第4話 試験飛行前夜
(2)サイト
月に一度の休暇を終え鶴牧空軍基地へと戻ってきたサイトは、そのまま格納庫へと向かった。新しく配備された愛機の様子をみるためだ。
サイトは歩きながら空を見上げる。すでに日は暮れていたが、風は暖かい。
もうすぐ夏が来る。
グラデス島の波打ち際で、また彼女が麦わら帽子を押さえる季節が来るのだろう。
格納庫へと入ると、ずらりと並んだ貴志国の飛行機群にまじって、異彩を放つ一機の戦闘機が目につく。槍のような鋭い機体と、その先端にはカモメのノーズアート。
貴志空軍・最新鋭戦闘機“獄風”だ。
サイトに与えられた、貴志国の秘密兵器。
空冷星型18気筒と、それに合わせて空気抵抗を極限まで減らした特殊カウル。13ミリ機銃が二門。それよりも弾速は遅いが威力の高い20ミリ機関砲が、両翼あわせて四門。機首の5枚羽プロペラが妖しく格納庫の照明を弾いている。
「あ、宇津井さん。明日の試験飛行の準備はばっちりですよ」
専属整備士の高木が声をかけてくる。高木はまだ18歳だが、その才能を見抜いたサイトが専属の整備士へと抜擢した。ちなみに貴志空軍で専属整備士を持つ贅沢を許されているのはサイトだけだ。
「こんな時間まで悪いな。明日は休んでくれ」
機体の調子を自身でも見ながら、サイトは高木に声をかける。
「いや~。明日はこいつの晴れ舞台なんで、そうも言ってられないっすよ」
機械油まみれの高木はそう言ってぽんぽんと獄風を叩く。
いつものように高木の整備は完璧だった。機体各所でサイトに合わせた細かい調整がされている。
「晴れ舞台といっても、グラデス島まで行ってぐるりと帰ってくるだけだ。万が一ばったり敵と出くわしても、コイツなら問題ない」
「コイツと宇津井さんなら、です。ソルの飛行士は出くわした途端にパラシュート開くんじゃないですかね」
明日は新たな愛機となる獄風にサイトが慣れるための試験飛行の予定だった。戦闘はなしで、敵を見つけてもできるだけ避けるようにとの上からの指令だ。直掩機はなし。護衛をつければそのぶん敵に見つかりやすくなるし、そもそもサイトに護衛はいらないとの空軍司令の見解だった。
サイトはグラデス島を折り返しとして、鶴牧空軍基地へと帰ってくる。それ以上さきに行くとソル連邦の制空圏内だ。無用な戦闘は避けたい。
――懐かしいな。
サイトはぼんやりと獄風のノーズアートを見つめた。
グラデス島。
こっそり島に着陸して彼女に会えないだろうか。機体整備が必要になったから、などとあとから言えば許されないかな。
そんな無茶を考えてしまう。
「あ。宇津井さん、また女の子のこと考えてますね?」
横から高木に口を挟まれる。
「な、なにを言ってる。明日の試験飛行のことを考えていたにきまってるだろ?!」
嘘ではない。だが女の子のことを考えていた、というのも真実だ。しどろもどろになってしまう。
高木はその鋭い勘で機体の不調が分かるが、同様に人が何を考えているのか見抜くこともできるのだった。
「まったく……勝手な思い込みというものだ、それは……」
「いやいや。いいんですよ。それが健康な貴志国男児ってもんですから」
「だから違うと……!」
サイトが否定するのも聞かず、高木はうんうんと勝手にひとり納得する。
「いいから弾薬を積み込んでおけ!」
サイトが顔を赤くして怒鳴ると、高木ははいはい、とニヤニヤしながら機銃弾を装填し始めた。
普段よりも積み込む予備弾薬は少ない。明日は戦闘を想定していないからだ。
――使うことにならなければいいが。
落ち着きを取り戻しつつあるサイトは、ぼんやりとそう思った。