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虚飾の舞踏会  作者: 猫柳
第一章  魔王の言い分
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追う者、追われる者 2

その金髪の男性はフィリップと名乗り、「どうかフィルとお呼びください」と笑った。


「いやぁ、ここの紅茶は絶品ですね。やはり紅茶はデリエスタ産に限ります。あ、エセルさん。ケーキはいかがです?」

「いただきます。……あ、おいしい」

「でしょう?私のお気に入りの店なのですよ」


柔らかな笑と、鼻腔をくすぐる爽やかな茶葉の香り。そしてきめ細やかなスポンジのケーキにまったりとした気分になったエセルは、しかし、そのまま流されかけている自分に気づき、いけないいけないと喝を入れ直した。


「……えぇと、その、ご馳走になってしまっていいんでしょうか……?」


恐る恐る相手を伺うと、「もちろん」とフィリップは笑う。


「気にしなくていいんですよ。こちらの都合で貴方にご足労をかけているわけですから」

「はぁ……」


フィリップが待っているというエセルの連れは、未だ顔を出さない。むしろここに戻ってくるかどうかさえ怪しいと思うのだが、フィリップはどこか確信めいた笑みを浮かべて頷いた。


「必ず来ますよ。彼は連れを放り出したまま姿を消すほど紳士に反する男ではないんです。他人に迷惑がかかることを嫌う人ですから。」

「……よく分かりませんが、そうなんですか」

「えぇ、そうなんです」


だから待ちましょう、と言って彼は優雅に紅茶をすすった。



  ◇◆◇◆◇



やがて、ディルはフィリップの予言通り姿を現した。ただし、ひどく機嫌の悪い顔で。

彼は机をはさんで腰掛けている二人を見ると、荒い足取りで近づき、エセルを立たせてフィリップから引き離す。


「フィル、俺はお前のそういうやり方が嫌いだ。本気で怒るぞ」

「奇遇ですね。私もとっても怒りたい要素がたくさんあるんです」


ディルがやや凄んだ声で言うが、フィリップは動じない。むしろ底冷えするような冷たい笑みで、ディルをねめつけた。


(……修羅場?)


喧嘩別れでもしたのだろうか。随分と重苦しい空気に、エセルは首を傾げた。冷ややかな笑みのまま口を開こうとしたフィリップの言葉を、ディルが遮る。


「悪いが、俺は謝らないし、戻りもしない。こんな早く見つかるとは想定外だったな。が、俺はもう関係ない」

「……関係無い訳がないでしょう。貴方は――」

「――お前の主君だから、か?」

ディルは笑った。他を圧倒するような、壮絶な笑みだった。双眸は怒りの炎を宿し、ゆっくりとフィリップを睨めつける。ここに来て、フィリップは気圧されたようにたじろいた。

「もう終わりにしよう。もう懲り懲りだよ。お前たちに振り回されるのも、夢を語るのも。俺は疲れた。頼むから……もう自由にしてくれ」


それだけを吐き捨てると、ディルはエセルの手を掴んだ。ちょっと、というエセルの批難も聞かず、引きずるようにして店を出る。


「ディル、さっきのは……」


ぴたり、とディルは立ち止まった。数歩前にいるディルの表情は見えない。けれどきっと、今にも泣き出しそうな顔をしているのだと思った。


「……恩人に、隠し事をするのはどうかと思う。だが……、できれば聞かないで欲しい。頼む」


エセルはしばらく、ディルの背中を眺めていた。やがて、「分かりました」と小さく呟く。


「……さっき、この街の地図は手に入れてきた。目的地に向かおう」

「はい。ありがとうございます」


強い力で掴まれていた腕がゆるみ、エセルはディルの隣に並んだ。見上げれば、苦い笑みを浮かべたディルと目が合う。そのまま見上げていると、どうも体の動かし方がおかしいので、エセルはぼそり、と呟いた。


「帰ったら、またしばらく安静に、ですね」

「……む」


ディルは少し不服そうな顔をしたが、反論はしない。エセルは小さく笑みを浮かべると、視線を再び前に戻した。



目的の薬草店にたどり着くと、エセルは幾つかの薬草を店に卸し、そしてここ一帯には生えていない薬草をいくつか買い足した。さらにシミオン宛の手紙を回収すれば、彼女の用は終わりである。


「さて、そろそろ帰りましょうか」


店を出ると、既に外は茜色に染まっていた。エセルは荷物を背負い直してディルを振り返る。が、ディルは少し考えるような素振りを見せた後、小さく首を振った。


「悪いが先に帰っていて欲しい。いずれまた、必ず礼をしに行くつもりだ」


エセルは、わずかに目を細めた。柔らかな薄藍色の瞳が、真っ直ぐに、夕焼け色の瞳を射抜く。

先に視線をそらしたのは、ディルの方だった。黒髪を軽く揺らし、彼は斜め横に視線をずらす。


「これ以上迷惑をかけたくはない。助けてくれたこと礼を言う。またいつか、身辺が落ち着き次第顔を出す」

「追っ手ですか」


さらりとエセルの口から流れ出た単語に、ディルは重々しく頷いた。


「あぁ。気付いていたにも関わらず普通に接してくれたこと、とても嬉しかった。ありがとう。でもこれ以上は……」

「あら、何の話か分かりかねますね。会った時も追われてるようでしたから、そこから推測しただけですよ、ディル・・・さん。それよりも、怪我人がうろつくのは危険ですよ。せめて傷を治していってくださいな」


一言でまくし立て、最後ににこり、と柔らかな笑みまでつけた。絶え間なく人の流れる大通りの中、立ち止まる二人は目立つ。エセルはディルの手を取って、やや強引に歩き出した。


「エセル、」

「なんですか、ディルさん。あぁ、ちなみに私、これでも魔術師の端くれなんですよ。まだまだ見習いですが、熊ぐらいなら何度か倒したことがありますから。安心して下さい?」


有無言わさぬ口調で押さえ込み、それでも口を開こうとするディルに、エセルは歩きながら、ゆっくりと言う。


「貴方の心には、闇の神ファードの衣の影が見えます。貴方の心が、冥界に下ることを……死ぬことを望んでいるからです。どこか目的地があるのであれば、そこまでお付き合いしますよ。……私の寝覚めが悪いので、ご一緒させて下さいな」

「……君は、どこかシミオン殿に似ているな。見かけに似合わぬ強情さとか、いろいろと」

「褒め言葉として受け取っておきます。で、目的地はおありで?」

「東に。街道を遡って、ライデン領に行きたい。……本気で付いてくるのか?」

「お邪魔でなければ」


そうか、とディルは苦笑した。


彼女のわがままに困りながらも、どこか安心したような笑みだった。

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