『玉ねぎ役者』
『玉ねぎ役者』
見る者を感涙させる演技が出来る役者を「玉ねぎ役者」と呼ぶらしい。
そんな玉ねぎ役者を目指して長年、身を切るような極寒の北の地で演技に明け暮れていた俺だったが、限界が来たようだ。
余命宣告。俺はあと半年しか生きられないらしい。
自分があと僅かしか生きられないと知ったら、人は何をするんだろうか。自暴自棄になるだろうか。それを運命と受け入れるだろうか。
俺が選択したのは演じ続けることだった。
最初は順調に思えたが、一ヶ月、二ヶ月と経つごとに体調はどんどんと悪くなり、立ち続けることすら辛くなってきた。椅子に座りながら、ベッドに横たわりながら演技をする。
暗く小さな劇場に観客はいつもの三人だけ。起きているのか寝ているのか分からない老婆と仕事に行っているのか定かではないサラリーマン風の男、そして演劇の勉強をしているという女子高生の三人。
うちの劇団は(といっても役者は俺だけ、あとは裏方二人だけだ)去年から同じ演目しか公演していない。病気の男が最期の時まで足掻き続けて死ぬ話だ。まさか、俺が似たような状況になろうとは考えもしなかった。居なくなったあいつは、俺がこうなることを予想して脚本を仕上げたのだろうか。
最後の公演が始まった。俺はフラフラと立ち上がり、叫んだ。
「神よ、どうして私に生きることを諦めさせようとするのですか!」
サラリーマン風の男が次のセリフを叫んだ。
「それが、お前の運命だからだ!」
続けて老婆がつぶやく。かすかに聞き取れた。
「運命には抗えないのだろうか……」
女子高生が続く。
「運命に従うことこそが人間の運命だ!」
俺は血を吐きながら叫ぶ。
「違う! 運命に抗おうとする精神こそが人間だ!」
「ああ、残念だよ。もっとお前と話していたかった!」
「どういうことだ……」
「死神の剣は振り下ろされた!」
「嫌だ、まだ死にたくない!」
俺は血に染まる舞台の上で泣き叫んだ。女子高生が舞台に上がり、俺の肩に手を置き、目を合わせていった。
「もう、休め。お前は十分に戦ったのだ、運命と」
知らない台詞だった。俺はよく回らなくなった頭で考え、呟いた。
「俺は……誰かを感動させられただろうか……」
女子高生は目を潤ませながら言った。
「お前は、私が見た中で最高の玉ねぎ役者だ。お前の魂は私の中で永遠に行き続けるであろう。――さらばだ」
サラリーマン風の男が舞台上のベッドへと俺を運ぶ。老婆が最期の祈りをしてくれる。そして、女子高生に手を握られながら、俺は旅立つ。その間際、俺は思った。
――彼らこそが真の玉ねぎ役者だ、と。
目から一筋の涙が零れ落ちた。