第22話 『仕掛けと切り札』
私は順調に勝ち進み、次は校内戦準々決勝。私は準々決勝の最初の試合。
ここまでは特に危ない場面はなかったわね。対戦相手も手強い印象はなかった。ただ、私を目の敵にしているような人が何人かいたわ。彼らは私が振った相手だから仕方のない事かもね。
そして、次の相手は薫流だ。彼女と本気で戦うのは、この世界では初めてだから楽しみなのよね。
「よし!」
軽く頬を叩き気合を入れて、私は控室から出た。
静かな廊下は私に落ち着くための時間を与えてくれる。緊張している訳でなく、高揚している心を鎮めるための時間。
かつかつと私が歩く音と、ばくばくと心臓が高鳴る音が、まるで反響し合うかのように私の耳に届く。
そして、闘技場に足を踏み入れる。
ずらり、という訳ではないけれど、多くの生徒たちが私たちに注目している。
その最前列で兄上や朱莉、望海、桃花が私たちを見ていた。一瞬、兄上と目が合う。その目は頑張れと言ってくれているように感じた。
四回戦で朱莉と桃花がぶつかった結果、勝ったのは朱莉だった。実力的には伯仲していたと思う。でも、そこは相性だったわね。炎と木では、桃花の分が悪いもの。
まあ、そこを乗り越えるだけの力は欲しい。不利な状況でもひっくり返せるだけの力、桃花だけではなく私にも言える事よね。
そう言えば、吹雪先生は兄上と環奈先輩の戦いによって半壊した闘技場の責任を取る形で、校内戦の監督から外されたのよね。だから、この場にはいなかった。
「案外あっさりとここまで来れたよね、葵」
「そうね。でも、ここからが本番だと思っているよ」
目の前には対戦相手である薫流が笑みを浮かべて待っていた。
私を見る目には、強い闘志が宿っているのが分かる。
「そうだね。全力で勝ちにいくから」
「それは私も同じ」
お互い相手に自分の杖を突き付ける。私も薫流もやる気は十分だ。
薫流の事象系練気は雷。私の氷とは相性的には対等と言える。
だから、油断はできない。手加減せずに全力で勝ちにいく。
――そして、試合開始の合図がされた。
「はああああッ!」
開始早々、大量の命力を練気へと練り上げ、右斜め下から左斜め上へ弧を描くように杖を振る。
そこから巨大な氷の波が生まれ、真っ直ぐ薫流に押し寄せる。
薫流は氷の波に対して、砕く事はせずに大きく迂回して、棒状の紫雷撃を棒手裏剣のように何本も放ってくる。
“棒雷”、薫流が多用する技ね。
“棒雷”をすかさず氷に杖を纏わせて打ち払い、突進してくる薫流を迎え撃つ。
お互い、ほぼ同時に踏み込んで氷杖と紫電を纏った杖が激突する。
「いきなりだよね、葵。流石に驚くよ」
「言う割には、軽々と避けていたわね」
「本気で言ってるの? だったら性格悪い、よッ」
話しながら薫流が杖を滑らせて、私の杖の下へ。そこから一気に振り上げられ、私の片腕は大きく上げられる。
一瞬でバックステップした薫流が地面に手を付けて、紫電を放出する。それを食らう訳にはいかないから、前方に氷の壁を展開する。同時に、薫流に向かって氷槍を放つ。
蛇行して迫る紫電は氷の壁によって阻まれる。
氷の壁を解き、すでに氷槍を粉砕していた薫流に肉薄する。私たちが校内戦を危なげなく勝ち上がっているのは、単純な実力差もある。
でも、それ以上にこの近接戦闘の技術が大きい。
事象系練気を扱う人は近接戦を必要とする能力以外は、基本的にその力に頼り切ってしまう。だから、接近戦に持ち込むと大抵は対処しきれずに慌ててしまう。
しかし、薫流は違う。私が踏み込みながら放った氷杖の一撃は、ぎりぎりの所で薫流の杖で防がれる。
さらに押し込もうとした所で、薫流の杖が紫の光を放つ。
一瞬のうちにそれは私の氷杖から体に伝わった。
「くあッ」
体全身に痺れにも似た痛みが走り、声を漏らした。紫電によって体が一時的に動かなくなってしまう。
警戒していたつもりが、簡単にやられてしまった。
「せあッ!」
無防備になった私の体へ薫流が杖を袈裟に振るった。
紫電を纏った一撃を防ぐ事はできず、体がぐらっとよろめき後ろへ。
先程のように体が痺れるという事はなかったので、すぐに立て直す。
体に痛みを感じながらも氷杖を真横に振って貫通力を高めた氷の礫を連射する。加えて、薫流の頭上に氷塊を出現させ落とす。
「その手には乗らないから!」
薫流は氷の礫に対して横跳びで右へ回避する。氷の礫はそのまま一直線に飛んでいき、氷塊は押し潰す対象もなく地面に激突し砕ける。
一度、兄上に見せた一連の流れだから避けられるのは想定の範囲内。
だから――薫流が飛ぶであろう場所を予想し走っていた。その時に空へ向かって手の平サイズの氷を撃ち放っておく、薫流が私から意識を外した時を狙ったから気が付いていないはず。
「そこ!」
「え、葵!? がはッ!」
ほとんど迷う事なく突き入れた氷杖は、薫流が着地したと同時に彼女の胴へと吸い込まれた。
しっかりとした手応えを感じ、さらに追撃しようと氷杖を引いた所で――
「こ、この程度!」
薫流の体から紫の光が輝き、全方位に紫電が放出される。
反射に促されるままに、大きくバックステップ。彼女から大きく距離を取った。
そうしなければ、紫電の放電に巻き込まれていたでしょう。
やはり、簡単には近付けさせてはくれないわね。特に彼女は私たちの中でも、全体的に高いセンスを持っている。
彼女に勝つなら練気を上手く組み合わせていくしかないわね。幸いまだ私の仕掛けには、気付いた様子はない。後はタイミングでしょうね。
「葵って、追い込むのが上手いよね、私は戦闘中そこまで頭が回らないよ」
「誉め言葉として受け取っておくけれど、それを平然と受けている薫流もどうかと思うけれどね!」
先に仕掛けたのは私だ。練気を纏った足で地面が少し陥没するぐらいに踏み込んで、前へ飛び出していく。
私は事象系の適性が最も高いけれど、強化系も高い方だ。
だから、練気で足を強化すればある程度の速さを出す事ができる。薫流に接近しつつ、氷槍を二本放つ。
……やはり、これぐらいが限界のようね。
私よりも先に二本の氷槍が薫流を襲う。
彼女は紫電を纏った杖で瞬時にそれらを叩くが、砕くには至らない。
逆に意思を持っているかのように、二本の氷槍は薫流と踊り始める。
杖と槍のダンス。響くのは氷が砕けていく音。思っていた通り、徐々に制御が粗くなっていく。
薫流が氷槍に気を取られている隙を狙って、私は杖を振って氷を放った。
「せええええいッ」
薫流が自身の片足を軸にして、くるりと回転する。練気が多く注ぎ込まれていた彼女の杖は二本の氷槍を砕き、私が放った氷も粉砕してしまう。
私もここで止まるつもりはない。振った氷杖の勢いを活かしつつ、右から逆袈裟に氷杖を振る。
しかし、上手く彼女の杖に合わせられ受け止められてしまう。
「くぅ……薫流、反応速いね」
「冗談、葵何か隠しているよね? さっきの氷槍も数が少ないし、そもそも制御が粗すぎる。今の氷にしても、この攻撃にしても――何を狙っているの?」
「何も企むつもりはないよ。ただ、私は薫流に勝ちたいだけ」
「そうだね、いくよッ!」
氷杖を上に弾かれ、紫電を纏った杖が胴に走る。それを敢えて受ける。
練気を多く注いだので、ダメージは低い。強化系の練気は扱いやすいので、多く注いでも命力は使うものの負担は少ない。
ただ、衝撃は消せないので少しよろめく。でも、そこを踏ん張って、上から氷杖を振り下ろす。
薫流はすぐに反応してくる。振り下ろした氷杖の芯にちょこんと杖を当てられ、横に流されてしまう。
そして、がら空きになった胴へ紫電の一閃が奔った。
「ぐああああッ!」
「葵、早く手の内を見せないと負けるよ?」
「はは、本当にそうね。今のは痛かったな、防御する暇もない程速かった。でも――こちらも準備できたよ!」
薫流から離れ、私は杖を空に向かって掲げる。
彼女も釣られるように空を見上げる。そこには私が放った手の平サイズの氷が、人の体がすっぽりと収まる程の球体となって浮かんでいた。
「これは……葵、何をするつもり?」
「それは見てのお楽しみかな。さあ、どう対処する? 薫流! ――降り注げ“氷連槍”ッ!」
すっと氷杖を振り下ろし、杖の先を薫流に向けると、氷の球体から氷槍の雨が降り注ぐ。
“氷連槍”は、打ち上げた氷に大量の練気を注ぎ込んでおく事で、私の意思とは関係なく自動的に氷槍を放つ技。
つまり、今私は完全にフリーな状態という事ね。ただ、薫流に突っ込むのは自分にも被害が出るのでしない。
薫流が防ぎ切れないと見て、すぐに逃げ始める。しかし、無駄な事だ。
「――ッ! 追いかけてくるのね」
薫流はすぐに“氷連槍”の特性を理解したようね。簡単に言えば、私が標的とした対象を逃さないという所かしら。
立ち止まった薫流は杖に紫電を集中させ、氷槍の雨に向かって放つ。しかし、圧倒的物量の前には、防ぐだけで精一杯だ。
むしろ、押されていると言っていいと思うわ。
そして、私はダメ押しと言わんばかりに氷の吹雪を薫流に向かって放つ。
彼女は横合いから吹雪く氷に気が付き、もう一方の腕から紫電を放って防ぐ。
上と横からの同時攻撃に、薫流が顔を歪ませるのが分かる。
「降参する? 薫流」
「ぐうううう……誰が!」
「そう」
そうだよね。これぐらいで諦める薫流ではない事は分かっている。
――どくん。
体の奥底が疼く。それが何を意味するか、私は知っている。
もしかすると薫流も同じ事を感じているかもしれない。
でも、今はこれを気にしている余裕はない。
なぜなら、私が有利に見えるこの状況でも安心できないからだ。
今必死に私の攻撃を耐えている薫流には、起死回生の切り札がある。
それは環奈先輩の戦いからヒントを得たもの。そして、私が敗れた技。
だから、確実にこのタイミングで切ってくるはず。
「葵に出し惜しみなんてしていられないよね。いくよ、“紫電の閃き”ッ!」
私の予想通り、薫流が切り札を切ってくる。
彼女の体から強烈な紫色の雷光が放出される。その雷光は氷槍の雨を消滅させ、氷の吹雪を吹き飛ばした。
紫電を体から黒い長髪の毛先に至るまで纏った薫流は、私に鋭い眼光を向けている。その眼光が一瞬、紫色の光を帯びた。
――刹那、薫流が私の目の前に現れる。
「くはッ」
気が付いた時には、紫の軌跡が私の体に走っていた。それでも致命傷は避ける事ができた。それは見えていたからではない――経験だ。
そうでなければ、今のでやられていたわ。そして、薫流の目には驚愕の色が見える。
しかし、それも一瞬――高速で杖を振ってくる。
上段、中段、下段――まるで剣を振るうような滑らかな軌道で、私に襲いかかってくる。
紙一重の所で回避したつもりでも、確実にダメージが蓄積していた。速すぎて避けられない。
“紫電の閃き”――それは自身の限界を超える程のスピードで動く技。雷を全身に流す事で、脳から体に伝わる電気信号の伝達スピードを強制的に引き上げる。そうする事で、一つの動作にかかる時間がまさに閃きに近い時間になる。
容赦という言葉すら生温い程の打撃の乱舞。縦横無尽に迫りくる杖を時には受け流し、時には避ける。
本来であれば絶対に避けられない。それでも、ぎりぎり致命傷を避けられているのは、先程の一撃と同様、今の私が薫流の動きや癖を熟知しているからでしかない。
しかし、動きが分かっていると言っても薫流の攻撃を避けるには、限界があった。
だから――
「あ……」
私は何もない所で足を滑らせて、後ろに倒れてお尻から地面についてしまう。
見上げた薫流の顔は苦しそうだ。“紫電の閃き”もそろそろ切れるのだろう。強力な技だけれど、稼働時間は短い。
そして、大きな隙を晒してしまった私へ、薫流が杖を紫電を激しく迸らせながら振り上げる。
「葵、これで私の勝ち!」
「本来なら、ね」
でも、こうなる事は想定していた。だから、私はくいっと手を動かした。
「え――ぐあッ、こ、これは……氷の礫? いつの、ま、に…………」
薫流が私の横に倒れた。その背中には、数個の鋭利な氷の礫が突き刺さっている。
これも私の仕掛けの一つ。あの時、薫流が避けた氷の礫を練気を注ぎながら、彼女の視界に入らない所で維持していたのよね。
つまり、“氷連槍”を放つまでは三つの場所で練気をコントロールしていた事になる。だから、薫流に向けて氷槍などが雑になっていたのよね。
不意打ちに近かったけれど、ここまでしないと勝てなかった。本当に強いよね、薫流は。
“紫電の閃き”を出されると、何も知らない私では勝てないわね。
少し落ち着いた所で兄上の方へ顔を向ける。
――兄上、私は貴方に近付いているでしょうか?




