私が殺された理由についての幾つかの出来事
『私は私の愛を貫いてここまできたし、私はそれに対して何も怖いものはない、だからよんちゃんを事実上殺した事に対して、何も謝ることはない、だからよんちゃん、私はそういう人間なんだと思って、私の結末をここでみとって』私は、その言葉を聞いたとき、私が私を自分の我儘で殺したように、彼女を彼女の我儘で殺した事に何も言えなかった。言うこともなかった。これは怪談ではない。怪奇現象でもない。ただただ、一人の人間が私を殺した、彼女がただ一人を愛した、それだけの物語の結末を、この場所と言う偶然で呟くだけである。
a、彼女は私生児として生まれた。彼女の母が一人で産もうと決めて産んだのが彼女だった。エコー検査の時も定期検診の時もaの母はaと二人だった。勿論彼女を産むときも。aは誰からも祝福された存在ではなかった。常に二人で歩いてきたといっても過言ではない。aは常に母と二人で、生まれるまで、産まれてからも、二人だった。ここから先の話は語り手の私ではなく、aの話になる。それはこの話を語る上でどうしても外すことが出来ない話であり、また、私と彼女を巡る一連の出来事の真実に最も近い、それは、或いは奇跡とも偶然とも、読み手に
委ねよう。彼女は私生児として生まれた。彼女は生まれながらの孤独な子供だった。母は彼女が産まれた事を喜んだが、それから彼女を置き去りに、子育てはしなかったという。aは何時も祖母か、或いは知らない子守りの人が周りにいた。確かに裕福ではあったが、周囲の誰にも彼女を愛してくれる人はいなかった、そしてaの父を誰かと教えてくれる人もいなかった。何故なら彼女の母は未婚でも構わない、この人の愛を掴みとれるならとがむしゃらに、目に見えぬその心を掴みに行った果てなく、悲しいだけの冒険者だったからだ。
aの家は裕福であり、だからこそ、歪だった。aの母は幼少のaに、たまに会うたび『お金があれば、心も買える』と言ったそうだ。それは、実家からの資金が途切れ、母と子供が放り出されても。母はそれでも強かったとaは言った。『母は身一つでのしあがって、今では誰も母の悪口を言えないくらい、それは勘当した祖母も祖父も。誰かが言ったとしても、それは下らない悪口でしかない』ただ、同じ口でaは言った。『金は心を買える、誰の心でも、その価値を金は教えてくれる』
『よんちゃんは、お金は心を買えると思う?』彼女は私にそう問いかけた。私は首を横にふった。そういった私を笑うように彼女は新しいビールのプルトップを開けた。『よんちゃんはそういうけどね、お金で心は買えるんだ、お母さんはそうだった、お母さんはね、そうだったんだ』aの母は、当時ズブズブと泥沼のようにはまっていたホストに首ったけで、未婚のまま、aを身ごもり、aを産んだ。(これから先の話は否定でも差別でもありません、不愉快でしたら消させて頂きます。大変申し訳ありません)
aの母は、aを産んだ後も実家のお金を使いながらaの父がいるホストクラブに通った。それを見かねたaの祖父にあたる人が『それまでして好きな男の子供を産んだのならば、その男に養ってもらえ』と、aと母を放り出したそうだ。aの母はそれから、その家に泣きつくでも許しを乞うわけでもなく、絶縁したまま、年齢を誤魔化して、キャバクラとソープを往復しながら、aの父のいるホストに通い続けた。そこからでも、なお、aの母は強かった。子供を預けながら金を貯めホストに貢ぎながら自分で会社を起こした。ダイエット薬や美容品を扱う輸入会社を起こしたのだ。母は実家の力に頼らず、自分の力だけで会社と、そして財源をつくり、aを育てた。ただ、そこにaに対する愛情はなかった。
彼女は、そんな生い立ちを甘んじて私立の中学に通い私立の高校を卒業し、けして安くない大学を中退した。そこには誰の愛情も誰の意思もなく、そして苦しみも悲しみもなかった。彼女の心を唯一支配していたのは自分を愛する金を持っている人間だった。或いは、もしかしたら、あの時の彼女を抱き止められたのは、私かもしれなかった。『学生より社会人』という名言を残して、中退するとは誰もが思わないまま、私は【バリ島2000万年収社会人婚カツツアー】に乗り込む彼女を見送ったのだ。『楽しんでね』『私が億万長者掴んだらよんちゃん!!』
よんの
『よんちゃん!一緒にハワイに行こう!私の奢りで!私の旦那さんの奢りで!!二人で海で遊ぼうね!!!きっとだよ!!!』『期待してねーけどね』そう、見送ったのだ。それは、きっと、あの瞬間のあの時だけのあまやかな、夢だったのだ。彼女はキラキラ輝いていた。
そうではなかった。だから、彼女は、aは語り始めた、私の知らなかった私を殺さざる出来事を。aは確かにバリ島に行ったが、それは婚カツという名前のねずみ講を取り入れる為のツアーだった。それだけなら良かったのだが、そこには同じ臭いする一団も参加していた。彼女はその一団と、日本に戻った。大学を捨てて、サークルを捨てて、そこで、彼女は初めて恋とか愛とか、私達が物語の中でしか出会わない運命と出会った。それが何を示唆するのか、この物語を繋ぎ会わせて、出会うSNSの人間ならどう推理するだろうか。
彼女は皮肉な事に自分の父親と同じ集団と出会ってしまった。ホストだ。ねずみ講は元々ホストによって産み出されたとも言われている人が人を呼び止め金を集める。そこで彼女は一人のホストとバリ島という何もかもをロマンチックに変える場所で出会い、そしてすべてを捨ててミナミへと呼び込まれていった。竜宮城にしては短く、私が絶望を覚えるには永い一年を、彼女はミナミのホストクラブで過ごした。勿論彼女は無職で学校にも定職にもついていない、最初は自分の貯金を切り崩しながら遊んでいたがそうにもいかず、母や母を捨てた祖母に金の無心をし、暫くはそれで繋いだそうだ。ただ、同じ嗅覚を持つ母はそうはいかなかった。aが学校を中退している事を知った母は『どこにいるのか』とも問いただす事なく、aへの仕送りを打ち切った。祖母も同じ頃に病気になり、連絡をたった。金が入って来ない事にパニックになりながらも、その時aはホストから後戻り出来ない状態になっていた。借金。ホストではカケ、とも呼ぶ、その多額の借金が彼女の身を削っていた。ホストではツケが利くがそのツケは担当である、つまりaの恋した男が肩代わりした借金で『俺といたいなら金を払え』と彼女は言われた
彼女には母と祖母以外に金の無心が出きる相手がいなかった。それが切れた今、恋をした相手に『早く金を出せ』と言われれば消費者金融か、或いは友人しかいなかった。消費者金融を借りるにも彼女の身分証明はなく、カードを作ることも出来ない、その中でaは私の、語り部である私の名前を竜宮城の中で思い出した。『よんちゃんに借りよう』aはホストに『大学の友人に借りるから少し待ってて』と頼んだが、さすがにホストはそれを信用していなかった。『逃げるんだろ?』『逃げないよ、友達の所まで行かせて』その時aは寝泊まりをホストが寝泊まりするだけの寮とは名ばかりの小汚ないアパートに身を置いていた。『よんちゃんの住んでるマンションの住所とよんちゃんの本名、よんちゃんの在学する大学の名前と学部、教授の名前を書いておく、もしも私が戻らなかったらそこに連絡しても良い。私は必ず帰ってくる』aはそういって私に金を借りる為に、頭を下げる為に、いつか自分が着るかも知れないと思ったリクルートスーツを着て、私に会いに行った。竜宮城の時間はあまりにも永く、私には私の地獄の時間があり、私は何者でもなく筆を折り、大学を【不在者】として去った後だった。
aが私を訪ねてきたのは、私が全ての連絡をたった【不在者】になってから三ヶ月たった後だった。空っぽのマンションの部屋を見てaは愕然とした。たった一人の友人が消えたのだ、どこに行った。あの部屋で笑ってあの部屋で酒を飲んであの部屋で私を享受してくれたあのよんちゃんは?そこから彼女はありとあらゆる当時の取り巻きに泣きながら電話をかけた。『よんちゃんはどこ?』(お金をかしてほしいの)そこに私の姿はどこにもなかった。どこにもいない、私は文字通り不在者としてどこにもいなかった。皆口を揃えて『……もしかしたら』
「あいつ、死んだかもしらん』それはaの狭い世界の中で唯一の真実だった。『よんちゃんが死んだんだったら、私はお金を返せない』それも、彼女の狭い世界の真実だった。aは私の最後のゼミの教授だった恩師に真相を確かめに行ったが、恩師の顔を見た瞬間に魔法が解けた。【バリ島に行って大学卒業証書を捨てて、友人にお金を借りにきた哀れな小娘】その事実をaは教授の顔を見た瞬間に目の当たりにさせられた。駄目だ、駄目だこれでは駄目だ。『よんちゃんは死んだんだ』そうじゃなきゃ教授までホストがお金を取り立てに来てしまう。もしもよんちゃんが生きていたら?そうでなくても私がお金を持ち帰らなければホストは来てしまう。ならば、よんちゃんを死んだんだ事にしてしまおう。それならば問題はない。実際私と、皆との連絡をたってしまったんだもの。よんちゃんは、死んだんだ。よんちゃんは、よんのは、死んだんだ。だから、私は。
その後逃げれば良かった物を、彼女は馬鹿正直にホストの元に戻り『友達が死んじゃった』と泣きに泣いてホストを驚かせた。驚かせたものの、ホストは泣きに泣いた彼女に言った。『じゃぁ、借金は俺の紹介する店で働いて返したら良いから』aは頷いた。これが、馬鹿馬鹿しいが、私が5年間不在者として死人となった全ての真相であり、彼女が私を殺した真相である。読書家の皆々様はこの真相にたどりつけただろうか、私はたどり着けなかった。誰も死んでいない殺人事件の真相として、どうだろう、深夜のお伽噺としては上等ではなかろうか。ただ、この話はここで終わりではない。私はアルミ鍋にマカロニを茹でながらその話を聞いてがらんどうの、冷蔵庫しかない、さびしい部屋のなかで彼女と二人で酒を飲んだ。『よんちゃんは死んだと思ってた』『死んでなかったけどね』『うん、ありがとう』aは言った。『ありがとう、生きていてくれて、死んでいたら、まるで私が殺したみたいだもん』彼女はそういって私の知らない顔で微笑んだ。『私、そのホストのお嫁さんになるの。そのホストは次に東京でお店を出すから私も着いていくんだ。オーナーだよ、凄いでしょ』aが笑ったから、私も笑った。
私達はその後名前の知らない高いワインを空けながら私の作った、熱々のマカロニサラダを食べた。食べながら、aは『お母さんはね、今、私のお父さんであるホストの看護をしているの。お父さんアル中でふらふらしていて。お母さんとお母さんのお金がないと生きていけないの。私ね、多分そうやってお母さんみたいに生きていくんだと思う。ただ馬鹿みたいに恋をして一生懸命馬鹿みたいに一人だけ思って生きてくんだと思うのね。だからよんちゃん、私ね馬鹿だけども立派にお金を稼いでいつか今の私の好きな人を看護していくよ』と、そう、言った。
『よんちゃん。ありがとう。ごめんね』彼女はワインをガバガバ飲みながら、私の作ったサラダを食べて、空っぽになった部屋で笑い続けた。私も笑いながらワインを飲んで自分の作ったサラダを食べた。もしも神様がいるのならばこう問いたい、私達は何のために苦しみを悲しみを享受しながら生きているんですか、と。だけども私達はきちんと滞りなく今の鼓動と同じくらい望んでも望まなくても生きているから、それはそれでどうしようもなく生きてくんだと思うしかない。ワインを飲み干して泥酔しながら抱き合って眠って、朝日と共に私達は起きた。
部屋を出た後に私達は二日酔いでタクシーに乗り、私は彼女を東京行きの新幹線まで見送った。あの日と同じく。『よんちゃん、いつか海に行こう、奢りで』『期待してねーけどね』aも私も、二度と会うことがないのを知りながら、それでも、だから、この物語はここで終わるのだ。