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虚飾の舞踏会  作者: 猫柳
第二章  勇者の言い訳
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仮初の平穏1

『レナってさ、お気楽とか、のーてんきとか、馬鹿とか言われたことない?』

『えぇ?』


長めの前髪の隙間から覗いた青の左目が、呆れたように私を見ていた。見下した、とかそういうのじゃないけれど、ちょっと馬鹿にしたような彼の瞳が気に入らない。


『そりゃ、私はまぁ、頭良いとは思わないけど……お気楽じゃないと思うよ?どっちかというと心配性だって言われるもん』

『んじゃ、君の周りの人もみんな能天気なんだ。それか、知っていて言わないだけ』

『何が言いたいのよ、ルート』

『べっつにー?』


羽ペンを机に置いて睨み付ければ、彼は小さく肩をすくめて私の向かいの席から立ち上がった。


『ただ、君にとって当たり前の世界が、僕にとっては吐き気がするぐらい滑稽に見えるだけさ。……ねぇ、レナ。覚えておいてよ』


何?と膨れたままそっけなく返した私の顔を覗き込んで、ルートは苦笑いした。私と同い年の癖に、まるでどうしようもない子供に言い含めるように。


『君が思っているほど、世界は単純じゃないってことをさ』




   ◇◆◇◆◇




「……良い天気」


爽やかな風が、中庭を吹きぬけて私の髪を揺らす。初夏の日差しは少々強いが、薄着の私にはちょうど良い暖かさ。メイドさん達に見つかったら「また肌を焼いて!」と怒られるのかもしれないけれど、私は真っ白な肌に強いこだわりはない。日焼け止めなんてないこの世界、建物の中に篭って太陽の光におびえているよりも、日向でのんびりと転がっているほうが好きだった。


食堂でもらったサンドウィッチをつまみながら、私は澄み渡った空を見上げた。誰かさんの瞳を思い出すような綺麗な青。


「……、ルートのばーか。今になってまで、夢に出てこなくてもいいじゃん」


思わず小さくぼやく。原因は今朝の夢だ。最後に会ってからもう二年半。一緒にいた時間はたったの一ヶ月だったというのに、奴は今でも夢の中にひょいひょい出てくる。

それは多分、彼が私の真逆の存在であることと、彼がひどく後味の悪い消え方をしたから、だろう。


彼の存在は、私が目を背けているざらざらとした感覚と直接繋がっていて、幸せで平和な私の日々に、黒いシミを落とし、じわじわと侵食する。

だから、思い出したくなんてないのに。


不意に視界に影が落ちて、頭上から声が降ってくる。


「ふーむ、それは恋だねぇ、レナ嬢」

「ふぁ!?」


―――恋ぃ!?


「ふふーん、その驚き様、図星かなぁ?お姉さんワクワクしちゃうね。その話詳しく!」

「な、ななななああっ、ち、違うっ!これはただ単に驚いただけっ!」

「落ち着け、レナ。……リディア、年下をいきなりからかうのはよせ」


慌てて立ち上がって後ろを振り返れば、茶髪の髪の男に頭を小突かれた女性が口元を尖らせていた。

ユリシーズとリディア。二人は革命の際一緒に戦った仲間で、革命軍の中でも特に腕利きの騎士達だ。


「年下をからかうのは私の趣味です。……で、誰の夢を見たんだって?あたしの知ってる子かなー?」

「だから、そういうのじゃないんだって!」


否定をしても照れ隠しと思われてるのか何なのか、リディアはにやにやと楽しそうな笑みを浮かべたまま、私の挙動をじっくりと眺めている。私はむぅ、と小さくうなる。


言おうかどうか少し迷ったが、リディアの視線がしつこいため、私はしぶしぶ口を割った。


「……ルートだよ」

「え?あ……」


リディアの顔から笑みが消える。

それもそうだろう。彼は一時期私達の仲間として革命軍の中にしっかりと居場所を作りながら、最後の最後で手のひらを返すように魔王軍に寝返った、裏切り者なのだから。


『悪いね。僕の主は最初からただ一人なんだ。―――レナ、君を僕の主の下に案内するよ。君は、こっちにいるべきじゃない』


背後から抱きすくめられた時の力強さだとか、首筋に突きつけられた冷たいナイフの感覚とか。

私を連れて逃げようとして、ユリシーズが投げたナイフが彼の脇腹に刺さって。負傷したまま魔法陣を使って逃げていった彼。残された私の手に絡みついていた鮮血は今でも私の記憶にはっきりと残っていて、時折急に姿を現して、私を苦しめる。

忘れたいと願うほど、私を苛める様に。はっきりと、鮮明に。

これは恋?まさか。そんな甘いものじゃない。もっとどろどろして、訳分かんなくて、頭の中がぐるぐるして気持ち悪くなりそうなもの。


「大丈夫か?」


覗き込んできたユリシーズに、大丈夫だよ、と貼り付けた笑顔を返す。リディアの複雑そうな表情は、あえて見ない振りをした。


「それよりも、二人はどうしたの?仕事中でしょ?」

「アディレイス様がお前と共に昼食をとりたいとのことでな、誘いに来た。食べられそうか?」


ちらり、と私の傍にあったサンドウィッチに視線を向けながらユリシーズが聞く。私は慌てて、「もちろん食べられる!」と返事をした。

アディと一緒にお昼なんて、一ヶ月に一度あるかないかのチャンスだ。せっかくなんだから、一緒に食べたい。


「そう。それじゃ、行きましょ。遅くなったからアディレイス様が待ちくたびれてるわ」

「誰かさんのせいで遅くなったことを謝らないとなぁ、リディア?」

「ユリシーズがレナを探す時、散々見当はずれな場所に行ったからでしょーが!」

「行く先々で使用人をとっ捕まえて無駄話に興じていたのはどっちだ?」

「あー、もう、二人とも!早く行こうよー。追いてっちゃうよ?」


隙あれば言い合いを始めようとする二人を急かして、私は走り出す。


これが幸せなのだと、私は信じて疑わなかった。

疑いたく、なかった。

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