第12話 『昼休みと緑髪』
「ふわあ…………」
昼休み。
口元を手で隠しながら大きなあくびをする。
一週間前から兄上と一緒に朝練をやっているので、当然ながら朝は早い。
だから、どうしても生理現象としてあくびは出てしまう。
女性としてどうか? というような事はナンセンスね。我慢する方が問題だと私は思う。
これも兄上との時間のためと思えば、大した恥でもないわ。
それに授業中、多少寝てしまっても支障はないもの。授業の内容は一度やっているものだから、苦労しないのよね。
そういう面では二回目の世界も悪くないわね。
「葵ちゃん、眠そうだねー。昨日は夜遅かったの?」
「ええ、そんな所よ。朱莉も疲れているなら、しっかりと睡眠を取って寝不足にならないように気を付けなさいよ」
「うん、分かってるよー」
隣の席で、両手で頬を支えてにこにこしている朱莉。
彼女に嘘を吐くのは気が引ける。でも、兄上との時間を邪魔されたくないのも事実なのよね
朱莉はまだ兄上に対して恋愛感情を抱いていない。でも、そのうち好きになってしまうでしょうね。
恋はスピード勝負。だから、狡いなんて言わせないわよ。
「あ、そうだ。今日の夜、皆で集まろうって事になってるから、忘れないでね」
「ええ、分かっているわ。と言っても、今日も兄上と一緒に鍛練して、そのまま食堂でご飯を食べる――いつもの流れでしょ?」
「たぶんねー。あ、でも、薫流が今日の放課後は用事があるって言ってたよ」
「そうなの。まあ、いつも一緒にいられるって事の方がおかしいわね」
薫流がこのタイミングで用事……基本的に彼女は兄上から離れないはず。となると考えられるのは一つね。
いくら何でも私の事には気が付いていないでしょう。
少なくとも本筋から外れているこの世界で、干渉しては来ないと思う。
どちらにせよ、敵ではないのだから気にしなくて良いと思う。
「そう言えば……今日は皆それぞれ違う所にいるね」
「薫流は兄上の所に行ったわ。今日は一緒に昼食を食べる約束しているって言ってたわ。桃花はクラスメイトと一緒に食堂へ行ったわ。望海は誰かに呼び出されていたと思う」
「そうなんだ。あれ、葵ちゃん、お昼休み始まってからここ動いてないよね? どうして知ってるの?」
「放課後の事は知らなかったけれど、前の休み時間に聞いたり、昼休みが始まってすぐに出ていく姿を見たからよ。朱莉は授業後すぐ、机に突っ伏していたから気が付かなかったのでしょうね」
朱莉の疑問にさらりと答える。
私たちが分散しているのは悪い事じゃない。
望海が呼び出された事からも分かるように、私たちへ告白して来る人は数こそ減ってきているが、いなくなった訳ではない。中には翔のように何度も来るしつこい人もいるわね。
でも、それは本当に一部。その代わり、私たちへいやらしい視線を注いでくる人が増えた。
正直あまり気持ちの良いものではない。五人で集まれば視線も集中するので、あまり一緒にいない方がいいのよね。
兄上といる時は私たち、というよりは兄上に色々と視線が向かっているみたい。
確かに私たちの側にいる男性と言えば、兄上以外はいないもの。
だから、他の人たちが嫉妬してしまうのも分かる。私が朱莉に嫉妬していた事もあるから余計にね。
「望海も大変だね。まあ、私も今朝告白されたんだけど」
「そうなの?」
「うん。もちろん、断ったよ。ただ、少し怖い感じはしたかな。なぜか自信たっぷりだったんだよね」
「カッコ良かったの?」
「ううん、普通だと思う。お兄ちゃんが基準になっちゃうから、どうしてもカッコ良いと思える人は少ないかな」
怖い感じ……ね。それ、大丈夫かしら。
でも、こういうのは下手に手を出すべきではないわね。
少し様子を見ましょう。それで危ない気配があれば、対処しようと思う。ただ、朱莉だけでも十分かもしれないわね。
「あーおーいー!」
朱莉と話している所へ私を呼ぶ声が聞こえた。
声の主は私の側まで走ってやってくる。
「彩矢、どうかしたの?」
緑髪のミディアムヘアーで前髪を右に流している少女に対して答える。彼女の名前は風祭彩矢、私たちと同じクラスの女子ね。
普段は活発な彼女が困ったような顔で、私を見ていた。
「課題! ここが全然分からなくて……」
と見せてきたのは、次の時間に提出する数学の課題。
ざっと見ると、その問題以外は文句なしに合っていると思う。……中々やるわね。
そして、最後の問題だけ空白になっている。
さて、この問題は担当教師の意地悪問題だったのよね。普通に考えても解けないもの。
当時の私も解けなかったからよく覚えているわ。
正直に言えば、この問題は解かなくてもいいものだと思う。
「これは難しいから無理して解かなくても良いと思うわ」
「そうかもしれないけど、解けないのは嫌なの!」
様子が変、という程ではない。でも、何か焦っているようには見える。
「葵ちゃんは解けてるんだよね?」
「ええ、まあ」
「なら、教えてあげればいいと思うよ」
「それもそうね。教えるわ」
「あ、ありがとう!」
朱莉の助言もあり、教える事に。ちなみに朱莉の課題は私の監視の下、しっかりと解かせたわ。
やればできる子だから、しっかりと取り組ませる必要があるのよね。
「……まず、ここをこうするの」
「あ、そうなんだ」
「それでこれを使ってね。後は良く見た形」
「ほ、ほんとだ! これに気が付くかどうかだね……」
ある事に気が付けば、この問題は解ける。ただ、それに辿り着くのが普通では不可能に近い。
私は解法を知っていたから解けたというだけね。
「ふう、もうすぐ昼休みも終わるわね」
「葵、ありがとう! 貴重な昼休みを使わせちゃってごめんね」
「気にしなくていいわ。それよりそこまでして解く事に意味があるのかしら?」
この発言は偉そうに聞こえると思う。でも、今の彩矢の状態は気になる。
何というか、私に似ているのよね。朱莉に嫉妬していた時の私に。
だから、何かを言わずにはいられなかった。
「意味はあるよ。私はもっと強く、賢くならないといけないんだから……分からない問題なんてあっちゃいけないんだ」
表情を暗くして話す彩矢。彼女はこのような少女だっただろうか?
何か心の中に秘めている事があるのは分かる。
ただ、それが何かまでは分からない。分かるのは、誰かを意識しているという事だけ。
「そうなの。でも、あまり考え過ぎるのも良くないわ。もっと上を目指すならなおさらにね」
だから、少し助言をしておく。私も経験している事だからね。
「葵……」
丁度、そこで昼休み終了の鐘が響く。
彩矢は言葉を切って、そのまま席に戻った。
「彩矢、ちょっとおかしかったねー」
「そうね……今の状態はあまり良いとは思えない」
「でも、私たちがどうこうできる問題なのかな?」
「あまり人の問題に首を突っ込んでも仕方がないかもしれないわね」
「そうだね。相手から相談してくれば話は別だけどね」
「朱莉も何か相談事があるなら遠慮なく私に相談しなさいよ」
「うん、ありがとう! それは葵ちゃんもだよ?」
「ええ、必要な時はそうさせてもらうわ」
そう答えると朱莉が驚いた顔をして、すぐに太陽のような笑顔を見せた。
「ふふ、葵ちゃん、何だか変わったよね」
「そう、かしら?」
おそらく朱莉との接し方を言っているのかもしれない。
私は朱莉に弱みを見せる事はしなかったし、期待もしなかったものね。
「そうだよー。お兄ちゃんのおかげかな?」
「なっ! どういう意味よ、それ!」
「あはは、顔が赤いよ、葵ちゃん!」
「赤くなっていないわ」
「赤くなってるよ!」
そして、お互いに顔を見合わせて――
「「あはははは!」」
こうして幼馴染と笑い合う日々。
あの時は気が付かなかった。でも、今なら分かる。
これ程大切なものはないのだと。




