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現代の死神 ‐ローズレッド‐  作者: 江渡由太郎  原案:J・みきんど
第二章 現実の世界
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6 魂の宿った人形 陸

 和室の引き戸が開かれている中へと吸い込まれるように入っていった。

 畳の冷たさが裸足に直接伝わってくる。辺りを見渡してみたが、特に変わった様子はなかった。


 磨り硝子のはまった格子状の窓から外からの明かりが差し込んで畳の上に碁盤の目の模様を描いていた。

 莉奈は六畳の和室へ進んで行くと、突然引き戸が音を立てて勢いよく閉まった。


 その音に振り向くと髪の毛を振り乱した作り物の表情の日本人形が莉奈の顔めがけて飛んできた。

 

 咄嗟に腕で払い除けると人形は和室の壁に激突した。畳の床の上に鈍い音を立てて落ちると再び起き上がり、市松模様の衣装を引きずりながらからくり人形のように近づいてくるのだった。


「もう、いいかげんにしてよ!」

 莉奈は発狂しそうだった。


 無表情な古びた人形は業火の中で永遠に燃え続けるような真っ赤な目で凝視してくる。

 それは悪意に満ちた目である。


 血のかよっていない表情のない作り物の顔には、血のかよった人間の生々しい眼光があった。

 それを見た莉奈は全身に鳥肌が立った。

 魂の宿った市松人形は莉奈の胸元へと飛びかかり、服を這い上がってきた。


 そして小さな手で莉奈の細い首を絞め始めた。その小さな手から想像もできないほどの怪力であった。

 息ができなくなり気が遠退き始めた。


 視界がぼやけ始めているが、息ができないために力んでいるため眼球に圧力がかかっているのが分かった。


 まだ死にたくない。

 まだやりたいことだってあるのにという思いが湧水のように溢れだした。

 最後の力で自分の首を絞め続けている人形の手を剥がすように外した。


 畳を這いつくばるように移動し仏壇の前にたどり着く。

 手を伸ばしたらそこにはあの忌まわしい人形が入っていた箱があった。


 震える手で箱を掴んだが力が入らず畳の上に落としてしまった。

 畳の上に鈍い音を立てて桐の箱が落ちて、その蓋が開いた。

 裏蓋には古びたお札が貼られていたのだ。


 莉奈は理解した。この古びた市松人形には悪霊の魂が宿ってしまっているのだと。

 莉奈は近づいてくる忌まわしい人形を箱に納めて封印しようと試みた。


 近づいてくる日本人形は畳の上を滑るように近づいてくる。

 人形との距離を目視で測りながら、行動へ移す機会を窺っていた。


 「今だ!」

 頭の中でそう本能が告げていた。


 莉奈は虫取り網で昆虫を捕まえるような感じで、人形に向かって箱を被せるように飛び掛った。

 日本人形は桐の箱に収まった。


 後はお札が貼られている蓋を閉めればいいのだと自分に言い聞かせて、蓋を閉めるために力を入れた。

 古びた市松人形はなおも抵抗を続けて蓋が閉じないように、作り物の手足をバタつかせて暴れ続けた。


 和室の磨り硝子の窓の外で黒い影が走った。

 莉奈の一瞬の隙をついて人形は桐の箱から逃げ出した。


 油断したのか、油断させられたのか分からないが、確かに外に何者かの黒い影があった。

 体の自由を取り戻した忌まわしい人形は、再びからくり人形のように莉奈の方へと近づいてきた。


「このお札を!」

 莉奈は桐の箱の蓋に貼られた古びたお札を剥がした。

 人形は猫が飛び掛ってくるかのように、莉奈の顔目掛けて宙を舞った。


「これで終わりにして!」

 莉奈はそう叫びながら、手に持っていたお札を古びた市松人形の顔に貼り付けた。

 獣の断末魔のような凄まじい叫び声がこだました。

 魂の宿った人形は、鈍い音と共に畳の床の上へと落下した。畳の上で転がっている人形は作り物の表情のまま莉奈を静かに見詰めている。


「これで本当に終わったの?!」

 半信半疑のまま片手で人形を床の上から拾い上げ、桐の箱へと納めて蓋を閉めた。

 人形を納めた桐の箱はまるで棺桶だと感じずにはいられなかった。


 莉奈は和室から出て、見ると廊下や部屋の中には明かりが燈っていた。

 いままでの出来事が遠い昔の出来事のように思えるほどだった。

 裸足のまま玄関のタイルの上を歩き、外へ出るための扉のドアノブに手をかけた。


 外は静まり返っていた。静寂の中で満月の明かりが夜空を幻想的に照らし出し、星の瞬きさえも感じられるそんな気にさせた。


 玄関の近くにある物置の扉の前に、桐の棺と化した箱を丁寧に置いた。

 今は何も考えたくなかった。

 この人形のことも今は忘れたかった。


 とにかく今は眠りたい。全身に蓄積された疲労が限界を告げている。

 とにかく眠りたいただそれだけだった。


「莉奈、莉奈起きなさい!」

 聞き慣れた母親の声が優しく莉奈を起こしていた。


 ゆっくりと重い瞼を開ける。

 そこにはあの忌まわしい日本人形の顔はなかった。


「お母さん、今帰ったの?」

「また、夜更かししてるから朝起きられないのよ」

 母親はそう言いながら莉奈の部屋を出ようとした。


「お母さん……」

 莉奈は去ろうとする母親を引き止めた。

 母親は立ち止まり、娘の次の言葉を待った。


「お母さん、電話であの時、”それから”って言って何かを言いかけていたけど何だったの?」

 娘の言葉に母親は一瞬躊躇したが、話し出した。


「病院で入院している莉奈のおばあちゃんが、”莉奈と日本人形が見える”って変なこと言うのよ。だから莉奈に話そうかと思ったんだけど、何か不気味だから話するのやめたのよ」

 母親はたいしたことじゃないから気にしないでという感じで、階段を下りて行った。


「あの人形!」

 一気に目が覚めたような感覚で、ベッドから飛び起きた。


 階段を駆け下り、玄関の扉を開けて外の物置へと向かった。

 物置の前に置いた魂の宿った人形が納められた桐の箱はそこにはなかった。


「お母さん! 箱知らない? 物置の前に置いておいた木製の箱知らない?」

「そんな箱は外になかったわよ」

 莉奈は言葉を失ったまま、そのままその場に立ちすくんだ。


 莉奈の視線の先には、スーツを着た男の後ろ姿があった。

 男の手にはあの人形が入っている木製の箱が掴まれていたのだった。

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