第4話
【第4話】人間を飼うときは…
「じゃあ、早速あなたの名前を決めなきゃね!」
アリトンは満面の笑みで勇者の方を向いてそう宣言している。勇者の方はもう既にペットになるのをやめたい気持ちでいっぱいになっていた。
「いや、僕にはもう既に名前を持っているんだけど、何でわざわざ決めなくちゃいけないのかな?」
一応理由を聞いてみることにした。
「それは人間の世界でのあなたの名前でしょう?あなたのペットとしての名前は私がつけるの!分かる?」
つまりお前は犬に名前について意見を聞き入れてから名付けるのか?と言いたいのだろう。確かに犬に犬の世界での名前などを聞く人間はいない。それは魔族が人間を飼うときとて同じである。
「分かったよ。じゃあ名前はもう決まっているの?」
一応名前にあてがあるのかを訪ねてみた。
勇者が生まれ育った人間の国は悪魔から身を守るため天使の名前を授ける風習があった。
『アバドン』
それが勇者に付けられた名前であった。彼の名前は「サタンの恐怖を閉じ込めて欲しい」という意味が込められていて、彼自身この名前に誇りを持っていた。
「勿論あるわよ!あなたは綺麗な白い髪だから…シラガなんてどう?」
その彼の誇りが最低のネーミングセンスによって崩されようとしていた。
「おい、ちょっと待て!ふざけるな!名前の由来はそれでいいとしてシラガはないだろうが!君はなんだ?僕が老人並に老けて見えるのか?せめてハクハツと言え!ハ・ク・ハ・ツ!」
「えぇ〜…分かったわよ…じゃあハクハツね!」
「いやいやいや、まんますぎだろ!お前はもう二度と名前なんかつけるな、センス無さすぎるよホント!」
会話が一向に終わる気配が無い。しかし、アバドンは今の話である事が気になり、恐る恐るそのことについてきいてみた。
「なぁ、アリトンはペットを飼ったことはあるのか?」
その質問に勿論だと返ってきたので、今までにどんな名前を付けたのかを尋ねると、
「そうねぇ、前に飼ってた猫にはホソイメで、その前のヘビがマルノミだったわね。」
アバドンはこの娘が生き物は見た目や習性で判断することを悟った。
「うーん…でも、あなたの白い髪とても気に入っちゃったからそれにちなんだ名前にしたいんだけどな。」
そう言いながらアリトンはおもむろにパソコンを立ち上げ、しきりに何かを検索し始めた。アバドンは何をしているのか画面を覗き込むと「白」という意味の言葉を色々と調べているようだ。
「…ブラン。そうね、ブランなんてどう?かっこいい響きだと思わない?」
アリトンはこれだと言わんばかりにアバドンに向かって尋ねてくる。
大分マシに変わって思わず首を縦に振りかけたアバドンだったが、少し考えてこう答えた。
「うーん。確かに名前に不満はないけど、やっぱり名前を変えられること自体に納得がいかないなぁ。せめて僕も君の名前を付けさせてくれないかな。アリトン(口にするのも恐ろしいもの)なんてちょっと呼びたくないな。」
交換条件を出されるとは思ってなかったアリトンは驚いた表情でアバドンを見つめていた。
そのことにどうしてそんなことをしなければいけないのかと問われたアバドンはこう言った。
「君は自分と同じ言葉を話す生き物を飼った事はあるかい?」
ある訳がないとアリトンは首を横に振って否定する。
「人間って多分君が思ってるよりも頭がいいし、プライドも高い。少なくとも僕は言葉で意思疎通できるのにこっちばっかり条件を突きつけやれるのはごめんだよ。」
だからとアバドンは言葉を続ける。
「僕を…人間を飼うなら相応の条件を毎回要求されると思って欲しい。」
勿論アバドンはどうしてもアリトンを自分が付けた名前で呼びたいわけではない。ここで自分の付けた名前でアリトンを呼ぶことで人間を飼う時の条件を覚えてもらうためである。主従関係があることに変わりはないが、こうすることでアリトンを魔王に引き立てやすくなる、そう考えてのことである。
「…分かったわ。じゃあそれで今後よろしくね…ブラン。」
アリトンは取り敢えずと言った感じで承諾した。
「あぁ、よろしく…そうだな…アンリ、なんてどうかな?」
その響きにアリトンも聞き覚えがあった。
「え、昔の魔王の名前で呼ぶなんて気が早くない?」
アンリは歴代最強だと言われた魔王である。
そこにはアバドンもといブランがアリトンを魔王にするという思いが込められていた。
「これで契約だな。」
ブランはひと段落ついたと思ったが、アリトンもといアンリは「あ!」っとまた叫び出した。
ブランは今度は何だと身構えた。
「そうよ!契約!契約しないと!」