誰もいなかったはずの椅子に、一人の少女が現れた。
「あ〜、はいは〜い。死んじゃった気分はどう?」
少女は、オリオンの煽る様な問いを聞きながら、ゆっくりと目を開いた。
少女の名は、神結加菜愛、死因、トラックによる、事故死。