1 古びたカメラ
夏休みまであと一週間という七月下旬の土曜日の朝。
託生は中学を卒業し、今年の四月から進学校の高校へ通うことになってからというもの、遊ぶ時間はなく勉強三昧の日々だった。
暗雲が空を覆い不快な生温い風が、開け放たれた窓から託生の部屋の中へと流れ込んで薄手のカーテンを靡かせて遊んでいる。
昨夜は遅くまで数学Ⅰの教科書を開き授業の復習をしていたために、頭痛がするほどの寝不足が休日をより一層、陰鬱にさせた。
託生は鈍よりと沈んだ気持ちを払拭すべく、気分転換を兼ねて出掛けることにした。
自宅から外へ出ると、淀みのある灰色の空から今にも雨が降り出しそうな天候に苦笑いを浮かべた。
薄暗い灰色の世界がどこまでも果てしなく続いていて、世界の終わりを連想させるような不安が込み上げた。
今の自分の気持ちも出口の見えないこの曇り空と同じだと感じながら、ずっしりと重い気持ちを胸に抱えながら駅へと向かった。
いつも利用する電車に乗車し、いつもと同じように二駅目で下車した。通いなれた道を歩き勧めると校舎へ近づくにつれて心なしか、先程よりも天候は益々悪くなっているようにも感じる。
校舎へ行きたいわけではなかったが、託生はこれといって目的があるわけでもなく舗装されている道を歩いていた。
通いなれた道であるにもかかわらず、いつもと何かが違う違和感のようなものを感じた。
託生は何かに導かれているような感覚でいつもは通らない路地へと入ってみることにした。
閑散とした通りには、個人商店の骨董品店が路地の片隅で営業しているのに気づいた。
店の扉は開いており、店内は薄暗く店主とおぼしき全身黒一色の服装の男性が陳列棚に一つの商品を置いている。
託生は引き寄せられるように何となく店の入り口を潜り、その男性の側へ歩み寄って行ってしまっていた。
それはまるで催眠術にかけられたかのように、自分の心が空っぽになってしまったようであらゆる感情も消え失せていた。
路地裏のためか、陽の光が届かない店内には裸電球が剥き出しの光を投げかけている。男性は何の表情も表さずただじっと俯いたままであった。店内は殺風景であり陳列棚には一眼レフカメラが一品だけが置かれている。
託生は高校では写真部だったこともあり、何となくその古びたカメラが気になった。
古びたカメラを手にとってみると、何か魅入られたような運命的な出会いの感覚があった。
「すみません、このカメラはいくらですか?」
託生は男性に声をかけた。
すると、全身黒一色の服装の男性は真っ白な肌をした顔を上げて声がする方に虚ろな視線を向けた。
「……これは……特別な……カメラ……なんだ……」
男性は抑揚のない声で呟いた。
その男性の口から発せられた言葉なのか、漆黒の闇の底から響いてきた言葉なのか判らなかった。
託生は突然、本能的に薄気味悪さを感じてしまい、早くこの場から立ち去りたい衝動に駆られた。
「今、手持ちが二千円しかないのですが、譲って頂けますか?」
託生は男の返答も待たずに財布から千円札を二枚取りを出すと、男性はそれを掴み取るような不躾な態度でカメラを渡した。
託生は古びたカメラを受け取る時、その男の生気のない虚ろな目を見た瞬間に悪寒が背筋を駆け巡った。
カメラを抱えて、一刻も早く店の外へと出たいがためにその場を足早に去った。
帰り際に一度だけ振り返ると、その男性は生気のない虚ろな視線で飽きることなく託生を見詰めていた。
口元は薄っすらと開かれ唇だけは、鮮血のような深紅であった。




