第拾玖話 遂に結婚
最後の方にお下品な表現がありますが、ご了承ください。
弘治二年九月三日大安(グレゴリウス暦1556年10月16日火曜日)
■相模國足柄下郡小田原城 三田長四郎康秀
遂にこの日が来てしまいました。そうです、今日が妙姫との婚姻の日なのです。本来ならもう少し早い時期、弘治二年五月一日大安の予定だったんですが、下総結城城主結城政勝殿が天文二十四年に伊勢神宮参宮の帰りに小田原へ寄って小田家攻めを相談したそうです。
元々小田家と北條家は、堀越公方足利政知殿の子供で小田家に養子に行った政治殿の時代には昵懇で、川越夜戦時に援軍を送ってもらった程の間柄なのですけど、息子氏治に代替わりしたところ音信が途絶てしまったと言う状態でした。
それらを鑑み、北條家としても常陸への進出の機会を狙っていたので、小田家と緊張関係に有った結城家に味方して戦闘になったのです。
戦闘は、江戸衆から遠山綱景や岩付城主太田資正ら二千騎が参加、その他に鹿沼、壬生城主壬生義雄、唐沢山城主佐野豊綱、茂呂因幡守らも参陣し、四月五日に海老ヶ島で合戦して大勝利を得た訳です。小田氏治が気の毒なのは、同盟結んだはずの佐竹義昭が援軍を送ってこなかったという涙目状態で、逆に氏康殿は古河公方足利梅千代王丸殿の威光を利用し放題で援軍を出しまくり。
流石関東では腐っても公方ですよ。でも、北條軍の援軍が帰ったら、結城政勝殿は奪った領土を小田氏治にアッサリ奪還されて情けないったらありゃしない。で、その後の小競り合いなどで、伸びたという訳です。しかし、この時は未だ太田資正後の三楽齋が北條の家臣だったんだよな。 何とか逃がさずにいけない物だろうか。あの反骨心じゃ無理かな?
さて小田原城では多くの家臣達が集まってきてますけど、完全に俺の為じゃなく氏康殿と妙姫の為に集まっているんですよ。判っているんですよ。本来ならあり得ない歴史だし。それに普通自分の城とか屋敷で行うのが、何故か小田原城の大広間で行うんですから。つまりは氏政とかと同じ扱いです。胃が痛くなりそうだ。
唯一安心できたのは、親父と綱重兄上が駆けつけてくれたと言う事で、実に六年ぶりか。まあ城のことも有るので、喜蔵兄上と三男五郎太郎兄上はお留守番だそうだから、会えないのが残念だ。
「おお、余四郎。大きくなったな」
「父上、既に長四郎ですぞ」
「ああ、そうであったな」
やっぱり父上は年取ったよな。考えてみれば幻庵爺さんの二才上だし。
「長四郎、久しぶりだ。元気そうで何よりだ」
「はい、父上も兄上もお元気そうで何よりでございます」
「立派に成ったな」
「色々揉まれておりますので」
「確かにそうだな。勝沼でも話を聞くからな」
兄上、ニヤニヤと含み笑いでいったい何を聞いているんだ?
「何をですか?」
「お前の昔やっていたことを考えれば、納得できることばかりだろう」
「どの辺がですか?」
「フ、此でもお前より十九も上だぞ。北條家国内で爆発的に面白い物が増えていくことぐらい判るさ。大体お前の考えた物が相当あるだろう?」
すげー、兄上。よく判ってら。
「そうですか」
「まあ、余り目立ちすぎると、良くないことは判っている。だからこそお前の名前が出ないんだろう」
凄いよ、兄上。ここまで覚醒しているとは。此で何で情勢誤って滅んだんだか不思議だ。
「まあ、色々有りますから」
「判っている。判っているのは、俺と親父ぐらいか。宿老の連中は頭が固くて、そう言う物自体に拒絶感が有るからな」
「酒匂川の堤とか、円匙とかなんかは、そうだろう」
「そうですけど」
「くどいようだが、お前の名前が出ない点はよく判るし、それを俺達も吹聴する事もせんさ」
「そうだとも。当家は今微妙な状態だからな」
「父上何がありましたか?」
「家中で、お前を婚姻させたのは、十五郎の後釜に座らせるためでは無いかという憶測が流れたのでな」
あー、以前に葛山家、未だ少し後だけど、大石家、藤田家、太田家、佐野家、千葉家とか養子や婚姻で乗っ取ってるから、確かに宿老の危惧は判るわ。
「なるほど。しかし今回に限ってはそれはないと思いますよ。やるなら笛の婿に誰かを入れてくるはずですから」
「確かにそうなんだが、家の立ち位置がな」
「まあ、確かに三田谷の森林資源は豊富ですし、鎌倉では山家の大旦那とか呼ばれてますよね」
「そうだな。多摩川の材木流しなどの利権が大きいからな」
「なるほど、北條家は丹沢の森林資源は直轄地にしていますから、その辺を危ぶんだのですね」
「その通りだな。その辺りは、先だって小田原へ来た際に長四郎を貰い受けたいと左京大夫様直々に挨拶を受けたときに、判物を受けているので心配がないのだが」
「家臣達は、北條が信用おけないと」
「まあそうなるか」
「それに、年貢の問題もあるが」
兄上が苦い顔で話すけど、あれのことか。
「年貢と言いますと、四公六民の年貢のほか、段銭・懸銭・棟別銭ですか」
「そうよ、今までの雑多な諸点役を廃止し、これらに統一為されたが」
「なるほど、中間搾取が出来なくなって、実入りが少なくなった連中が騒いでいると」
阿呆か。農民逃げたら生活できなくなるのに、その場の思いつきで増税だからと、何も考えて無い連中だ。
「そう言う訳だ。百姓が飢えたら自分達にもしっぺ返しが来ることを判っていない」
「確かに、今の他国の状態は“百姓は生かさぬように殺さぬように”とか“胡麻の油と百姓は絞れば絞るほど出るものなり”とかですね」
兄上も父上もえらく感心してるけど、やば、これ未来の話だ。
「流石、長四郎は抜群な比喩を言うな」
「確かに、その通りだ」
「今の連中はその頭から抜けられんのだから」
そうなんだよな。戦国時代というと江戸時代より殺伐とした感覚で、年貢とかも情け容赦なく奪い取って断れば殺されるイメージ。強いて言えば、横山三国志とか項羽と劉邦とかのイメージだったんだけど、実際北條家の領国だと、代官や国衆の中間搾取を禁止して、確りとした税制しているし、不作時や災害時には減税や免税を確りして、農村の疲弊を押さえている。江戸時代なら情け容赦のない年貢の徴収だったのが、まあ農民も武力を持っていると言う事も原因の一つだろうけど、それでも農民の生活確保が出来てるんだよな。
徳川なんかは、慶安御触書で“酒や茶を買って飲まないこと”“農民達は粟や稗などの雑穀などを食べ、米を多く食べ過ぎないこと”“麻と木綿のほかは着てはいけない。帯や裏地にも使ってはならない”とかでトコトン農民を搾取したからな。國の宝と言いながらのあの仕打ちは酷い。
それと同じ様な考えでは、何れ領内から欠け落ちして農民が他領に逃げ出すことがわかりきっているんだけど、それが判らないほどの石頭か。
「そうですね。他領での優遇を聞けば百姓は土地を捨てて逃げますね」
「それよ、頭の痛い所だ」
「強行すればそっぽを向かれますし、次代の教育をするしか無いですね」
「それか、長四郎の様に小田原で勉学させた方がよいかもしれないな」
「十五郎、左京大夫様にその辺をお頼みしてみよう」
「父上、兄上、それは良い事ですね」
「まあ、辛気くさいことはこの辺にして、お前も此で一角の武将になる訳だし、当家の家紋“三つ巴”と幕紋は将門公ゆかりの“繋ぎ馬”の使用を許可する」
おっ、これは結構マジで嬉しい。
「謹んでお受け致します」
「これで、戦場に三田一門の勇姿を見せてくれ」
「はっ」
とは言っても、武力的には一騎当千とかじゃないから、下手しなくても死ねますよ。
そんなこんなで、いよいよ式です。緊張だらけです。武家の婚姻なんか初めてだし、色々習ったけど凄く大変です。大体三日三晩宴をし続けるってどう言う事よ?武士の世界って不思議すぎるやい!
まあ妙姫は未だ十二才と幼いですけど、既に第二次性徴が始まっているらしく、胸も結構出てきます。白無垢に角隠し白粉塗って赤い頬紅に赤い口紅ですから、そそります。いやー良いですね。いや決してロリじゃ無いです、ロリじゃ無いです。大事な事なので二度言いました。
「長四郎、不束な娘だが、宜しく頼むぞ」
氏康殿ご自身からご挨拶を受けてしまいました。一寸こんな扱い無いでしょう。回りの視線が痛いんですけど、特に松田辺りが。逆に氏政とかは随分落ち着いて見ているのが不気味です。後で何かあるんじゃないかって恐ろしいです。
「はっ、此からは姫を大事に致します」
うげげ、緊張して何言ってんだか。此じゃグタグタじゃないか。
「早くやや子を見せて下さいね」
此は義母様からのお優しいお言葉だけど、プレッシャーが。んで妙姫見ると凄く恥ずかしそうに俯いちゃうし、けど絶対乳母とかから性教育受けてるから、判ってるんだろうな。氏政夫妻は十六と十二だから未だマシだけど、妙姫は未だ十二才実質十一才ですよ。小学五年生にどうしろと言うのですか、義母様!!
「長四郎様、此から宜しくお願い致します」
「妙様、此方こそ宜しくお願い致します」
「長四郎様、妙は幸せにございます」
うわーキラキラした眼でにこやかに微笑まれて、もう我慢成らん!ロリでいいや!!
「妙様、私も嬉しく思います」
周りが、凄く喜ばしい状態だわ。
んで、初夜でやっちゃいました。いやー初々しくて良いです。けど、未だ十一才の体ですから、未だ子供は危険ですからね、下品ですが、出来る限り外です。
「長四郎様。妙は、妙は幸せです」
「痛くなかったかい?」
「少しは。けど長四郎様と一つになれて幸せです」
ぐわー!!可愛すぎる。一生大事にするぞ!!
「妙、此から宜しくな」
「はい、長四郎様」




