第百二十五話 新たなる人材
大変お待たせして申し訳ありませんでした。
何とか、書けるようになりました。
これからも宜しくお願いいたします。
永禄元(1558)年八月二十二日
■三河国額田郡岡崎城
岡崎城鳥居屋敷で三人の男が話していた。
「鳥居様、是非に是非にお願い申し上げます」
「それは出来ぬ話だ」
「そこを何とぞ」
「諄いぞ下郎が!」
「何とぞ、このままでは我が一党が死ぬだけでございます」
「殿が府中におられるのだ、お前のような胡乱な輩を使ってやるだけでもありがたいと思うがよい」
「鳥居様、そろそろ行きませんと」
「うむ」
「お願い申し上げます。あれを少しでもお貸し頂きたく」
「諄い!」
ガスッと蹴り飛ばされる男。
「あれに手を付けるわけには行かぬわ。下郎、次郎三郎(松平清康)様に免じて助けてやる。命が有るだけでも有りがたいと思え」
口から血を滲ませながら男は呟いた。
「最早潮時か、次郎三郎様がご健在であれば・・・・・・」
永禄元(1558)年八月二十二日
■三河国額田郡岡崎伊賀
伊賀八幡近くのぼろ家に帰ってきた男。
「親父、どうだった?」
「駄目だ、けんもほろろに断られた」
渋い顔の壮年の男と若い男、この二人親子らしい。
「なんと、あの金は北條殿から松平家臣団の為に使えと受け取ったはず」
「鳥居殿に言わせれば、家臣の為とは御曹司の為と言うことらしい」
「家臣が飢えては何の役にも立たぬで有ろうに」
「武具と兵糧、金が有れば良いと言うことであろう」
「つまりは、家臣には泥水すすって草を食めということですか」
「そう言う事であろう」
沈痛な表情の二人。そのとき十五・六歳の少年があばら屋の扉を開けて中へ入ってきた。
「親父に兄貴、何しけた顔しているんだよ」
「半三郎、今は大事な話をしておる」
「お前、十日も何処をほっつき歩いていたんだ?」
「いやね、親父が金の無心に行っている間に、一寸伊賀まで行ってきた」
「伊賀だと」
「そう伊賀」
「伊賀へ何しに?」
「百地殿へ伝手を得に行ってきた」
「なんと」
「勝手なことを」
厳しい顔をする二人。
「このままだとジリ貧だろ、話を聞けば今じゃ伊賀も甲賀も多くの者が北條へ雇われて士分として禄を得ているそうじゃ無いか、それに北條家は出自に関係なく優秀な者はドシドシ召し抱えてくれるそうだ」
「それは聞いたが」
「で、俺が親父や兄貴の代わりに百地殿にお願いしてきたわけだ」
「お前は」
「親父、兄貴、判っているだろう、もう松平は次郎三郎様のいた頃の松平じゃ無いって、それに手伝い戦で活躍しても碌な恩賞も貰えずに、一族は細るばかり」
息子の話に顔を歪める父親。
「しかし、我らが行って雇って貰えるかどうか」
「それは、心配いらないよ。百地殿が言うには、藤林殿の配下の中からも北條へ雇ってくれと鞍替えしてくる連中がいるから」
「うむむ、しかし、落ちぶれたとはいえ、伊賀三家の服部が百地の下に付くわけには」
「親父、百地殿は家を配下じゃ無く、北條に紹介してくれると言う話でまとめてきた」
「お前、そんな簡単に」
半三郎を咎める兄。
「判っているって、いざとなれば俺が一人でも雇われて親父達に仕送りしてやるさ」
「半三郎・・・・・・」
「俺はどうせ四男だし、このまま行ってもどこぞの手伝い戦で死ぬかも知れない、それならば一念発起して新天地を目指したいんだ」
「半三郎、そこまで考えていたか」
父と兄が半三郎の話に感動している最中、家の扉が乱暴に開けられ若い男が飛び込んできた。
「半次郎(服部保正)如何した?」
「兄貴、うるさいぞ」
「おお、父上、兄上、半三郎もいるのか大変だ」
「何があった」
「鳥居の手の者が父上の口封じをすると話していたぞ」
「なに」
「今、半太郎兄(服部保俊)が細評を聞いているが、先ずは知らせねばと」
「親父、何故に、先ほどの金の無心がよほど気に障ったのか?」
息子達の質問に半三は答えた。
「北條殿からの金は今川に知られては成らぬもの、それを知る我らが今川へ報告するかもと疑心暗鬼になったのであろう」
「ならどうしますか?」
「フフフフフ、アーハハハハ」
天を仰ぎながら笑い始める半三。
「親父」
「親父」
「親父惚けたか?」
ひとしきり笑った半三は息子達に向き直った。
「さっそく、松平には縁が無かった様だ。ここは半三郎の話に乗るとする」
「親父」
「半三郎は直ぐに伊賀へ向かい、我らの事を伝えよ」
「合点承知」
「半次郞は、半太郎と共に鳥居方の動きを探り時が来たら伊賀へ向かえ」
「はっ」
「長太郎(千賀地保元)は儂と共に皆の移動の準備だ」
「はっ」
「良いな、これは一刻を争う、皆で逃げる」
「「「はい」」」
永禄元(1558)年九月二十六日
■相模国西郡小田原 三田康秀
目の前に、壮年の男三人が座っている訳なんだな、此が・・・・・・
それで以て、二人は見覚えが有る、一人は甲賀の望月出雲守、つまりは千代女のお父さん、つまりは俺の義理の父上にあたる。もう一人は伊賀の百地丹波だ。後の一人は知らない人だが、なんか嫌な予感がする。
何故、忍者の親玉とも言える二人プラスアルファーと俺が会っているかと言えば、事の発端は、毛烈が来るまでに時間がまだあるので、どこぞの不敗の名将のように『酒でも飲んで寝るか』って冗談を言っていたら『そんなに暇なら手伝え』と幻庵爺さんから招集があってあれよあれよという間に『後は任せた』と俺が代表をする事に成っていた。
いや、確かに伊賀に甲賀を大量スカウトしてきたのは俺だけど、それは北條家と言うネームバリューが有るからであって俺のカリスマとか財力じゃ無い、そこの所を考えてくれなきゃ駄目なのに、丸投げという酷さ、全く以てうちの上司は無茶ぶりが激しすぎるって言うんじゃい!
まあ、現実逃避しても何も始まらないので、やるしか無いわけだ。そして謁見みたいな感じに成り、俺の隣に風魔小太郎が風間出羽守として待機、床下天井裏庭先などには二曲輪猪助を筆頭に風魔衆が万が一に備えて待機中。まあそれは置いといて、特命全権大使のような役なので挨拶は確りしなければいけないのである。
「よくぞおいでくださいました。北條が臣、三田長四郎と申します。望月殿、百地殿とは一別以来でございます」
「三田様もお変わりなく、娘も元気なようで安心いたしました」
「三田様もお変わりなくて安堵しております。お陰様で伊賀の郷の者達も安心して冬が越せます」
そう挨拶していたら、残りの一人が挨拶を始めた。
「三田様、お初にお目にかかります。拙者、伊賀千賀地谷の土豪にて服部半三保長《はっとり はんぞう やすなが》と申します」
はぁ・・・・・・えーと・・・・・・あのう・・・・・・えええええええ!!!!!!
「服部半蔵殿?」
「はっ、拙者に何かございますでしょうか?」
服部半蔵って言えば徳川の忍者の親玉たる存在じゃ無いか、それが何故・・・・・・
まてよ確か、今の時代の服部半蔵って初代だよな、有名なのは二代目か、そういえば服部半蔵の話を読んだことが有るぞ、あれは確か・・・・・・
「いえ、服部殿と言えば、確か以前は先代の公方様(足利義晴)にお仕えしていたはず」
おっ、俺の言葉に驚いている。俺の記憶は確かな様だ。
「三田様、よくご存じで。確かに拙者、以前は先代の公方様にお仕えしておりましたが、その事をどちらで?」
やはりこの男は初代服部半蔵だ。
「半三殿、言ったであろうが、三田様は我らのことを調べていると」
望月殿がそう言うと百地殿も頷くんだが、いやー単に昔忍者の話を読んだだけなんだよね。
「服部殿、そういうことですよ、確かその後に三河の松平次郎三郎(清康)殿に仕えたと聞いておりますが、失礼ですが今も岡崎の松平家にお仕えでは無いのですか?」
ん?半蔵殿が何やら複雑な表情をし始めたぞ。
「その事にございますが、確かに拙者は生活が出来なくなり一念発起し伊賀を捨てて一族郎党を連れて公方様にお仕えしたのですが、公方様は珍しい生き物にであった程度にしか我らを見てくれずに、度々種々の技を衆人の前にて披露させるだけでして・・・・・・」
うわー、公方はエンターティナーを雇った感覚か。そりゃやる気を無くすわ。聞いてて気の毒になって来た。
「成る程、それは辛い毎日でしたな」
「左様でございます。公方様にしてみれば、新しい玩具を与えられたような感じで周りの者に自慢しておりました」
「甲賀は都に近い故にその辺りの話は入ってきておりましたので、人事ながら気の毒に思ったものです」
「なるほど、自らだけで無く、一族郎党の運命もかけた公方様からかかる仕儀を受けたならば、去るのも当たり前か」
「左様にございます。そんなおり三河より公方様に三河統一の報告と然るべき地位を求めて来た松平次郎三郎様にお目にかかったのです。次郎三郎様はまだ二十にも成っておりませんしたが、慈悲深く、下々の家臣にも分け隔て無くお優しいお方でした。そこで次郎三郎様に誘われ公方様にお暇を頂き三河に行くことにしたのです」
服部半蔵は懐かしそうに話すが、望月殿と百地殿は感心しないなという感じで見ている。俺もそれは判る、他所で他の当主のいい点を言えば気分を害される可能性があるからね、まあ俺はそんなことより半蔵の話のほうが気になるけどな。
「服部殿」
「申し訳ござらん」
ほら望月殿に怒られた。
「まあまあ、服部殿も懐かしいのでしょうから」
そこで旨く百地殿がフォローと、完全に二人で示し合わせてきているな。
「忝くございます」
「所で、服部殿は世間話をしに来たわけではないのでしょう?」
半蔵は俺の言葉に、佇まいを正して答えた。
「はっ、我ら服部党を雇って頂きたくお願いに上がった次第」
はぁ? 服部半蔵が北條旗下に? 落ち着け慌てるな、これは元康の罠かもしれないぞ。獅子身中の虫か、スパイ活動かはたまた暗殺か、全く此って爺さんの仕事じゃ無いか、仕方ない先ずは真意を問わなきゃ安心していられないぞ。。
「しかし、先ほどの話ですが、服部殿は松平家に仕えているのでは?」
俺の言葉に半蔵が暗い顔をし始めた。
「実は天文四(1535)年尾張森山にて次郎三郎様が阿部弥七郎に刺殺されて以来、三郎(広忠)殿は次郎三郎様のお子とは思えない体たらくにて、自然と我らの扱いもなおざりになり扶持も頂けなくなったのです」
「所領などはどうしたのか?」
「元々、我らは次郎三郎様個人に雇われていた身にて次郎三郎様の御領所の一部を預かっていただけでして、三郎殿が岡崎へ帰還後に没収されてしまいました」
まあ、松平広忠は家督を継いだ直後に大叔父に岡崎城を乗っ取られて伊勢とかへ逃げていたから、帰国後に戦力の強化をするためなんだろうが、それにしても没収とは忍者を軽く見ているとしか思えないな。
「それは、さぞや苦労したでしょう。して今までどのように糧を得ていたのですか?」
まさか野盗とかしていたとかじゃないだろうな。風魔も北條滅亡後に江戸で盗賊していたからあり得ない話じゃないし。
「所領もなく扶持もなくなりました故に、宿老方々に雇われながら手伝い戦で糊口をしのいでおりました」
「それで当家に」
「はっ、士分に取り立てて頂けると望月殿、百地殿に話を聞きまして、お恥ずかしながら手伝い戦仕事は最早限界でした。雇われですと一族から死傷者が出ても何も無く犬死にです。拙者は良いのですが、せめて息子や娘、一族には人並みの一生を歩んでもらいたいと思いました」
なるほど、生活苦と話にならない上司か。
「三田様、服部殿が松平の紐付きという可能性を危惧しているようですが、我らが後見いたします故、雇ってやっていただけませんか?」
「お願いいたします。万が一裏切るようなことをすれば我ら伊賀、そして甲賀の衆が服部党の一族郎党全てをこの世から抹殺いたします」
うわー怖い怖い、二人とも目がマジだわ。
「はい、拙者も八つ裂きに成ろうと構いません」
まあ、逃げる可能性もあるが、半蔵もマジな目だな。それに義親父殿に言われては仕方がないか、話を聞いた限り監視は必要だが大丈夫な感じだ。小太郎を見たがOKって頷いているから。
「判った。では服部半蔵保長を士分に処し所領を授ける。詳しい貫高等は数日中に正式な安堵状を発する。尚当面の生活費として銭百貫と屋敷を与える事とする」
「ありがたき幸せ」
俺の話を聞いて半蔵は顔を喜色に染めて頭を畳に擦りつけた。
しかし服部半蔵が北條の家臣になるという大どんでん返しが起こったわけだが、さて裏切らないかが心配だな。
まあ、義親父殿と百地殿がいざとなれば始末すると怖いことを言ってきたからでもあるんだが。先に氏康殿と幻庵爺さんも仕官を求めてきたら俺の胸三寸でOKだと言われていたからな。
永禄元(1558)年十月一日
■相模国西郡小田原 三田康秀
まさか、こうなるとは思っていなかったんだが、目の前の練兵場には有名な二代目服部半蔵こと半三郎正成が孫太郎に訓練を受けている。彼は史実じゃ槍の半蔵と言われたぐらいだから、筋がいいと孫太郎もニコニコしながら扱いている。
しかし、服部半蔵だが、半三が正式名称だったとは知らなかった。この時代は当て字や適当に書いていた事が普通だったから仕方ないことだな。そのうえ半三が六人兄弟とは驚いた、で名前を聞いたが、普通の名前だった。てっきり”かんぞう”とか”じんぞう”とか”しんぞう”とかがいるかと思ってしまった。まあどんぐり眼にへの字口じゃない点で違うんだけどな。
そういえば、半三から聞いたが鳥居忠吉は北條から受け取った金を家臣団に渡さずに全て家康の為にため込んでしまったそうだ、その辺でも松平家臣団に不満が溜まっているとのこと。これは三河武士の忠誠心も落ちるかも?
それにしても・・・・・・
「殿、お茶が入りました」
「殿、お茶菓子はいかがですか?」
「えいい、新参者が出しゃばるではないわい」
「そうは言っても、殿にご奉公せよと父から命じられましたから」
「左様です。それに千代女殿は何もできないのでは?」
「ムキー! えい妾でもその程度のことはできるわい!」
「えっ? 食べるだけの千代女様にお菓子が作れましたか?」
「えい、美鈴よ、お前は誰の味方じゃ!」
「千代女様、嘘はいけませんから」
「やはり出来ないのですね」
「習ったほうがよろしいのでは?」
「フン、長四郎殿に妾はすでに幾度となく愛されておるわい」
「ならば、寝所にて勝負をいたしましょう」
「それがよろしいかと」
なんでそうなる。事の起こりは服部一党を雇い入れた際に、望月家が千代女を俺の元へ送った事から百地殿と小太郎がそれぞれ娘を送り込んで来た訳だ。断ろうとしたら氏康殿、幻庵爺さんに『繋がりを強くするため、お主を守る為に良いことだ』と押し切られた。
「殿、風魔小太郎が次女千鶴、幾久しく」
「百地丹波が三女朱音、宜しくお願い致します」
千鶴の姉はあの詩鶴だ。しかし千鶴は態とやっているのか、今の状態は痴鶴っていう感じ。朱音は大人しめで甲斐甲斐しく動く感じ。
「さあ、寝所へ向かいましょう」
「妾が先じゃ!」
「はしたのうございます」
やめてくれー俺のライフはもうゼロよ!
皆様、感想、メール等ありがとうございました。
返事が出来ずに申し訳ありませんでした。
なお、今後の刊行ですが、今現在諸処の事情により止まっております。
原稿を増やして行く所存ですので宜しくお願いいたします。
槍の半蔵=渡辺半蔵ですが、鬼の半蔵とごっちゃに成っていたつまり、康秀のうろ覚えでしたというネタでした。お騒がせしました。
服部半蔵の件はNHK『歴史秘話ヒストリア』2015/12/09第238回放送「転職忍者ハットリ君の冒険 ~家康の“頼れる家臣”服部半蔵~」などの資料から一度致仕して永禄年間に再就職したと言うことを参照にしました。
正社員じゃ無いアルバイトだから割の良い仕事にインビーノか。