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第23話 『敬慕と嫉妬』

「まさか“紫電の閃き(エクレール)”を耐え切るとは思わなかったな」

「本当にぎりぎり(かわ)せたかどうか、って所だったけどね」


 ここは闘技場の控室。試合に勝った私はそのまま薫流(くゆる)を連れ戻ってきていた。

 一応、医務室は完備されている。校内戦だから怪我は付き物よね。

 でも、薫流の場合は大怪我というより“紫電の閃き”の反動で倒れたようなものだから、治療する程でもないのよね。

 あの氷の礫は勝因ではあったけれど、時間切れもあったという事。


 だから、すぐに目を覚ました。兄上には薫流の様子を見て合流すると、メールで伝えてある。

 今は望海と(かける)の準々決勝二回戦が行われているはず。だから、不安はある。でも、近くには兄上もいるので大丈夫だと信じている。


「そうだね。動きに反応しているというよりは、私の攻撃がどう来るか分かっているかのような動きだったね」


 まさに薫流が言う通りだ。動きや癖を熟知しているからこそ、どう来るのかが分かる。

 だから、それに対応しようと先んじて動いていたという訳ね。それでも、薫流が速すぎて厳しかったのは事実。


「それは薫流の動きが単調になっていたからよ。だから、一ヵ月一緒にいた私でも読み切れた」


 これは本当の話。いくら動きの先読みができると言っても、読み合いが始まれば十中八九負けていたと思う。

 でも、スピードで圧倒できると考えたのか、攻撃は複雑なものではなかった。


「なるほど……“紫電の閃き”を使っていると、複雑な動きはまだ体に負担がかかるから今の私では無理だね。ふう……もっと頑張らないと」

「そうね。私もまだまだ自分の力不足を実感したわ。兄上にはまだまだ届かないわね」


 少しは近付けたと思っている。でも、少しでは兄上は対等に見てくれない。


「兄さんはまだ遠いよね。ね、葵、少し聞いてもいいかな?」

「何?」

「戦っている最中、何かを感じなかった?」


 薫流の質問は漠然としすぎていて、正直何を言っているか分からないと思う。

 でも、私は彼女の言っている意味をしっかりと理解できている。


「そうね、体の奥底が熱くなる感覚はあったわよ」

「なるほど……」

「薫流、そこまで怖がる必要はないわ。少なくとも兄上と私たちは貴方の側にいるから。もし、皆が離れてしまっても私が側にいるわ」


 今の私は薫流と同じ境遇と言っても過言ではない。

 持っている物はまるで違うとしか言えない。でも、その本質はどちらも同じだからね。


「葵…………ごめん」


 そう言って、薫流が私に抱きついてきた。

 私は彼女を受け入れて少しの間背中をさすっていた。彼女の抱えるものが少しでも和らぐように。

 それから彼女が落ち着くまで抱き合っていた。正直、ここを誰かに見られるとそういう人だと思われるかもしれないわね。


 私は兄上が好きだからそういう気持ちは一切ないのよ?

 朱莉に対してだって…………あ、あれは、兄上と一緒にいられなかった時間が長かったからであって……の、ノーカンだから!

 って、私は誰に言い訳しているのかしらね……


「葵、どうかした?」

「いいえ、大丈夫よ」

「そう? なら、そろそろ望海の応援にいかない?」

「大丈夫なの? 兄上には連絡してあるからゆっくりで問題ないわよ」

「いいえ、私も望海の試合は見ておきたい。葵は次の対戦相手になるかもしれないから参考になると思うよ」

「そういう事なら行きましょう」



***



 闘技場には銀閃が舞っていた。どうやら戦いは佳境を迎えているようね。


「お疲れ様、葵、薫流」

「葵ちゃん、お疲れ様―」

「薫流、お疲れー」


 兄上、朱莉、桃花がそれぞれ私たちを迎えてくれた。


「ありがとうございます。兄上、今どのような状況ですか?」

「相手の御剣が大技を放つって所だな。それを望海が防ぎ切れるかで、勝負が決まる」


 私は視線を闘技場に移す。空を舞っていた銀閃――それは、翔の事象系練気“剣”によるもの。

 練気によって生まれた刃なので、練気刃(ソウルブレード)と同じように思うかもしれない。実際は、事象として出現している剣なのよね。

 もちろん、深く突っ込めば練気である事には変わりないのも事実。


 それはともかくとして、今はその剣の乱舞を望海がどう避けるかね。

 そして、無数の剣が望海に襲いかかる。一瞬、嫌な記憶がフラッシュバックする。

 でも、それがあったからこそ、私は兄上を尊敬し――


「――うわ、すっご!」


 朱莉が高く声を上げたので、私も望海の方を見る。

 彼女は四方八方から来る剣全てを避けている。それは尋常ではないように見えるけれど、あれは――


「“霞の膜(ミストフィールド)”だな」

「兄さん?」

「“霞の膜”は自身が纏う練気に流れを生み出す事で、強制的に攻撃の軌道をずらすものだ。分かりやすく言えば、俺が常に風を纏って攻撃を受け流すのと同じようなものだな」

「それはすごいですね。望海は運動神経も優れていますから、攻撃が当てにくいですね」

「まあな。それでも避けきれない攻撃はあるもんだよ」


 兄上が説明している間に、望海は翔の攻撃を全て避け切って彼に肉薄していた。


「ど、っかーんっす!」


 そして、何とも気の抜けた声で杖を翔に叩きつけていた。

 杖からは大量の水が溢れ、激流の飲み込まれたように翔を壁まで押し流した。


「勝負あったね」


 桃花が言うように翔はもう動く気配がなかった。そして、望海の勝利宣言。

 私の準決勝の相手は望海に決まる。いざ戦ってみると厄介(やっかい)な相手よね。



***



「ふう……御剣は強かったっすねー。思っていた以上っすよ」


 望海がだらしなく観覧席に座る。今、望海以外でここにいるのは四人だ。朱莉の試合は今から行われる試合の後だから、彼女は控室に移動したという訳ね。


「そうだねー。たぶん、葵のおかげだと思うよ」

「私の?」


 桃花がそのような事を言う。私が何かした覚えはないから、首を傾げるしかない。


「そうだよ。話によると、葵に諭されてから自分をさらに鍛え始めたんだってさ」

「そうなの」

「うーん、悪くないっすよねー」

「望海!?」


 今の望海の反応に私は声を張り上げてしまった。まだ次の試合が始まっていない合間の時間だったから、周りの生徒たちの注目を集めてしまった。


「どうしたっすか、葵」

「御剣の事、気になり始めたの?」

「ああ、そうっすね。少し興味は出てきたっすね」

「そう……」


 確実に前回の世界と分岐し始めている。それはこの校内戦を見れば分かるわ。

 本来であれば私は準決勝で薫流に負けていたはずだし、望海が翔に興味を持つ事もなかったわ。


 この状況を作ったのはきっと私なのよね……

 思う事は色々とあるけれど、私は私のためにこの世界を歩む。

 それほど私は兄上に恋をしているのだから。


「おーい、葵、大丈夫?」

「桃花、大丈夫よ」

「それは良かった。急に黙り込んじゃったからどうしたのかなって」

「ごめん、少し考え事をね」

「お前たち、次の試合が始まるぞ」


 兄上が言うように、闘技場には二人の緑髪の女子が立っていた。

 彼女たちは彩矢と真矢、双子の姉妹ね。最前列だから、二人の表情が良く見える。

 彩矢はにらみつけるように真矢を見ているのに対し、真矢は楽しそうに彩矢を見ている。

 やはりというか、対照的な二人だ。まるで私と朱莉を見ているように。


 きっと彩矢は真矢の才能に嫉妬しているのだと思う。成績優秀だと聞いているからね。

 そして、真矢はきっと彩矢を姉として慕っているのだと思う。彩矢も優秀な女の子だからね。

 つまり、二人はすれ違い、相互理解ができていないという事。

 本当に第三者から見れば、良く分かるというのに……難義なものよね。


 彩矢と真矢、二人の試合が始まった。

 二人とも杖を突き出して放つは、突風。兄上のものとは比べるべくもないけれど、それでも力強い風が激突する。


「へえ、二人の事象系練気は“風”なのか」

「そうです、兄上。彼女たちは双子でもありますから」

「そうか……」


 自身の糧にしようとしているのだろう。兄上はじっと二人の戦いを見始めた。

 

 突風が相殺されると、二人はそれぞれ風を纏って突進する。

 彩矢のスタイルは知っていたけれど、真矢のスタイルも同じとはね。

 彼女たちはクロスレンジで戦うタイプだった。ただ、私たちと比べるとまだまだって所ね。


 お互いに杖を振って打撃を打ち込んでいく。双子だからだろう、どちらも的確に相手の攻撃を処理していた。

 決定打は全く与えられていない。そこで真矢が大きく後ろに下がった。


「はああああッ」


 杖を後ろに大きく引いて、気合と共に一気に前に押し出した。

 竜巻が矢のように放たれて、一直線に彩矢へと向かっていく。スピードも中々速く、彩矢は完全に避け切れずに左肩を負傷する。

 真矢にとって今のは大技だったのだろう、肩で息をしている姿が見える。


 ここから一気に試合が動く。

 彩矢が鬼の形相で真矢に向かって突進していく。真矢も息を整えて彼女を迎え撃つ。


「まやああああ!」

「彩矢、私が勝つよ!」


 叫びながら二人は激しい攻防を繰り広げ始める。

 先程と同じ展開のように見えて、徐々に彩矢が押されているのが分かる。

 左肩を負傷していると言っても、そこまで戦いには影響していないように私には見える。


「兄上、どう見ますか?」

「おそらく、押されている子は怒りで雑な攻撃になっているんだろうな。正直、実力的には互角だと思うぞ?」

「そうですよね」


 そこは二人の思いの差が顕著になったという事だろう。

 彩矢は真矢に嫉妬しているから先程の一撃で恐怖を覚えたのだと思う。

 真矢は彩矢を敬慕しているから彩矢に近付いていると実感して、さらに動きが冴えているのだろう。


 そして、私たちがいる観覧席の近くに彩矢が追い込まれる。


「彩矢、私、強くなったでしょ?」

「それは嫌味かな?」

「嫌味じゃないよ。私は彩矢に見て欲しいだけ、自分の力を」

「それが嫌味だっていうのよ!」


 真矢の淡々とした言葉にさらに怒りを露わにし、彩矢は突っ込んでいく。

 しかし、乱雑になった攻撃を冷静な真矢は簡単にいなす。


「彩矢、どうして怒っているの?」

「はあ? ふざけているの? そう、だよね……私の事なんて、眼中にないんだよね……」

「え、そんな訳ないよ。私はただ――」「うるさい! 黙れ!」


 何だろう……雲行きが怪しくなってきた。彩矢の体から嫌な気配が漂い始めている。


「私は、私ハ、ワタシハ! マヤ、オマエニカツ!」


 瞬間――彩矢の体から禍々しい黒い練気が噴き出し、彼女がそれを纏う。

 ――どくん、と体の奥底が反応する。


「黒い練気だとっ!」「これは!」


 目の前に映し出される光景に、私と兄上は同時に声を出していた。


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