第6話 『告白と色恋』
第一章 校内戦激闘編 開始です。
「ごめんなさい」
昼休み。
西洋の古い教会を連想させるような三つの塔が特徴的な校舎の裏で、私は目の前の同学年の白髪の男子生徒に対して深く頭を下げる。
「どうしてもダメかな?」
「ええ、私には好きな人がいるの。貴方の気持ちは素直に嬉しいけれど、ごめんなさい」
食い下がると言うよりは確認するように聞いてきた事もあり、私はできる限り優しい口調で答える。
想いの強さがどうであろうと遊びであろうと、告白してきた相手にはしっかりと向き合う。
それは私たちがあの事件から学んだ事、ましてや戦いで解決しようとするなんて論外だわ。
だから、ここでの私はそのような選択を取らないようにする。
「そうか……悪かったな、時間を取らせてしまって」
「いいえ。嫌味に聞こえるかもしれないけれど、ありがとう」
少なからず私を心に留めてくれた事に対する感謝。
だから、少年は目を見開いて私を見る。
それはありえないというような感じではなく、純粋な驚き。
普通、私のこの反応はおかしいから、そうなるのも無理ないわね。
「朝日奈さんはすごいんだね。告白してきた相手に対して、ここまでできるなんて」
「そうでもないわ。私はただ自分の気持ちを正直に告げているだけよ」
「それでもだよ。この二週間、君は毎日のように告白されているはずだ。それなのに、呆れもせずに丁寧に対応している。普通ならうんざりするよ」
確かに彼の言う通りだ。
私はうんざりしていた。相手の気持ちなんて全く考えていなかった。
その理由は私の中で男性の理想が兄上だったからだと思う。
初めてあの人と戦った時の衝撃は今でも残っている。
「そうかもしれないわね。でも、気持ちを受け止める事も大切なの」
だからこそ、今の私は向けられた好意を受け止めようと思ったのよ。
これは経験が為せる業だと思うわ。
「そうか。ますます君の事が好きになってしまったよ。時間を取らせて悪かったね、それじゃあ、また」
そう言って彼は私の前から去っていった。その後ろ姿は少し哀愁が漂っていた。
でも、今までの中で一番まともな人だったかもしれないわね。
中には私たち全員に告白してくる節操のない人もいたり、ふざけている人もいるわ。
誰が来ようと私が首を縦に振る事はないのだけれど。
軽く首を振り、私は歩き出した。
まだ昼休みの時間は残っている。教室でゆっくりしたい。
兄上との再びの出逢いから二週間。私の周りは少し騒がしくなっている。
理由は、私や朱莉、薫流、望海、桃花に告白してくる男子が多いからだ。
私たち五人は自分で言うのもおかしいかもしれないけれど、容姿が優れている。
悪い言い方をすれば、男好きのする体なのだろう。胸は…………あまりないけれどね。
高校生になったばかりの男女はやはり色恋には興味があるものだから仕方ない。
かく言う私も色恋に興味があって、まさに今恋をしているのだから。
そして、一年生の男子は私たちに狙いを付けたという訳。
誰が私たちと付き合えるか、というようなゲーム感覚の人も中にはいるわね。
もちろん、私たちに本当に好意を持ってくれる人も中にはいる。でも、私たちは全て断っている。
理由はそれぞれだと思う。私の場合は兄上が好きだから。
そういう訳で、最近の私たちの周りは騒がしい。
学校が始まる朝の時間、今のような昼休み、そして放課後。
呼び出される事は多い。今朝も告白されたわ。
私に告白して来る人は少ないけれど、上級生の方もちらほらといるわ。特に朱莉や望海、桃花が多いかしら? 理由は…………考えるまでもないわね。
さて、肝心の兄上との関係はまだ何も進んでいなかった。
それでもアピールはし続けている。もしかすると、私の気持ちに兄上は気付いているかもしれない。
あの人は意外と鋭い時があるから。
「――おかえりっすー、葵」
「ただいま、望海」
望海が軽く手を挙げてきたので、私もそれに応じる。
考え事をしていると距離が短く感じるのというけれど、本当よね。
気が付けば教室に戻っていた。
私は望海との挨拶もそこそこに、自分の椅子に腰を下ろした。
「葵ちゃん、おかえりー」
「おかえり、葵」
「おかえりなさい、葵」
「ささ、結果を聞くっすよー」
いつの間にか望海も含めた四人が私の周りに集まっていた。
鮮やかな赤いツインテールの女の子が、私の幼馴染である雨宮朱莉。
桃髪をボブにしている女の子が、九条桃花。
艶やかな黒い長髪の女の子が、立花薫流。
そして、黒髪ショートで前髪に青い一筋のメッシュを入れてある女の子が青海波望海。
彼女たちが私の大切な親友たちだ。
四人が私の周りに来たのは、先程の告白について聞くためだろう。
彼女たちもやはり色恋に興味がある年頃という訳ね。
「断ったわよ」
「え、そうなの? 岸君はカッコ良くて優しいって聞くけどなあ」
「強いとも聞いているよ! それに葵ちゃんと同じく事象系練気“氷”の使い手だってね。ばっさり切り捨てなくても良かったんじゃないかな?」
桃花と朱莉が各々の意見を口にする。私も彼の噂は聞いているわ。
彼の実力も見た事があるけれど、私たちには及ばない。
つまり、兄上にも当然届かない。
「葵、これで何人目っすか? 正直、うちは数えるのも諦めたっすよ」
「私も正確には記憶していないわ。三十人ぐらいかしら?」
「それって、一年生の三分の一、男子だけなら半分ぐらいっすよ?」
驚いているけれど、全員それぐらいだと思う。
かぶっている人もいるから何とも言えないのが問題ね。
エレメンタル・アカデミーは事象系練気を扱えるものしか、入学を許されない場所。
必然的に生徒数が少なくなるものね。それでもそれなりに生徒が集まるのは、練気が体系化され、使おうと思えば誰にでも使う事が可能だからでしょうね。事象系は希少だけれどね。
「人数はともかく、最近は騒がしいよね。私たちが一緒にいるだけで男子たちの視線がくるもの」
薫流がうんざりしたような声で言う。
彼女は元々影で生きているような女の子だったから、注目を集めるのは苦手なのでしょう。
「でも、私も皆も大変だよね。こうぱーっと片付けられる方法はないかな?」
朱莉が両手で大きく円を描くような仕草をする。
確かに私たちの生活に支障が出てくるのは嫌よね。
かと言って、あの方法に走るのは嫌。
早く校内戦が始まればいいのに。そうすれば、大分おとなしくなるでしょう。
「そう簡単にはいかないわよ。断り続けるしかないと思うわ。私たちにその気がないと分かれば諦めるでしょう」
「そう簡単にいくかな? 葵ちゃん」
「何事も例外はあるものよ……」
そう言いながら、私たちは望海の方を見る。
「そうっすねー。あいつはかなりしつこいっすね。今日の朝も振ってきたっすよ」
「あはは、望海、何回目?」
「今日で七回っすねー。もうやめて欲しいっすよ」
桃花が苦笑いしながら聞くと、望海が呆れた声で言う。
でも、その声はあまり嫌そうには聞こえない。
「とは言いつつ、まんざらでもなさそうじゃない」
「葵までそんな事言うっすか……。確かに悪くないとは思うっすよ? でも、うちはまだ恋愛とか分からないっすよ。人を好きになった事なんてないっすからね。他人の恋を見てるだけで今は十分っすよ」
望海がない胸を張って言う。
恋愛に興味がないとは言わないけれど、いざ自分が、となれば少し奥手になってしまう。
やはり恋をしてみない事には分からないのだと思う。
「その通りかもしれないわね。実際にしてみないと分からない事って多いと思うわ」
「葵、まるで恋をした事があるような言い方ね」
「そうね……」
薫流が私を射抜くような目で問いかけてくる。
まだ彼女は私を警戒しているのでしょう。少しでも私の情報を得ようとする。
「え、本当なの、葵ちゃん!?」
「驚く事もないでしょう。私も誰かを好きになる事はある」
現在進行形だけれどね。
「そうなんだー。葵ちゃんが好きな人かー……」
朱莉がそうつぶやいた所で、昼休みが終わりを告げる。
全員、気が付いてないのかしら? 望海は気が付きそうなものだけれども……
「皆、もう始まるわよ。席に戻ったら?」
四人とも私の好きな人が誰なのか気になるようだけれど、それはまた後日ね。