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三田一族の意地を見よ  作者: 三田弾正
第六章 畿内動乱編
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第百三十四・五話 亀裂

一年前に途中まで執筆していた明智光秀などの話です。

PCクラッシュで消えたのですが、昔のPCを起動した結果、一太郎のクラウドに文面が残っていたので復帰できました。

結果話数が百三十四.五話になります。

鄙びた集落が炎に包まれている。


「へっへっへ。女だ女だ」

「げっへっへ、このガキはどうする?」

「子供だけは、お許しください!」


「うるせい!」

「きゃあ」

「ガキは売り払って、女は遊んでから売り払うぞ」


「ウワーン」

「うるせいぞ、このクソガキ!」

「やめてー!」


「なんでい、顔があばただらけだ、こんなの売れねーぞ」

「奴卑で売りゃいいだろう」

「やめろ!、熙子と子に手を出すな・・・・・・!」


「なんだ、まだ生きてやがった」

「ヒャッハー、なぶり殺しだ」

「げへへ」


「旦那様!」

「父上!」

「う・・・・・・」


永禄二(1559)年一月十九日


■近江国滋賀郡比叡山 明智光秀


「煕子!!!!!!!!!!!!」

「殿、殿、如何いたしました!」

「うう?ん?」


「庄兵衛?」

「殿、殿」

「ん。夢か」


「随分にうなされておりましたが?」

「いや、たいしたことは無い、起こしてしまいすまぬな」

「いえ、いえ、昨日も大変だったのですから、直ぐに白湯をお持ちしましょう」


「すまぬ」

「いえいえ」


昨日か、昨日も大樹への悪い報告を押し付けられてしまった。

『明智、帰り新参のお主が報告をするのが義務じゃ』

『はっ』


上野殿や進士殿がそう命じて私が大樹に報告をするが、全て悪い報ばかりを任せられる。

『三好は未だに如意ヶ嶽にて城を築き、洛東では三好が塁と柵を築き万全の防御を』

ここまで報告したところで大樹から声が上がった。


『三好三好と、明智お主の報は三好ばかりで不愉快じゃ!』

『しかし、「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず」と孫子も言っておりますれば』

ここまで言うと大樹の顔が朱に染まった。


『なんじゃ明智その言い方は! その方予がなにも知らぬ阿呆と申すか!』

『その様なことは』

『えぃ! 五月蠅い! そこになおれ!』


その直後に大樹は近くに有った香炉を持つと投げつけてきた。

香炉は額にあたり私の額は割れ血に染まった。

『えぃ、お主は碌でもない報ばかりする。不愉快じゃね!』


その後、理不尽にも蹴り倒され何度も蹴られた。

『大樹! 明智も好きで報をしている訳ではございませんぞ』

『其れ以上成されれば死んでしまいまずぞ』


殴られ蹴られながら、三淵大和守殿、細川兵部大輔殿が止めてくれる声を聞きながら気を失った。

あそこで二人に助けられなければ、死んでいたかもしれない。


「殿、白湯ですぞ」

「すまん」

「いえいえ」


「庄兵衛殿、殿の様子はどうだ?」

「今起きられた所じゃ」

「殿、弥平次にございます」


弥平次が顔をだした。

「殿、もう我慢の限界ですぞ、あの様な口先ばかりの連中の相手などお止めなされ、今回も貧乏くじを引かされてこのようなお姿に、特に上野、進士は許せませんぞ」


皆が苦労している。住む場所も、大樹はいざ知らず、私以外の幕臣は確りとした宿坊に居を得ているのに、庄兵衛たちはこのような荒れ果てた堂に住むしか無い、このような理不尽を指摘したのだが『帰り新参の家臣如きには屋根があるだけありがたいと思え』と言われてしまった。


理不尽にもほどがある。庄兵衛たちは大樹が敗走した際に殿しんがりを努めて傷だらけになったのにだ。だいたい、二言目には帰り新参帰り新参と馬鹿にする。元々、我が明智家は美濃源氏出身、先祖が幕府に出仕し外様衆として歴代の公方様に仕えて来たのだ。


所領は同族の明智城主明智家に管理を委託してたが、美濃の動乱時に祖父が都に残り父が所領へ下向して管理をしていた。私はそこで育った。その後、次右衛門(明智光忠)の父(明智光久)とともに父が山城守様(斎藤道三)に仕えることとになった。


しかし、義龍の謀反により道三様が討たれると父も光久殿も討たれ、私は生き残りの一族を連れ越前へ逃れた。その後、幕府に再度仕えることになったが、祖父も亡くなっていたため禄も没収されていた。そのため、再仕官では新たに創設された足軽衆とされた。


別に外様衆から足軽衆への異動、それは良いが帰り新参と馬鹿にされ、嫌な報ばかりを伝えさせられる。それにより、大樹に殴る蹴るされるのだ。私は良い、しかし庄兵衛たちまで馬鹿にされ下げられるのは我慢できない。


熙子や子らは飛鳥井権中納言様(飛鳥井雅春)や池検非違使佐様のお陰で無事解放され今は相国寺で保護されている。このまま大樹に仕えていて良いのだろうか、そう言えば、池様から勧誘を受けていたな、次回お目にかかるときに話を聞いてみるか。



永禄二(1559)年一月二十二日


■近江国滋賀郡比叡山 上野中務少輔清信


父(上野尚長)と共に寛いでいると、美作守(進士晴舎)殿が訪ねてきた。


「民部大輔(上野信孝)殿」

「美作守殿如何したか?」

「うむ、奈良のお方(覚慶、史実の足利義昭)の動きが怪しい」


「奈良のお方の?」

「最近しきりに上様の政に苦言を述べているとか」

「出家の身でか」


「これは由々しき事態と考え、人を送り調べた次第」

「していかなる事が?」

父も自分も身を乗り出すように美作守殿の話を聞く。


「曰く、『上様は平時に乱を好む』曰く『勝てもしない戦を何度も起こし多くの兵を無駄死にさせるは兵がかわいそうだ』曰く『上様は民百姓の事を考えていない。これでは民百姓に塗炭の苦しみを与えるだけだ』などなど」

美作守殿の話に私もだが父も激高し始める。


「なんたる言いぐさだ、上様がどれほど心労に苦しみ悩み三好との戦いに苦労しているかも知らずに、民百姓如き下郎なんぞ死のうが生きようが関係ないであろう!」

「誠に、民草なんぞ、上様の為に死ぬのが名誉で有ろうが」


「全くですな。そのような言いぐさ、増長の極みといえますの」

確かに増長の極みと言える。

「危険な兆候と言えますの」


「圓修院(足利義嗣)様の例もある」

「上様の地位を狙うか」

「ここは、上様にお知らせいたさねば」


「待たれよ、このような事で上様のお心を悩ます必要も無かろう」

美作守殿がニヤリと笑う。

「まさか美作守殿」


父の顔に緊張が走る。

美作守殿、いや進士家と言えば以前、修理大夫(三好長慶)に刺客を送った事もある。

まさか覚慶様を害し奉るつもりか?


「安心してほしい、まさか、そこまではせぬ。取りあえず今後の為に監視は続ける所存」

美作守殿の言葉に父も私もほっとする。手を見ればこの寒さであるのに汗をかきまくっていた。

「驚きましたぞ」


私は美作守のニヤリとした目の中に黒い炎を見えた気がした。そして炎を見ながら覚慶様が血に塗れる姿を想像してしまった。



永禄二(1559)年一月二十七日


■近江国滋賀郡比叡山 三淵藤英


公方様と三好の戦は小康状態で対峙している。事の発端は浅井の馬鹿な行動で六角家が崩壊した事で、微妙な状態での均衡が崩れてしまった。それ以来、公方様は叡山に立てこもりだ。小康状態で対峙していると言っても、三好が単に叡山への攻撃を躊躇っているだけで、公方様の兵が多い訳でもない。


三好は洛東に兵を集中し叡山を半円に囲むように陣を張っている。これが九郎判官(源義経)殿であれば鵯越の様に三好の陣の一つでもかき回せるであろうに、しかし情けない事に公方様にはその様な事を出来る胆力がなかろう。


公方様は確かに吉岡直賢殿、塚原卜伝殿の教えを受け剣術と馬術に関しては申し分が無い。しかし兵を率いるには心が弱すぎる。いや時勢を読む力が圧倒的に弱い。しかも、上野、進士などが煽る事で三好と和睦しても舌の根も乾かないうちに反故にし幾度となく無駄な戦を行い負け、その度にメソメソと泣きながら乳母の春日局や小侍従局などが甘やかす。


私も三好の態度には怒りを覚えるが、所詮は陪臣の出、ある程度の地位と名誉を与えて、取り込んでその力を利用し、段々と力をそいでそれなりの勢力とし幕府の血肉にすれば良い物を、其れが出来ずにただひたすら三好討伐を叫ぶばかり、無駄の極みと言わざるを言えん。


だいたい、等持院様(足利尊氏)は多くの武士達からの推挙で幕府を開いた。つまりは元々幕府は強力な大名の後押しで成り立っているのだ。可笑しくなったのは鹿苑院様(足利義満)からよ、明徳、応永と山名、大内を挑発し叩き潰す事を行い始めた。


六代様(足利義教)も同じよ、父親の真似をしたのか赤松を討つつもりであったが、ご自分が討たれるとは、公方様は同じ事を為しておられる。この戦は何れ和議になろうが、公方様がお考えを変えない限り三好との軋轢は消えない。さすれば、三好が赤松にならない保証はあるまい。


やはりここは、万が一を考え覚慶様の様子を探る必要もあるな。


永禄二(1559)年一月二十八日


■近江国滋賀郡比叡山 三淵藤英


翌日、早々に弟(細川藤孝)を呼んだ。


「態々すまないな兵部大輔」

「兄上、如何なさいました?」

「うむ、単刀直入に言う、悪いが奈良へ向かってくれ」


「覚慶様のところですか」

流石は弟だ、一を聞いて十を知るとはこう言うことを言うのだろう。

「うむ、理由は詳しくは言えないが」


「解りました。取りあえずは、ご機嫌伺いとしておきます」

流石だ、直ぐに察してくれる。

「万が一のこともある故、明智も連れて行け」


「明智もですか?」

「そうだ、進士と上野の動きが怪しい」

「やはり、なにやら動いているとは感じていましたが」


流石だ、弟も感じていたか。

「そこでだ。いくら免許皆伝でも一人では辛かろう。明智であれば従者も多い、それに大樹も明智の顔を見ないですみ、苛つかないですむと言うことだ」


「明智も難儀なことです」

「うむ、明智が居なければ、上野や進士が大樹に不快な報をさせるのを擦りつける事も出来まい」

「確かに」


「悪いが出来る限り早く行ってもらいたい」

明智は三日前に公方様に殴られ蹴られたが、流石にもう動けるであろう。

「分かりました、一両日中には旅立ちましょう」


「済まぬな」

「いえいえ、奈良へ向かったら宝蔵院に行き胤栄殿に会ってきますよ」

「ふふふ、そう言う事ならば、覚慶様の事は序でよいな」


覚慶様も胤栄殿も同じ興福寺に住んでいるのだからな。

何か問われたら剣術家の弟が槍術も極めようとしていると誤魔化せば良いか。

2日連続投稿ですが次回は何時になるか不明です。できる限り早く更新出来る様にします。


本来なら第六章 畿内動乱 にしないとですが、時間がないので時間が出来たら章分けします。

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― 新着の感想 ―
更新、お疲れ様です。 明智光秀 どのような展開で数ヶ月後には朝廷軍の指揮官に抜擢されたのか。 次回の更新を楽しみに待っております。
史実では上野も進士も永禄の変で義輝と共に討死してますが、本作ではどんな無様な死を迎えるのか楽しみにしていますw 作品を書く筆が一旦遠のいてしまうと、再び書き始めるのに苦労するようですので、せっかく久し…
明智がこれほど非道い扱いを受けていたなら 信長を裏切った理由が扱いの酷さと言うのは 違うのか?逆に堪忍袋の尾が切れたか?
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