双勇の遭逢
思えばそれは、思考の放棄だった。
『共に戦って欲しい』と真っ直ぐな空色の瞳を向けられた時に、存在しないはずの空虚な夢に少し心を躍らせ、元の世界に返す手助けをする、という餌に釣られ、私は深く考えずにその手を取った。
彼らを信じていればそれだけでいいと思ったし、彼らが正しいのだと思っていたから、彼らから渡される情報以外のものを手に入れようなんて、欠片も考えなかった。たとえ誰かが語りかけても、『耳を貸さなくていい』と言われれば、素直にその言葉を無視した。
だって彼らが、この孤独な私のただ一つの拠り所だったから。
◇◆◇◆◇
「よく来たな。勇者レナ・エンドウ?」
くつり、と陰鬱な笑みを浮かべた魔王は、無人の大広間で、ただ一人、玉座に座っていた。
即位から半年。悪逆の限りを尽くし、臣下に見捨てられた、強欲で孤独な魔王。
上中貴族達による反乱が始まってから、たった一ヶ月。私達反乱軍はついに王城まで辿り着き、無人の城内に王が逃げた可能性を覚悟しながらも制圧を進めていた。
だから、そこに彼がいたことに、私は少し驚いたのだった。
「逃げないの?」
「逃がしてくれる気があるのか?お前たちは、俺を殺すためにここまで来たんだろうに」
魔王は口の端を歪め、皮肉げに笑う。その瞳には既に諦めが宿り、私は彼がもう、どこにも逃げる気などないことを知った。
それが反省なのか、ただの諦めなのかは分からなかった。しかし、私は戦わなくて済むのなら、それでいいと思う。
「お前こそ、俺を殺さないのか」
大広間の入口から一歩も動かない私に、彼は声をかける。
遠くで聞こえていたざわめきが、だんだんと近づいてくる。もうすぐ、反乱軍の仲間がここまで来るだろう。
「貴方が民を苦しめてきた自分の振る舞いを後悔していて、それを償う気があるのなら、私は貴方を逃がしてもいいと思う」
後ろ手に扉を閉めながら、私は言った。
「もう逃げる余裕がないなら、私がアラステアさん――リーダーに掛け持つよ。貴方を殺さない。だから、その命をかけて償って」
望んで人を殺したくはない。この戦いで、何人もの人が命を落とし、傷ついた。殺すぐらいなら、生きていて欲しいと願う。
きっとその言葉は彼に届く。その時まで、私はそう信じて疑わなかった。
しかし、現実は違った。
「馬鹿にするな」
一瞬にして、空気が張り詰める。今まで欠片もなかった殺気が、魔王から吹き出した。
思わず気圧されて一歩後ずさると、魔王がゆっくりと玉座から立ち上がる。
「民を苦しめた罪だと。償いだと。どの口がそんな言葉を吐く!」
彼の赤い瞳は、さっきまで無気力に揺れていたその瞳は、今は燃えたぎる炎のようにギラギラと光を放っていた。
なぜ彼が怒るのか、私には分からなかった。少し考えて、私はこう結論づける。
彼は自分の罪を認められないのだと。
「そう」
ならば、と私は腰の剣を引き抜いた。まだ本格的に学び始めて二ヶ月ほどだが、魔術の補助もあり、腕にはかなりの自信がある。
私の白刃を見据えて、魔王も歪んだ笑みと共に剣を引き抜いた。
「もう一度言うよ。ねぇ、自分の罪を認めて降伏して。万一私を倒せても、私の仲間たちが貴方を殺す。私は貴方を殺したくない」
「まだ言うか。気が変わった。大人しく殺されてやるつもりだったがな、こんな腐った人間達にこの国を乗っ取られるかと思うと虫唾が走る。……何も知らないらしい、お前にもな」
私は深く考えない。自分は間違っていないと信じているから。
その日思考を止めたことを、後、私はひどく後悔することになる。