第玖話 新たなる決意、此を開き直りという
今回は、殆ど余四郎の考えばかりです。動きが殆どありません。
天文二十一年五月二十日(1552)
■相模國足柄下郡 北條幻庵久野屋敷 三田余四郎
「うむ。やはり勝沼での進展は遅いとしか言えないか」
「はい。父も理を説いては居ますが、中々賛成して頂ける状態ではないようで」
金次郎がすまなそうに頭を下げるが、俺は別に虐めるつもりはないんだ。
「いや、金次郎や刑部少輔のせいではない。家の宿老連中は年を取って頭が固くなっているから、どうしても先例に則ってしまうんだよな」
「そうですが、力及ばすすみませんと、父上からの手紙にも書いてあります」
「金次郎、刑部少輔には無理をせずにと伝えてくれ」
「はっ、直ぐに父に繋ぎを送ります」
そう言うと金次郎が退出してった。
やれやれ。実家を生き残らせるために、敢えて北條の力を借りてでも研究しているのに。こうなってくると、何のために新規開発をしているか判らなく成ってくるな。結局は旧態依然の政策を続けたまま、現状に安堵しきっているんだよ。
何と言っても、北條の國力は現在では上野まで占領する勢いだから、完全に三田谷は後方の安全地帯だと思っている様だし。確かに敵対勢力が精々武田ぐらいしか見あたらないし、しかも檜原谷経由の甲州街道は山向こうだから、安全と言えば安全なんだ。
今の青梅街道(国道411号)はこの当時は奥多摩駅の直前の白丸の数馬という場所に大岩壁があるので山越えしか出来なかったから、侵入ルートとしては難しすぎる。つまり武田が来るとしても永禄十二年に使った小仏峠越えか、その北に有る案下峠か、精々大菩薩峠から小菅村、小河内村、鞘口峠、浅間尾根経由で檜原城下へ向かう古甲州道経由しかない訳だし。
そう思っているからこそ、軍備も疎かになり、華美になっていくんだよ。当主でもないし嫡男でもない俺が示唆しても、刑部少輔だけじゃ駄目なんだな。宿老とはいえ親族衆も居るわけだし、話によると最近煙たがられているとかなんとか。特に宿老の谷合越後や師岡山城には金の無駄遣いと言われているらしいから。
んー困った。一応長尾景虎の上杉家襲名に嫌がらせをしたけど、果たしてジリ貧の上杉憲政様が自子を管領にする事を諦めて景虎に襲名させるかがポイントだ。現在の所、氏康殿幻庵爺さん達が上州白井城にいる上杉憲政様を追い詰めまくっているから、暫くしたら越後の上田庄の長尾政景の元へ逃亡するはずなんだよ。
何故なら上田衆は越後にいながら、越後守護家に属して無くて、関東管領の支配下にあるから、最初にそこへ行くのが普通なんだよ。その後に長尾景虎の元へ行ったのが真相らしい。それに景虎が関東へ乱入するのが1560年永禄三年年八月で今年が1552年だから、あと八年。歴史の上で来年は善光寺平へ進撃するらしいが、何処まで行くか判らないし。
大体、龍若丸生存と言うIFを残した結果がどう出るか。まあそのせいで龍若丸を介錯した挙げ句に狂い死にしたと言う神尾治郎左衛門も無事だし、それでも龍若丸殿を売った裏切り者の目賀田一族八人は磔になったが、それは不義不忠の者としては仕方が無い事だ。町民達や武士達も当然の行為だと言っている。
んー、景虎の場合、関東管領に成らなくても、義侠心から関東へ乱入してきそうな気がする。その時、本来の計画では、実家の戦力を強大化して一気に小田原城を落として家の安泰を謀る予定が、この状態になって、更に國力増強計画と軍備増強計画が実家では実施されないとは。何なのこの無理ゲー、早速詰んだ状態だよ。
こうなると、当初の計画を変更して、北條側にドップリ浸かって、越後勢の関東乱入を上州辺りで止めて実家が上杉方へ寝返らない様にするしか無い。もう開き直って行くしかない。三田谷の領民を護るためにはそれしか無い。そうなれば三田谷も我が家も安泰だ。
そうと決まれば、人事的には氏康殿、幻庵爺さん、氏照殿のラインを強化して、新兵器、新制度、農業改革、鉱山改革、新規産業育成等で國力増強計画を此方でやってしまおう。実家でやらない以上仕方が無い事だ。それに北條憎しと言っても、この世界は別世界だし、北條家の人もいい人が多いから、どうも矛先が鈍るんだ。それなら肝を据えて、北條に骨を埋める気で行くか。
そうなると、領國の鉱山開発は早急に始めないと駄目だ。最低でも土肥金山を開発して安定的な資金源として、堺、江戸、品川などの商人から大量の鉄、銅、鉛などの金属資源を購入しないとだ。
それにしても、金山、銅山やガラスや磁器の材料の鉱山の位置はどうやって教えようか。いきなり此処ですと言っても怪しまれるし。いっそ夢枕に神仏か早雲さんが立ったとかとして教えるか、それとも藤菊丸達と遊んでいる時ダウジングを教えて、それで偶然見つかったとするか、んー問題だ。
そう言えば、数年後から関東は凶作や干ばつに見舞われ、更に上杉の関東乱入による略奪で多くの餓死者を出すから、それらの対処として、食糧の購入と備蓄をしないとだ。普段一時的な食糧の備蓄には江ノ嶋が使われているから、其処を強化して倉庫群にすれば、この当時なら比較的安全に保管できるはず。それでも駄目なら、小田原に大規模集積地を作っておけばいい。結構この城空きがあるから、何とか出来る。
それと農業改革だな。備中鍬とかの農具の開発や、合鴨農法や鯉を泳がす農法、木酢酸を使った農薬農法、レンゲソウを使った窒素農法なんかをジャンジャン実践しよう。
伝え方が問題だが、家にいた頃から色んな本を集めていたし、白紙の本に色んな知識を書いたりもしているから、それで明の書物だとし、それから知識を得たとすれば良い。それなら現代日本の簡略漢字も十五万字もあるという漢字なら誤魔化せるだろうから、せっせとインチキ作者の本を作ろう。気分は某ジ○ンプの民明○房だね。
農法はクラーク博士で孔樂で良いか。軍事はクラウゼッツで孔全とか、科学はアインシュタインだから李石とか、んー何か楽しくなってきた。此ははまるかも知れない。暇が出来たら適当な中國の偉人をでっち上げて、武術とか作るか。
おっといけない、軍事だ。鉄炮自体は計画を続けるとして、大炮も必要だよな。けど中々出来ないはずだが、それなら木炮を作れば良いんだよな。数発程度なら弾丸発射できるし、御茶濁し程度なら使えるはず。実際鉱物が届かないと出来ないから、鋳造炮は計画だけは進めると言う事で。
しかし、考え様によっては、日露戦争で日本軍が急造した、花火の発射筒をモデルにした木製迫撃砲も良いんじゃないか?それなら意外に簡単にできるし、それほど技術的にも難しくない。近代兵器になれた現代人からすればおもちゃだが、打ち上げ花火と同じ方式の導火線式炸裂弾が頭上から降ってくれば相当なダメージを与えられる。此だ!これが良い。早速設計しないとだ。
更にそれを発展させて、旧日本陸軍の九八式臼砲を元にした物を作れば相当な戦力になる。野戦砲などを鋳造する為の技術が発展するまでの繋ぎとしてなら完全に役に立つ。火薬を使いすぎる四式二十センチ奮進弾は火薬が安定供給されるまではお蔵入りだからこそ九八式臼砲擬きも設計しないと駄目だ。
後は、竹筒に火薬と鉄片や鉛玉を入れた手榴弾や、防弾用の竹束も必要だ。あとは、一時的にせよ早合の早期実用化もしないと。それと鉄炮の先端に銃剣を付けられるようにすれば、鉄炮隊が一方的に騎馬に蹂躙されることが無くなり、ベテランの銃手を残すことが出来る。
後は、江戸時代の鉄線作りを伝授して、鉄線による鉄条網の開発もしないとだ。それにベトコンのブービートラップを伝授だ。書く事と教える事が多くて大変だが、此も生き残る為、精々死ぬ気で頑張るさ。目指せ平凡に畳の上で死ねる事。
あー!そうだ、商人に頼んで、南蛮や明の食物や植物をドンドン輸入させよう。旨く行けばトマト、タマネギ、トウモロコシ、サツマイモ、ジャガイモ、夾竹桃とかが手に入るかも知れない。
そうだ、医薬品も増やさないと。焼酎を蒸留しまくって六十度ぐらいのアルコールにして消毒薬にして、マリ○ァナを痛み止めとして作り、海草からヨード取ってアルコールと混ぜれば、インチキヨードチンキが出来るかも。まあ実験もしないとだ。
戦争となると兵糧も必要だな。甘酒の酵素でパンが作れるから、パンを作るのも良いし、乾パンを開発するのも良いな。後は砂糖も必要か。サトウキビは此処では作れないが、和三盆の原料の讃岐原産の在来品種竹糖、細黍、竹蔗があるから、それを持ってくれば下田辺りなら栽培が可能になるかも知れない。此も早急に始めないとだ。
それに貨幣の鋳造もした方が良いな。北條領國だけに通用する銅貨、銀貨、金貨を作って貨幣経済である貫高制から石高制に移行する流れを止めなければ成らないし、石高制のために農民が苦しむ可能性が出ているのだし、北條流の凶作時には減免する方式は為政者として素晴らしい方式だから、それを絶やさないで行きたいな。まあ外様じゃ幻庵爺さんに伝えるのが精一杯だけどね。それでもやらないよりはやる方がいくらかマシだ。
水軍の近代化も必要だ。今の状態では、里見家の海賊衆が夜な夜な三浦半島へ小規模襲撃を行い、略奪、拉致、暴行を繰り返しているから、水軍衆の近代化と組織化は絶対必要だ。キールを持った小回りの利く船を作りたいよな。
それとあれだ、プレハブ工法を使った野戦陣地も開発しよう。秀吉の一夜城の様に敵を驚かせることが出来るぞ。そうすれば秀吉は二番煎じと言われるだろうから。
よし、全ての要点を書きだして、整合しながら清書し幻庵爺さんや藤菊丸、近藤出羽守とか大道寺のオッさんとかに見て貰おう。さあ忙しくなるぞ。
俺の戦いは此からだ!