6 拾った携帯電話
古びたカメラを手にしてからというもの、不吉としか言いようがない。
託生はあれから何度もカメラを購入した骨董品店へ足を運んだ。
しかし、錆びたまがまがしいシャッターはいつも固く閉ざされている。
まるで託生の訪問を拒絶し続け、寄せ付けないようにしているかのようだった。
昼を回ると陽射しが容赦なく注がれ地面から照り返しが暑さを更に過酷にする。
託生は幹博と骨董品店の前で待ち合わせをしていた。
腕時計は待ち合わせの時間をゆうに十分は経過している。
少し先の交差点の横断歩道で信号待ちしている幹博の姿を見つける。
託生は待ちくたびれて出迎えするように対角線上の歩道前まで行き、信号が変わるのを待った。
幹博は信号が変わると託生を待たせているのを悪びれた様子もなくのんびりと歩く。
そして、横断歩道の真ん中辺りで何かを拾い上げると小走りで託生の所までやってきた。
「電話がなってるんだけど」
幹博は宝物でも差し出すようにいたずらっぽい笑みを浮かべて手の中にある物体を差し出した。
「出れば?」
「託生が出れよ」
「何で俺なんだよ」
託生は押し付けられた古い型の携帯電話を、苦笑いしながら受け取った。
ガラケーと呼ばれる二つ折りの携帯電話を開くと、液晶画面は真っ黒のままで何処からの着信なのかわからなかった。
「携帯電話を拾ったんですが……」
託生は相手が誰だか分からない電話の向こうからの返答を待った。
「携帯電話を拾ってくれてありがとう。直接受け取りたいので、待ち合わせしませんか?」
警戒心をとくような親しみ易い物腰柔らかな男性の声がそう言った。
託生は幹博にどうするかの判断を仰ぐ。
幹博は承諾するように頷いて合図した。
「いいですよ。時間と場所はどうしますか?」
「申し訳ない。今、仕事中なので夕方に連絡します」
男性からの再び連絡が来るまでの間、託生と幹博は夏休み初日を楽しむためカラオケへ出かけることにしたのだった。
あれから数刻の時間が経っていた。
街の中で遊んでいると、夕刻は直ぐに訪れ街の姿も昼の姿から夜のネオンで衣替えをして華やかさを増した。
そして、五時過ぎに連絡があった。
「六時過ぎには終わるから待っていて欲しい」
男性の声が申し訳なさそうに聞こえた。
その後、託生と幹博はファーストフード店で時間を過ごした。
六時過ぎに再び連絡があった。
「残業で二十分くらい遅れます」
男性はそう告げた。高校生の託生たちには社会人の仕事の大変さは理解し難いが渋々だが待つことを承諾した。
二十分後には、これから会社を出るという連絡があった。二十分ほどで着くと聞かされた時は嫌気がさしていたが、いまさら断ることもできなかった。
そして二十分後に再び連絡がきた。
「車で向かっているので、二十分くらいで着きます」
そう電話があり、まだ着かないのかと怒りさえ感じ始めていた。
その後も、道が混んでいてあと十五分かかると言われて、もう怒りを通りこして呆れていた。
「あと五分かかります。もうすぐ着きます」
そう連絡があり、この出口の見えない無限ループがやっと終わると思い安堵した。
男性に会ったら文句の一つでも言ってやろうとさえ思った。
それから五分が過ぎた。
連絡がないままさらに十分が過ぎ、十五分が過ぎた頃にやっと液晶画面が真っ黒で何の表示もされない携帯電話の呼び出し音がけたたましく鳴った。
託生は電話に出ると、信じられない言葉を浴びせられた。
「本当は待ってないんだろ? お互い嘘が上手だね」
「ずっと待ってたよ!」
託生は激昂した。
男性は託生の言葉を聞き取ったかどうかの間合いで、電話を切った。
それから電話はかかってこなかった。
幹博が携帯電話の裏蓋を開けるとそこには充電池もICチップも入っていなかった。
幹博は空っぽの携帯電話から手を離すと、それは地面に音もなく落ちそこで泡が立つように消えていった。
自分達は今まで誰と待ち合わせをして誰と携帯電話で会話したのだろうか。
そしてあの携帯電話は何処え消えてしまったのだろうか。
目の前で起こった認めたくない不快な出来事に対して真正面から立ち向かうこができなかった。
託生と幹博は血の気が失せた。