第5話 『兄妹と親友』
その日の放課後。
私は薫流にお願いして兄上を呼んでもらう事にした。
兄上と連絡先を交換していなかったのは、私の落ち度だから仕方がないわ。
目的はもちろん、兄上に朱莉を紹介する事。
兄上は私と朱莉の事を気にしているはずだから、最初の段階で会っても問題ないと思うわ。
私たちがいるのは、三つの塔が特徴的な校舎の裏に広がる敷地にあるトレーニングスペース。
体育館のようなそれはエレメンタル・アカデミーの敷地内に多数設置され、放課後、学校側に申請すればいつでも使用できる。
広さも申し分なく、便利な場所だ。
前々から思っていたのだけれど、どうしてトレーニングスペースだけは体育館のような造りなのでしょう。エレメンタル・アカデミーは西洋を意識しているというのに。
それなりの数を設置しているため、コストが掛かるからでしょうか?
謎ですね……
「葵ちゃんが兄と慕う立花先輩って、どんな人なんだろう」
「カッコいい人っすよー、それに途轍もなく強いっす」
「そうなんだ!」
「桃花はあっさり負けたっすからね」
「なるほど、なるほど」
うんうん、と頷いているけれど、貴方、桃花の実力を知らないでしょうに。
でも、ニュアンスは伝わるのでしょうね。
私が物事を考えて動くタイプとすれば、朱莉は直感で動くタイプ。
どちらかと言えば、望海に近い方ね。多少ものは考えるでしょうけれど。
「まさかこんなに増えるとは思わなかった」
「どうしたの薫流?」
「葵、少し不思議な感じがしているだけ。私は今まで一人でいる事が多かったから、大人数でいるのは新鮮? って言えばいいのかな」
そうかもしれないわね。
薫流の事を深く知っていれば、この感想に違和感は覚えない。
だから、私は彼女の背中を押そうと思う。
なぜなら、私たちは親友だから。
「新鮮でいいのではないかしら?」
「え?」
「新鮮に感じるという事は、自分が知らない領域に足を踏み入れたという事。その質については分からないけれど、何か新しい事は得られるはず。だから、貴方はその感覚を大事にして、私たちと一緒に進んで行けばいいと思うわ」
少し硬いアドバイスになったかしら?
朱莉ならもっと上手くやるでしょうね。
でも、仕方ないわ。これが私だもの。
変わる必要はないけれど、受け入れてもらうための努力はしないとね。
薫流は私の顔をまじまじと見て、目を見開いている。
そこまで変な事を言ったつもりはないのだけれど……
と、不安に思っていると薫流が少し微笑んだ。
「ありがとう、葵。これからが楽しみになってきた」
「どういたしまして、私の方もこれからお世話になると思うから、先行投資よ」
「それはどういう?」
意味が分からない顔をしている薫流。
でも、今はそれでいい。時期になったら、協力してもらう。
だから、敢えてその先は話さなかった。
「――悪い、遅くなった!」
丁度その時、体育館のような扉ががばっと開き、少し息を乱した兄上が入ってきた。
急いできてくれたようだ。
春と言っても、走ればそれなりに暑い。
「お疲れ様です、兄上」
だから、私は兄上の側に行き彼の首筋に手をかざした。
「うお、つめた! 葵の力か」
「はい、事象系練気“氷”です」
手から放ったのは冷気、温度は人肌よりも冷たいぐらいのレベル。本当に涼しい程度だ。
兄上も嫌がっていないようで、良かった。
それに一瞬で、言い当てた。もしかすれば、濡れタオルだったかもしれないのにね。
つまり、私の事を知っているという事だ。
ただ、そうだと知っていなければ違和感を覚えない程度の些細な事だけれどね。
私は兄上のように力を所持した状態で、ここに来る事はできなかった。
だから、私の今の力はこの時期の私と変わらない。
ただ一つ違うのは、あの力が私の中に存在している事。
でも、これは捉え方にとっては悪い事じゃないと思う。いざという時にはきっと力になってくれるだろうから。
そう、これはただの力。私はもう飲み込まれたりしないから。
「――あ、葵、そろそろやめてくれないか? かなり寒くなってきたんだけど」
「はっ! す、すみません、兄上!」
兄上に冷気を当てたまま、思考の海に沈んでいたせいで、私の力は発動したままだった。
って、兄上もすぐに避けてくれればいいのに……
私が悪いので、低頭して謝罪する。
「いや、そこまで頭を下げなくていいって。何か考え事していたみたいだしな」
ぽん、と手を頭に乗せる兄上。
兄上の大きな手が私の頭の上にあって、すごい安心感。
恥ずかしくもあるけれど、それ以上に嬉しい。
兄上は兄上だな、と思ってしまう。
顔を上げると、少し唖然としている少女たち。
兄上はあまり気にしていないけれど、私たちからすれば頭を撫でられる事は驚く事なのよね。
「はい……今日はわざわざ来てくださってありがとうございます」
気を取り直して、時間を作ってくれた事に感謝する。
意味ないとは思うけれど、これは私の性分だから仕方ない。
「今の俺は何かやる事があるって訳じゃないんだ。だから、時間はあり余っている程だよ」
「そうですか。それでは、早速私の幼馴染を紹介したいと思います。朱莉!」
と、私が呼んだので朱莉がすぐに私たちの前にやってきた。
まだ顔が赤いのは仕方ない。朱莉も私もそうだけれど、高校に入るまで兄上以外の男性と触れ合う機会はほとんどなかった。
それこそ、親族ぐらいのもの。と言っても、私たちと年が近い人はいなかったわ。
「雨宮朱莉です! よろしくお願いします、お兄ちゃん! 私の事は気軽に朱莉、と呼んでください!」
いきなり兄と呼ぶ元気の良い朱莉。
流石の兄上もこれには鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。
実は、私はこの展開を予想していた。
すでに私が龍先輩の事を兄上と呼んでいる時点で、朱莉がそう言う事は想像できた。
ちなみに先例は今朝の朱莉と薫流のやり取り。
「……あ、ああ、よろしく、朱莉」
「すみません、兄上。朱莉はこういう女の子です」
「葵が謝る必要はないさ。それに朱莉は葵の幼馴染なんだろ? それなら問題ないよ」
ここまで来れば一人増えても構わないという事でしょう。
薫流、望海、桃花に関しては本当に妹のように思っている。
だから、実質私と朱莉が増えただけと捉える事もできる。
「えっと、私、何かしちゃいました?」
「いや、大丈夫だよ。朱莉は元気だと思ってな」
「えへへ、それが私ですから! 葵ちゃんと違って、私はまだまだですからね」
「そんな事はないさ。朱莉だって立派になると思うよ」
朱莉は自分なりに私の横に立ちたいと考えてはいる。
しかし、この時の朱莉はそこまで本気で考えてはいなかったのだと思う。
だから、少し卑屈な所がある。
「え、そうですか……。葵ちゃんはどう思う?」
「そうね、朱莉ならすぐに私に並べると思うわ。もちろん、朱莉次第だと思うけれど」
「え、葵ちゃん?」
私が褒めた事に困惑――違うわね、私とすぐに同等になれるという所に反応しているのでしょう。
この時の私はこういう部分では朱莉を下に見ていたから、この反応もある意味正常なのでしょう。
……その後の朱莉は少し気持ち悪かったわ。恍惚とした表情で、変な動きをしていたもの。
「……何て言うか、一気に増えたよな」
「そうですね、兄さん」
「うちもびっくりっすよ、お兄さん」
「私もそう思います、お兄様」
「一日で四人ですからね、兄上」
「私は友達が一気に増えたので嬉しいです、お兄ちゃん!」
兄上がつぶやいた言葉に、私たち全員が反応する。
本来であれば、全員が集まるのはもう少し先になるはずだった。
それを私が無理矢理会わせた。
同じような時間を進めば、兄上は朱莉の事を好きになってしまうかもしれないから。
私は兄上の妹で終わりたくないの。
この三日月のイヤリングに誓って、ね。
「まあ、これはこれでありか。妹分が四人も増えたって事だよな」
思えば、変だと思う。
初めて会った人を私たち全員が兄と慕うなんて。
薫流の場合は必要だったからで、望海の場合は何となくなんでしょうけれど。でも、そこからはおそらく芋蔓式よね。
本来、私が兄上を兄と呼ぶのは先の話で、皆が兄と呼んでいたという事が要因だったもの。
ともかく、現時点での私の評価は兄上の言うように、妹分止まり。
ここから、恋人にランクアップしていかなければならない。
そのための一歩はすでに踏み出した。並行世界であるこの新しい世界で、私は自身の恋をきっと成就させてみせる!
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♡龍の葵への恋愛レベル:後輩妹分♡
序章 新たなる世界編 完
次回 第一章 校内戦激闘編 に入ります。