第4話 『幼馴染とスタートライン』
兄上の転入手続きを終わらせた私たちは、兄上と別れ四人で教室に向かっていた。
転入とは、私が住んでいる巨大都市――白桜市特有の制度。
白桜市には、私が通っているエレメンタル・アカデミーの他に六つの高校がある。
挙げてみると、桜花白蘭学園、剣武練成館高校、水鏡高校、黒天星学院、聖匠学園、流箭の里の六校ね。
各校にはそれぞれ特色があって、自身の適性にあった高校に選べるという訳。
ちなみに、ここと同じく全ての高校が全寮制だ。ただ、ここのように敷地内に寮があるとは限らない。
そして、転入制度というのは、二年生と三年生に適用されるもので、自分が通っていた学校から別の六つの学校いずれかにテストなしで入る事ができるもの。
ただ、テストはないけれど、それ以外で何かしらの条件が課される場合もある。
エレメンタル・アカデミーの場合は、事象系練気の適性があるかどうかね。
兄上はこれを利用して、ここにやってきた。
転入を希望する人たちは、違う特色を持つ他の六校いずれかの高校で、自分の可能性を試すために転入を利用する。
案外、別の高校だと気風が合うのか、上手くいくという例は少ない。
「薫流、お兄さんって、どこから転入してきたんすか?」
四人で並んで歩いていると、望海が薫流に兄上がどこから来たか尋ねる。
兄上程の実力者であれば、元々どこにいたのかは気になって当然でしょう。
「桜花白蘭学園だよ」
「え、そうなの!」
と反応したのは望海ではなく桃花。薫流を食い入るように見つめている。
望海は軽く驚いているだけで、桃花のような激しい反応は示していない。
桃花は桜花白蘭学園にいる二年生の【桜花剣聖】高橋琥鈴に憧れているから、この反応も頷ける。
そこで薫流と目が合った。なぜか、私をじっと見つめている。
私、彼女が気になるような事をしたつもりはないわ。
「どうしたの、薫流」
「葵はあまり驚いているように見えなかったから」
「そうね……正直、どこから来たかにはあまり興味がないわ。重要なのは兄上がここにいるという事だから」
「そうなの……」
まだ釈然としない顔はしているけれど、納得はしてくれたみたい。
私の真意が見えない以上、必要以上に問い詰めたりはしないでしょう。
そもそも、兄上の許可なしに下手な事はしないはず。
害と見なせば、その限りではないでしょうけれどね。
「ねえ! 薫流! お兄様って、もしかして琥鈴先輩と知り合いかな!」
私との話が終わるや否や桃花が高いテンションで薫流に聞いてくる。
「えっと……」
少し頭を悩ませている所を見ると、話していいかどうか迷っているのだと分かる。
プライバシーに関わる話でもあるし、兄上にとっては大事な人だから、躊躇われるのでしょう。
少し助け船を出しておこうかな。
「桃花、直接兄上に聞いたらどう? そちらの方が色々と聞けるかもしれないわよ」
「それもそうだね! 薫流、ごめんね。ちょっと困らせちゃったみたいで」
「いいえ、私の方こそごめんなさい。兄さんの事を勝手に話し過ぎるのも良くないと思って」
「薫流の言う通りだね。直接聞いてみる事にするよ」
桃花は私の提案に頷いてくれた。
そして、薫流が困っていた事も分かっていたみたい。
であれば最初から聞くな、という話。でも、それだけ気になる内容だったって事ね。
「……ありがとう、葵」
「……ううん、気にしないで、薫流」
小声で感謝されたので、小声で返す。
これで少しは私の株が上がっただろうか、それなら嬉しい。
「うーん、お兄さんは桜花白蘭から来たんすよね? あれだけ強ければ、名が知れていてもおかしくないと思うんすけどね」
「確かにそうね。あれだけ強いなら、≪ホーリーフェスタ≫に出ていても良さそうなものだけれど……」
望海が口にした疑問に合わせるように、私も疑問を口にする。それは、私が兄上の事をあまり知らないようにするための嘘。
今までの行動は私が何かを知っているように感じる人もいると思う。少なくとも兄上は私に対して、何かを感じたはず。
「実は私、兄さんについて詳しい事は知らないの。今まで離れて暮らしていて、兄さんと会うのは久しぶりだから……」
「そうなんすねー。なら、うちも直接聞いてみるっす」
望海がそう言うのに対して、桃花もこくりと頷いた。
***
気が付けば、教室の前までやってきていた。
意外と私たちの間で話題は尽きなかった。
主に望海が話題を提供していたというのが大きいわね。
そして、四人一緒に教室に入る。
中にいたクラスメイトは桃花の姿を見て、ぎょっとする。
それを見た桃花は苦笑。自業自得だから仕方ないわね。
「もし、迷惑を掛けた人がいるなら、後で謝っておきなさいよ」
「あはは……分かっているよ」
でも、クラスメイトの視線――主に男子――はそこで逸れる事はなく、私たちに注がれる。
それは毎回のように感じていた、少し嫌な視線。
一人だけでもそうだった所を四人ともなれば、さらにそういう視線に晒されてしまう。
だから、私は慣れているけれど、他の三人はどうかしら?
あまり良い顔はしてない。それもそうね。
好きな人の視線でもない限り、異性のいやらしい視線はあまり好ましいものではない。
「葵ちゃん!」
――葵ちゃん、か。
その呼び方に懐かしさを感じると同時に、少し壁を感じてしまうわね。
でも、今はこのままでいいわ。少なくとも今はね。
「朱莉」
私は声を掛けてきた鮮やかな赤髪をツインテールにしている女の子に応える。
そして、右耳の赤いひし形の宝石の耳飾りに目を向け、続けて左耳を確認する。
やはりないわね。兄上の登場で何か変化が訪れるかもしれないと思っていたけれど、何もなさそうね。
それはともかく、彼女は私の幼馴染である雨宮朱莉。
にこにことした笑顔は眩しいくらいで、他者を明るく照らす。
今はまだその片鱗を見せているに留まっているけれどね。
「あれ、九条さんに、青海波さん……それに誰?」
朱莉が三人を指差しながら、つぶやいた。薫流の事は知らないようね。
「葵、彼女は?」
「最初に私には幼馴染がいるって言ったでしょ? 彼女がそう、雨宮朱莉と言うの。朱莉、彼女は立花薫流よ」
「ああ! あの、初日から欠席していて不良少女なんて言われていた立花さん!?」
すごい驚きようね。
流石の薫流もこの反応には開いた口が塞がらないようだ。
そして、朱莉の声を聞いて、クラスメイトたちもざわざわとしだした。
望海と桃花は朱莉の大袈裟な反応に盛大に笑っていた。
「朱莉、失礼よ」
「あう、ごめん」
私が少し強めに言うと、朱莉が肩を落とした。
この時の彼女、これはこれで可愛いのよね。
でも、私は彼女の願いを知った。だから、しっかりと朱莉とは向き合うつもりよ。
「気にしてないから、これからよろしくね」
「うん! よろしく、薫流!」
「え……」
「あ、嫌だった!?」
「そういう訳じゃないけど、びっくりしただけ」
「良かったー。葵ちゃんの事を名前で呼んでいたから、私も名前で呼んでもいいのかなって」
短絡的な思考だけれど、これが朱莉の良さだよね。
気が付いたら懐に入り込んでいるような感じ。
結局、薫流は警戒らしい警戒もせずに朱莉の事を受け入れた。
それから、望海と桃花とも名乗り合って親交を深める。
私たちの間にはやはり何かあるのよね。
ここまであっさり仲良くはなれないと思うわ。
薫流にしても私の事を気にしているけれど、実際悪く見ている気はしない。
望海と桃花に関しては言うまでもなく。
これもそれも兄上が私たちと関わったからだろう。
本当に兄上には感謝しないといけないわね。
もうすぐホームルームが始まるので、私たちはそれぞれ自分の席に着いた。
薫流は場所が分からなかったから、私が教えた。
「でも、ちょっと意外だったなー、葵ちゃん」
「何が?」
席が隣である朱莉が話しかけてきたので応じる。
「だって、もう三人も友達を作ってくるなんてすごいと思ってさ」
「そうかしら?」
「うん、葵ちゃんって意外と人を見定めるから」
確かに初めて彼女たちに話しかけたのは、授業が始まってからよね。
それは授業を他の誰よりも真剣に聞いていたから興味を持ったから話しかけた。
そう考えると朱莉の言う通りね。
「そうね、間違ってないわ。でも、彼女たちは特別なの」
「特別?」
「そう、私と朱莉にとって本当に大切な人たちなの。……ちょっと語弊があるわね。これから大切になると思うわ」
「そうなんだ。楽しみだね!」
私の言葉を聞いて、にこっと笑う朱莉。
素直に受け取るような所は敵わないと思ってしまう。
私が朱莉と同じ立場なら、色々と聞いてしまいそうだもの。
「それに朱莉にはもう一人会わせたい人がいるの」
「もう一人?」
「ええ、その人が私たち――いえ、五人にとって本当に大切な人」
「葵ちゃんがそこまで言うのは珍しいね。すごく会ってみたい!」
私の言葉で興味を示した朱莉。戦いの始まりは対等でなければいけない。
だから、これは朱莉へ送る塩のようなもの。
遠慮なく受け取ってもらうわ。