4 魂の宿った人形 肆
時間が止まった感覚に襲われた。一秒がいつもよりも数倍長く感じると言ってもいいほどである。
莉奈は完全に頭の中が真っ白であり、あらゆる思考回路がショートしてしまったかのように何も考えられない状況に陥っていた。
このまま物言わぬ石像のごとく固まってしまうかのように微動だにしなかった。
呼吸をするのも忘れていたので、突然息苦しさに見舞われた。
そして思い出したかのように慌てて呼吸をした。
たしかに扉の向こうで言葉が発せられた。
それは間違いない事実である。
そして、莉奈は必死にその言葉を思い出そうとした。
確かにあの時に聞こえた言葉はぞっとするほど低い声であった。
男性なのか女性なのかそれともその両方なのか分からなかった。
だだ、地の底から響くような声に悪寒が走ったのだけは鮮明に覚えていた。
莉奈は手に持っている携帯電話のカメラ機能を起動させ、その声の正体を写真に収めるための準備をし、恐るおそる解錠した扉を開けた。
扉の蝶番が耳障りな金属の軋む音鳴らす。
いつもならそんな音は気にもならないのだが、今だけはその音が静まり返っている家の中全体に響き渡っているようなそんな気がしてならなかった。
扉を開けたその向こう側にはあの忌まわしい日本人形が立っていた。
日本の子供の姿をした人形の表情は作り物じみているところが更に不気味だった。
あの人形は確かに先程、近所の庭へと蹴り上げて落ちていったはずである。だか、それが今自分の目の前にいるのだ。
莉奈は携帯電話のカメラを古びた人形へと向けると、液晶画面の画像が乱れてしまった。
その後も何度か試したが、カメラ機能が作動しなかったり、スマートフォンの電源が突然落ちたりと不具合が生じていた。
写真部で心霊やオカルトなどにも興味がある幹博が以前言っていたことを思い出した。
それは、霊がいると電子機器に不具合が出て、機械が動かなくなったり、壊れたりすると言っていた。
今、莉奈の携帯電話には機能的な不具合が起こっている。
「まさか! そんなことって……」
莉奈は液晶画面から目が離せなくなっていた。
日本人形の背後に人間の裸足の足が映っているのだ。カメラはその後も古びた人形ではなく背後の人間にピントを合わせて徐々にカメラを上方へと移動させていく。
白い着物のような衣服が映りだした。
それでも、まだ上方へとカメラを移動させていくと、長い髪の裾が映り込みだした。
莉奈は幹博が話していた内容をもうひとつ思い出した。
”霊はカメラに映る”と確かに言っていた。
カメラは携帯電話のカメラや一眼レフカメラ、ビデオカメラなど、静止画像から動画まで電子機器を通して見ることができると言っていた。
電子機器で撮影できるが、霊がその場に存在すると霊的磁場の影響を電子機器が受けてしまうとも言っていた。
莉奈はスマートフォンの液晶画面から目が離せずにいた。
これ以上は見てはいけない気がしたが、見ずにはいられないという気持ちになっていた。
それは、好奇心からではなく、興味を引かれたからでもない。
確認せずには要られない、あくなき探究心に似たようなものに近かったかもしれないし、何かに操られていたかのように自然とカメラを顔の方へ移動させられていたのかもしれない。
「いや! お願い! やめて!」
莉奈は懇願した。
しかし自分の意思とは相反して、携帯電話のカメラを通して日本人形の背後の人を液晶画面に映し出した。
先程、二階の自分の部屋で見た女性だった。カーテンを開けたら窓の外から宙吊り状態で部屋の中を覗き込んでいたあの女性の顔であった。
先程の戦慄が蘇った。息ができないほどの緊迫感が襲い掛かってくる。
その女性は莉奈の顔をじっと見詰めていた。
大きく見開かれた真っ赤な目は”悪意”に満ちていた。




