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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第壱章 青梅編
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第肆話 そんなはずではなかった

引越準備中ですが、眠れないので新話UPしました。


余四郎君の人生設計が狂い出しました。

天文二十年一月一日(1551)


■武蔵國多西郡勝沼城


時代の流れには勝てずに渋々ながら北條家に臣従した三田家で新年の宴が行われていた。


「皆良く来てくれた。今年も良き年であるように」

三田弾正少弼綱秀の言葉に合わせて、列席していた一族郎党が挨拶を行う。

「殿、今年もよろしくお願いいたします」


「さあ、ささやかではあるが、皆も楽しんでくれ」

三方に乗せられた料理がそれぞれの前に運ばれ、各々が酒を注ぎながら舌鼓をうつ。


「うむ、此は旨い、いったい何じゃ?」

「そうじゃな、大根だと思うが、不思議な風味だ」

「酒に合うの」


「それにこの酒も澄んでいて更に風味があって旨いの」

「伊豆の江川酒とも違うな」

「京の柳であろうか?」


飲み食いする者達が口々に大根の漬け物と酒の話をしてると、綱秀がにこやかに話し出した。


「それは、大根の糠漬といって、大根を米糠に漬けた物だ」

その言葉に始めて聞いたと多くの家臣達が話し始める。

「その酒は、一つは普段の濁酒を一度蒸して冷やした物で、もう一つは麦焼酎といって壱岐國で作られている大麦から作る酒だ」


「おお、殿、凄いことですな。壱岐より酒を運ばれましたか」

老臣の谷合たにあい太郎重久信たろうじゅう ひさのぶが驚いたように話しかけるが、綱秀が笑いながら息子の余四郎を指して話す。

「いや、全て余四郎の考えよ、実際に差配したのは、金右衛門(野口刑部少輔秀政)だがな」


その言葉に家臣達は驚きの目で余四郎を見つめる。噂には聞いていたが此ほどの才気を持っているとは、と。ある者は“末頼もしき”と、ある者は“此ほど旨い酒を作って下さるとは”と、ある者は“我が家の婿に頂きたい”と、そしてある者は“弟の癖に生意気な!!”と種々色々な思いが流れたのである。


それから暫くは、皆が余四郎の元へ来て、余四郎は皆から賞められることになったが、兄である長男十五郎(じゅうごろう)綱重つなしげ以外の次男喜蔵綱行(きぞう つなゆき)と三男五郎太郎(ごろうたろう)は面白く無さそうに、余四郎を睨んだりしていた。


おっとりしている十五郎綱重以外は、最近何かと父親や家臣の受けの良い余四郎に嫉妬心を持っていたため、今回の様な新年の早々に余四郎の功績が称えられることに憤慨していた為に、二人して愚痴を言い合っていた。





暫くして宴も終わり、それぞれ屋敷に帰ったが、次男喜蔵綱行と三男五郎太郎は喜蔵の部屋で酒を飲み直しながら余四郎の悪口を言い合って居た。


「ふん。大根漬けだの酒だの、戦には何の役にたたんではないか!」

「兄上、全くです。蓬に馬の小便をかけて、悪戯するような小童のくせに!」


悪口を言い合ってる部屋に近づく人影があった。

「喜蔵様、塚田又八つかだ またはちで御座います」

「おお、又八か何用じゃ?」


「御飲み直しと台所衆から聞き及びましたので、酒と肴を持って参りました」

「うむ、入るがよい」

喜蔵の言葉に襖が開くと、揉み手をし愛想笑いをしながらも目が笑っていない小男が入ってきた。


「どうした又八、お前も余四郎にご機嫌伺いをせぬのか?」

些かトゲのある言いようで喜蔵が意地悪そうに質問する。

「滅相もありません、余四郎殿など、小童の淺知恵でございましょう」


「そうか、そちもそう思うか」

嬉しそうに喜蔵と五郎太郎が又八に話しかける。

「若様達の聡明さに比べて余四郎殿の行動は目に余りますな」


「おお、言うの。又八もささ飲め飲め」

「はっ。お零れを頂戴いたします」

嬉しそうに酒を頂戴する又八であるが、目は決して笑っていない。


「良い飲みっぷりじゃ、ささ一献」

今度は五郎太郎からの酒を受ける。

「又八、そちから見てあ奴はどう見える」


又八は立て板に水の如くすらすらと答える。

「余四郎殿は、金助と金右衛門殿におんぶに抱っこで、情けのう御座いますな。しかも作る物は皆戦に関係の無い物ばかり。水車しかり多摩川からの用水しかりでございます」


その言葉に上機嫌な喜蔵がしゃべり出す。

「そうよ。水車など灌漑用と言っておるが一回の水が十升とは何の役にもたたんではないか!」

「そうですな、多摩川から江戸湊まで用水を引くなど狂人の行いとしか思えん!」


「全くで御座います。あの様な狂人の行いを殿がお許しになるには、あの側室のせいでありましょうな」

「あの女狐か、親子揃って父上を誑かしおって」

「全くだ、兄者。このままで行けば、後を継ぐのは余四郎になるかも知れないぞ」


「そうだな、十五郎兄者では些かこの時代を乗り切るには心許ない、しかも未だに男児に恵まれぬから、後を継ぐのはこの俺こそ相応しい」

「そうじゃ、喜蔵兄者なら、俺も安心して仕えられると言うものだ」


その兄弟を見ながら、又八は腹の中では薄ら笑いしているが、表面では真剣に話しかける。

「綱重様はお体が余り丈夫では御座いません。その為御結婚為されて早十年にも成りますが今だお世継ぎに恵まれておりません。このままで行けば、綱重様のお後をお継ぎになるは喜蔵様でございますが、余四郎殿の小手先の詐術に殿を含め多くの者が騙されております」


「そうよ、又八、全くその通りだ。あの様な詐術を使う者は平将門公の末裔たる我らに相応しくない!」

「全くだ。兄者」

「鉄炮なる野蛮人の兵器を導入せよとは武士を馬鹿にしている!」


「余四郎殿の母は所詮下賤の身、踊り念仏の娘であったそうですから」

「余四郎に殿など要らん!あの様な下賤は身分相当に大人しくしていれば良いものを、父上や兄上に取り入りおってからに、目にものをみせてくれようぞ!」


喜蔵の意気込みに五郎太郎も驚く。

「兄者、具体的にどうするのじゃ?」

「毒を盛る、訳にはいかんからな」


「喜蔵様五郎太郎様、如何でしょうか、養子か寺へ行かすというのは?」

「確かに、毒など盛ったら、俺まで疑われるな。なるほど養子と寺か」

「はい、今回の事で詐術に騙された者達の中に娘しかいない者が数人居りますが、彼等が口々に余四郎を娘婿にしたいと話して居りました」


「ふん。誰と誰だ?」

神田左京かんだ さきょう小作兵衛おざく ひょうえ木崎丹波きざき たんば原島備後はらしま びんごなどで御座います」

「物好きも居る者だ。左京など宿老ではないか」


「それに原島は小さいとはいえ日原にっぱらで半独立領主のような者ですから」

「行かせるとしても、小作か木崎の所だな」

「兄者しかし、左京が納得しないだろう」


思案し始める喜蔵と五郎太郎、其処へ救いの手を差し伸べる又八。

「若様、婿入りが難しければ、永平寺へでも送り込むのが宜しいかと」

「しかし、父上達が許すまい」


「手は御座います、北條家へ積極的に若様が繋ぎを作り、北條氏康殿から命令をして頂ければ良いので御座います」

「なるほど、その手が有ったか」

「しかし、兄者、勝手に北條と繋ぎを作って、父上にばれると不味いのではないか?」


そう言われると、考え始める喜蔵。

「それではこの私が、伝手を使ってそれと無しに繋ぎを取れるように致しましょう」

「おお。又八すまぬな、宜しく頼む」


「お任せ下さい」

「又八の忠心に酬いるためにも、儂が当主になった暁には、塚田又八を筆頭宿老に致そう。それと偏諱を授けよう。私の重を取り塚田つかだ上総介重俊かずさのすけ しげとしと名乗るが良い」

「ははーありがたき幸せ。塚田重俊、綱重様五郎太郎様に忠誠を尽くします」


「うむ、頼むぞ」

「御意」


そう言いながらも又八は、世間知らずのボンボンに取り入るのなど赤子の手を捻るが如きと、してやったりとほくそ笑むのであった。


喜蔵、五郎太郎共にまんまと御神輿に乗せられて居たことに気がつくことが無かった。





天文二十年一月八日


■武蔵國多西郡勝沼城   三田余四郎


松が明けたこの日に何故か、再度一族郎党が集められた。自分まで正装して来いって言われて、仕方が無しに正装して参加しているけど、何かあったっけ?喜蔵兄上の結婚が決まったのか、はたまた五郎太郎兄上の元服とか。いやそんな話があれば、おとみさんの台所ネットワークであっという間に流れているはずだけど、何ともないしなんなんだろう?


十五郎兄上は大永五年(1525年)生まれで二七歳、喜蔵兄上は享禄五年(1532年)生まれで二十歳、五郎太郎兄上は天文六年(1537年)十五歳だからな。喜蔵兄上の結婚か五郎太郎兄上の元服が最有力なんだけど、まあ父上が来れば全て判るか。


暫く待たされて父上と、父の従兄弟で宿老をしている三田みた三河守綱房みかわのかみ つなふさ殿も一緒に来たし、あと誰だか知らない爺さんが屈強な侍を連れて一緒に来たな。


「皆の者、今日はご苦労で有った。何か起こったのかと心配する者も居ようが、喜ばしいことだ」

父上は口上の後に知らない爺さんに上座を譲ったぞ、いったい全体誰なんだ?

そう思っているのは皆も同じらしく、ザワザワし始めたから、綱房殿が一喝して静かにさせた。そうして誰だか知らない爺さんが話し始めた。


「皆々、お初にお目にかかる、儂は幻庵宗哲げんあんそうてつという只の坊主じゃ」

幻庵宗哲の名前に聞き覚えのある自分としては、もしかして北條幻庵?と思ったのだけど、多くの家臣は判らないみたいで、兄上達も目を白黒させている。


「幻庵宗哲様は、北條左京大夫ほうじょう さきょうのたいふ様の大叔父に当たる御方で、箱根権現別当、武蔵小机領主むさしこづくえりょうしゅを為さっておられる」

綱房殿の言葉に皆が息を呑む。

「ホホホ、何、生臭坊主よ」


うわー生きる伝説九十七まで生きた、北條家の怪物が来たー!!

しかし何しに来たんだろう。仮にも僅か数年前まで敵地だったのに。この爺さん大胆だ。

「この度、嬉しきことに北條左京大夫様直々のご指名により、当家より小田原へ詰める事と成った」


流石は三田家滅亡後に北條に仕えた綱勝殿のお父上だ、既に北條に尻尾振ってら。

「綱房殿、して何方が指名されたのですかな」

「幻庵宗哲様直々にお伝えする」


「昨年じゃが、左京大夫様と儂が話したとき、早川水道の規模を凄まじく大きくし、多摩川の水を引き武蔵野台地を潤すと言う話を知ってな。それを考えたのが僅か齢八の童だと言う事に驚いたのじゃ。そしてその子が弾正少弼殿の四男だと聞いて、左京大夫様がいたく興味を持たれ、其処で儂が資質を確かめさせたが、噂に違わぬ出来でな。是非左京大夫様が御嫡男新九郎様の馬廻りにとご希望された次第だ」


その言葉に、驚く者、落胆する者、ほくそ笑む者など三者三様の状態で有った。


うげー、やばいやばいよ!怨敵に目を付けられた!!

しかも北條氏康と言えば名将じゃないか。すげーやばい、貞操の危機か!!この時代、坊さんなんて大概男色だったし、武将も男色もして両刀使いだったもん!!助けてクレー!!


「静かにせい!我が家にとっては誠にありがたき事だ、この度の引き出物として相模の酒勾村・武蔵の上奥富・三木・広瀬・鹿山・笹井を加増して頂ける事と成った」


その話にどの程度の大きさなのか判らないのか、ピンと来ない人が多いが、確か北條から給付された領土と同じだと思うから、石高で言えば4000石ですよ。江戸時代の中級旗本並みじゃないか。ドンだけ期待されているわけだよ。


「余四郎殿前へ」

ぐわー、どうしよう。このままで行けば小田原人質→上杉謙信襲来→三田家裏切り→裏切り者だ。出陣前の生け贄に血祭り→頸ちょんぱ!!


たまったもんじゃない、逃げよう!!駄目か!!良し阿呆の振りをして避けよう。それしか無い。


「余四郎です」

どうだ、挨拶も出来ない阿呆と思うだろう。下手すれば切られるかもしれないが。

「此、何という挨拶の仕方だ。申し訳御座いません、何分未だ十にも成っておりませんので」


綱房余計なことをするんじゃないー!!

幻庵が呆れれてくれればこっちの物だが、うわー、全てを見通すような目してるよ。

「ほう、余四郎殿はよほど小田原へ行くのが嫌と見えるな」


判ってるよこの爺さん。一族郎党皆が固唾を呑んでいるのが判る。

その後皆を冷や冷やさせながら、爺さんとの丁々発止の結果、負けましたOrz。


「そろそろ猫を被るのを止めんか?」

その眼力に降参ですよ、判りましたよ!


「はっ、幻庵宗哲様に対するご無礼の数々平にご容赦を」

「フフ、では弾正少弼殿、余四郎殿を貰っていくぞ」

「はっ」




ドナドナドナドナの心境で幻庵爺さんに連れられて小田原に向けて出立したのは天文二十年一月二十日の事だった。着いてくるのは金助改め野口のぐち金次郎秀房きんじろう ひでふさ加治かじ兵庫介秀成ひょうごのすけ ひでなり藤橋ふじはし満五郎秀基まんごろう ひでもとの3人と下男下女だ。


金次郎を含めて皆が皆、家臣の二男三男とか農家の口減らしに出された人だ。まあいざとなったら切り捨てるには良い人材というわけだ。史実じゃ金次郎は九十一まで生きて三田家の菩提を祈ってくれているし、幼なじみだから信頼できるだけど、無茶でもして下手に死んで欲しく無いよ。


あーーーーー憂鬱だ、何故こうなった。幻庵爺さん完全に俺の内面を判ってるぽいからな。

どうにかして逃げるか、帰る事を考えなきゃ駄目だ!!


「余四郎。遅れるでないぞ」

「はい、判りました」





天文二十年一月二十日


■武蔵国多西郡勝沼城


余四郎がドナドナされている中、喜蔵と五郎太郎と又八が酒を飲みつつ談笑していた。

「又八ようやった、幻庵を出しては父上も嫌と言えまい」

「御意に御座います」

そう言いながら、又八は自分は何もしていないが、馬鹿な兄弟が勘違いしてくれているならそれに乗っておこうと思っていた。


「愉快よ愉快よ。此で余四郎の家督相続の目は潰れた。関東管領が落ち目である以上は、暫くは北條の天下であろうが、何が起こるか判らないのがこの世だ。人質がアッサリ殺されるのも普通だからな」

「まあ兄者、今宵は祝いじゃ。飲み明かそうぞ」


「あはは、愉快愉快」

「若様、良き飲みっぷりで御座います」

「ハハハ、そちも飲め」


兄綱重に子が居ない状態を修正しました。

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