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蛇とカモメ  作者: 暮準
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第6話 離陸

(3)サイト


 試験飛行の当日は、静かな朝だった。

 頭上には澄んだ青空と、軽そうなちぎれ雲が浮かんでいる。

 時刻は午前6時。今日の鶴牧空軍基地には、サイトの乗る獄風の暖機運転のプロペラ音だけが響いていた。他の戦闘機はその翼を休め、うつろなコックピットだけを晒している。

 獄風のコックピット内にいるサイトは計器盤に目を降ろし、問題がないことを確かめると準備完了のしるしに首をこくりと振った。高木が獄風の傍らで親指を立てる。

 高木には感謝しかない。

 寝ずにギリギリまでエンジンの調整をしてくれていたのだろう、高木の目の下には隈ができていた。


 滑走路には、空軍のお偉いさん方が視察に来ていた。サイトはそちらに敬礼をする。彼らも事務的に敬礼を返してきた。その隣にいる同僚の飛行士たちにも敬礼を送る。同僚たちは熱っぽく敬礼を返してくる。声は聞こえないが、頑張ってこい、と口が動くのは見えた。

「では、離陸します」

 無線で管制官に伝える。

「了解。お気をつけて」

「行って帰ってくるだけだよ」

 試験飛行なのになぜだかやたら心配をされるな、と思いサイトは苦笑した。一応、自分では一級飛行士のつもりなのだが。


 サイトはスロットルをゆっくりと上げた。プロペラの音が高くなる。獄風が少しずつ前に進みゆき、地上から早く解き放たれたいとでもいうように身体を震わせた。

 速度が上がり、基地の兵舎が背後へと流れゆく。

 サイトは頭の中で、今日の経路を改めて組み立てる。

 ――ローホル島も見たいが、それは無理かな。

 かつて高校時代を過ごした場所を目にしたい気持ちもあったが、ローホルは今やソル連邦の制空圏内だ。

 グラデス島を見られるだけでも良しとしよう。

 そんなことを考えつつサイトは操縦桿を引く。機体がふわり、と浮かび上がった。

 獄風の速度とサイトの身体にかかるGが増していく。

 充分な高度を得ると、サイトは機体を水平飛行にした。

「ただいま」

 そう、一面の空に語りかける。


 午前7時、サイトの乗った獄風は鶴牧空軍基地をあとにし、一路グラデス島へと向かった。



(4)エセル


 同時刻。

 エセルの乗ったコーパーも空母ケンドルをあとにし、グラデス島へと向かっていた。

 このペースだと3時間もしないうちに折り返し地点に到着するだろう。

 エセルはそう予測した。


 エセルのコーパーを頂点にして、三角形をつくるように海軍航空隊の直掩編隊が飛ぶ。

 4機はコーパーの速度に追いつくのに必死なようで、エンジンが息切れしているさまが見て取れた。

「お手柔らかに頼みますよ、ヒロイズ飛行士」

 編隊機のうちの一機から苦笑まじりの通信がはいる。


 そうしているうちに、ローホル島の上空に差し掛かった。見下ろすと、豆粒のような家が並んだ高級住宅地があった。

 レティアは、まだあそこに住んでいるのだろうか。それとも、貴志国が制空圏を突破してくることを恐れて疎開しているか。

 彼女は上空を飛ぶ戦闘機に、かつて自分と同じ高校に通っていた女の子が乗っているなんて想像だにしないだろう。

 そんなことを考えた。


「エセル、我々は離脱する。幸運を」

 直掩の編隊長機から通信が入った。

「了解」

 短く答え、後ろにいた戦闘機編隊が旋回して離れていくのを見送った。

 幸運が果たして必要になるだろうか。エセルは不思議に思った。

 編隊長が自身でも気づかないうちに、何気なく口走った一言。

 それでも、彼は何かを感じ取ってその言葉を使ったのだろう。

 ――グラデス島付近では気を抜かないようにしよう。

 だけど、それまでは安全なはずだ。


「ふーっ」

 ひとつ息をつく。

 グラデス島付近では接敵する可能性も多少あるが、今しばらくはソル空軍の制空域だ。何かあっても、すぐに援護を受けられる。

 しばらくは戦闘もなく、ただフライトを楽しめばいいだけだ。

 エセルは肩の力を抜いた。

 眼下にはくしゃくしゃにしたアルミホイルを敷いたみたいな海が広がって、朝の清潔な光をその表面に反射していた。時折、はたして誰か住んでいる人がいるのだろうかと思うような小さな島々が通り過ぎていく。


 ――もし、この戦争が終わって無事に生きていたら。

 また、ソル連邦と貴志国が仲良くできる時代が来たら。

 そしたら今日みたいな天気の日に、おんぼろでもいいから小さな二人乗りの飛行機を買って、サイトと一緒に島めぐりなんかをしてみたい。

 サイトはきっと、私が飛行機を操縦できるなんて知ったら驚くよね。

 エセルの操縦ってちょっと怖いなぁ、なんてことを言うあの人の前で綺麗に離陸してみせたら、私のことを見直してくれるかな。

 操縦席に私、後部座席にはサイトを乗せて。

 ふたりで、誰にも邪魔されずに、どこまでも。

 たまに島に着陸して散歩したり、海辺で釣りをしたりして。

 もし……。もし、そんな日が来たら。

 私は幸せすぎて、どうにかなってしまうに違いない。


 ――ただ、その前にはカモメを墜とす必要がある。

 カモメには何の恨みもないが、倒さなければこの戦争の決着はない。

 エセルは自然とほころんでいた顔を引き締める。

 もう一段、ぐんとスロットルをあげ、コーパーを加速させた。

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