3 目の届かない世界 参
託生はスクールバッグを肩にかけると、ずっしりとした重みが鈍く肩にのし掛かった。
それは、罪悪感のように軽くなることはなかった。
女子たちも居なくなった放課後教室には、血の赤だけが色を主張してその他のものは全てが色を失っていた。
気づかなかったが、窓際の席に昌也が座っていた。
姿勢を正したまま微動だにしない。
教室に溶け込んでいるようにまったく違和感がなかった。
昌也に声をかけようと、託生が近づいて行くと、虚ろな目が託生の心を見透かす様にじっと見ていた。
「昌也、帰らないか?」
いつもと違う昌也の様子に、薄気味悪さを感じながらも声をかけた。
「おまえは流星って奴のことが好きなんだろう? 違うか?」
「な、何なんだよ!? いきなり!? ち、違うよ!」
「おまえは今、嘘をついたな」
託生は自分でも気づかなかったこと否、考えないようにしていたことを言い当てられたように心が激しく動揺した。
「昌也、冗談でも笑えないぞ」
幹博が昌也の席にやって来た。
「おまえ、父親のことがかわいそうだと思っているのは、自分もかわいそうだと思ってもらいたいし、自分自身でも自分がかわいそうだと思っていて、それがとても気持ちがいいと思ってはいないか?」
「……」
「周りの人間が父親の事でおまえを責めれば、不幸な自分をそのうえまだ自分を責めるのかと嘆き悲しみ、不幸な自分が一番かわいそうだと思うことが、おまえにとっての唯一慰めだったのではないか?」
幹博な黙ったまま何も言い返さなかった。
昌也の姿をしているが、中身が昌也本人ではないのではないかと思うほど、人が変わっていた。
「いったいどうしたんだよ!? 昌也!」
託生の声は届いていなかった。
「この世は悪意に満ちている。皆、報いを受けることになる……」
虚ろな目の昌也はそう言った。
その言葉に聞き覚えがあったが、その事実をあの夢の中の出来事と結びつけたくはないと、託生は必死に頭の中から消し去った。
「まだ、君たちは教室に残っていたのか。早く帰りなさい。」
教室へ戻ってきた担任教員が託生たちの姿を見て言った。
「はい。すみません。今、帰ります」
そう答えたのは昌也であった。
明るく覇気のある表情であった。
昌也は自分の席から立ち上がり、託生たちをすり抜けて教室から出て行く姿は、再び虚ろな目をしていた。
「昌也って……あの日から何かと入れ替わっているんじゃないかな?」
「幹博、昌也の話の内容って、前田の降霊術の自動筆記と同じ内容じゃないか?」
「似てるけど……もっと核心を突いた内容だったよ。何もかも見透かされた感じがした。悔しいけど……何も言い返すことができなかった」
幹博は己の考えに耽りながら教室を出た。
生徒玄関で靴を履き替えて校舎の外に出ると、校門の前で思い立ったように幹博は言った。
「託生の一眼レフカメラの中に入っていたフィルムの写真に黒い人影みたいなのが写っていたよな?」
「写っていたけど、どうかした?」
「昌也はエスカレーターで黒い人影が迫って来て、自宅にはチャイムを鳴らし続ける黒いスーツ姿だったと莉奈が言っていた。昌也が暗闇の中に姿を消した後、俺たちはタクシーに乗った」
幹博は記憶が欠落していてる部分を託生に教えてもらったがいまだに納得していなかった。
「タクシーに同乗した男性も黒いスーツ姿をしていて、幹博たちを操っていたんだ。その後の記憶は俺もないんだ」
「託生の一眼レフカメラを売っていた骨董屋の男性が全てに繋がっていたら!?」
「……死神……」
託生は夢に出てきた男性のことを思い出した。
サイレンの音が近づいて来た。
救急車とパトカーが学校に到着した。
パトカーから刑事が降りた。
「常磐君のお父さん!?」
託生は幼馴染の父親の姿を確認した。
「幼馴染は何処の高校にかよってるの?」
「幼馴染の広樹は……殺されたんだ……」
「殺されたって!?」
「ニュースにもなったんだけど。中学一年生の時に変質者に殺されたんだ」
託生は当時の辛い気持ちがフラッシュバックのように思い出され、当時の記憶の世界が今現実に起こっているように感じられた。
刑事は託生に気づいたようで、軽く頭を下げて挨拶を送ってきた。
託生は一気に現実に引き戻され、慌ててその刑事に頭を下げた。
託生の背後から覆いかぶさるように二本の腕が託生を締め付けた。
「痛い!」
腕は細いのだが、その腕からは想像できない力が託生を締め上げてくる。
「汗、臭いな! 流星だろう!」
託生の言葉に動揺したのか、拘束していた腕を開放した。
「俺、臭いか!?」
流星はうろたえていた。
パトカーと救急車が学校に止まっていると、野次馬が次第に集まってきていた。
「止めて! 来ないで!」
錯乱しているような声が聞こえた。
救急隊員がタンカーの上に寝かせようと、悪戦苦闘しているのが見えた。
野次馬たちは携帯電話で写真を撮ったり、動画を撮影している。
「あれって、前田真希じゃないか?」
流星が託生に言った。
「本当だ、前田さんだ!」
託生も暴れ狂う同級生の姿を確認することができた。
前田真希の白目は木炭のように黒く、悪魔のように闇色をしていた。




