第拾話 金山を探そう
天文二十一年五月二十八日(1552)
■相模國足柄下郡 北條幻庵久野屋敷
「余四郎、此は何だ?」
「藤菊丸、此は南蛮の占星術とか言う占いの一種だよ」
「占いね。余四郎がそんな物に興味を持つとは。お前は実戦経験を求めるものだと思っていたんだけどな」
余四郎は、藤菊丸の質問に丁寧に説明し始める。
「まあ、占いなんて当たるも八卦当たらぬも八卦と言うけど、まあ新しい知識を得るのも必要だよ」
「まあ確かに、鉄炮とかを考えればそうかも知れないよな」
「其処で、実験しようと言うわけだ」
「それに巻き込む気だな」
「判るか」
「判らんでか」
ニヤリとする二人を見ながら、今日も連れて来られた竹千代丸がオロオロしている。
「兄上、余四郎殿。又、出羽にとっちめられますぞ」
「大丈夫、今日は近藤殿に頼んで許可を受けているから」
「それの代償が、あの銃床を付けた新型鉄炮か」
「そうさ。ある程度改良がすんだから、是非実戦経験を有する方の意見が欲しいしね」
「まあ確かに、種子島型だと頬付けして狙いを付けると安定性が変な感じに見えるし、あの轟音を耳元で鳴らせば耳が痛くなるよな。けど、あの肩付けだと安定している様に見えるし、音も耳から遠いから多少は静かになるだろう」
「そう言う事。机上の空論じゃ駄目だからこそ、実戦経験有りの鉄炮撃ちに試験して貰うのが一番だよ」
「まあ、家もそんなに使ってはいないんだけどな」
「それでも、猪狩りぐらいにしか使わないよりはマシだろ?」
「確かにそうだな」
「と言う訳で、竹千代丸、心配無用だよ」
「それなら良いのですが」
納得できかねる雰囲気の竹千代丸だが、余四郎と藤菊丸のテンションは上がりまくりである。
「で、その占いで何するんだ?」
「捜し物だ」
「捜し物?何か無くしたのか?」
「いや。伊豆には土肥金山が有るじゃないか。けど他には見つからないが、伊豆の地形からして他にも隠れた金山が有るんじゃないかと考えて、このダウジングと言う方式を見つけたんだ」
「まあ、確かに他の国の事を考えれば、土肥だけとは思えないけど、神がかりすぎじゃないか?」
気の毒な人を見るように、藤菊丸が余四郎を見る。
「まあ、どうせ遊びと思えば良いじゃないか。やっても金もかからないわけだし」
「まあ、そうだな」
「それに土肥金山も未だ未だ埋もれている鉱脈があるかも知れないし」
「それも勘か。まあ余四郎は直感力があるから、それもありか」
「では、伊豆の地図を取り出しまして、其処に箱根権現の霊験あらたかな御神酒に浸した水晶柱を糸でつるして、地図の上を動かしながら念じます。埋もれている金銀よ世に現れよ」
神がかり的な風にダウジングを行う姿に引きながら、藤菊丸と竹千代丸が見ている。
水晶柱の動きが土肥の大横谷、日向洞、楠山、柿山、鍛冶山で止まる。
「うん、この地に新たな金銀が埋まっていると出た!」
そう言う余四郎を見ながら、藤菊丸が話しかける。
「まあ、土肥ならあり得るけどな、ホントにお前大丈夫か?」
「大丈夫だい。次ぎ行くぞ」
「お前がそう言うなら、まあ付き合うが」
「今度は修善寺の瓜生野に有ると出た!」
「ホントかよ?」
「まあ、当たるも八卦当たらぬも八卦だから、調べて貰うのも気が引けるんだけどね」
「んー、そうだな。今度伊豆郡代の笠原越前に伝えておくよ」
「頼むよ。それで、俺が占いで場所を見つけたって言うと信じて貰えないから、藤菊丸の夢枕に早雲様が立ったとかって言ってくれ」
「えー!それじゃ俺神がかりじゃないか!」
藤菊丸がエーッという顔で嫌がる。
「佃煮の売り上げ三割やる」
「ん、五割なら話に乗る」
「んー四割ならどうだ?」
「んー、そのくらいが妥協点か、判った」
「よし」
ニヤリと笑いながらがっちりと握手する二人を見ながら、竹千代丸はこの二人大丈夫かなと考えたのである。
天文二十一年六月二十五日
■相模國足柄下郡 北條幻庵久野屋敷 三田余四郎
上野に出陣中の幻庵爺さんからの音信で、五月始めに上杉憲政殿が遂に上野白井城を持ちこたえられなくなり、越後へ逃亡したと言う事だが、直ぐに長尾景虎に泣きついたとの事。その為に越後勢の先遣隊が早くも五月後半に上野に進出してきたそうだ。
余りの早さに驚いた。僅かの間に先遣隊とはいえ兵力を入れてくるとは。長尾景虎、以前からこうなるのを予測していたのか、それとも神がかりなのか、さっぱり判らない。歴史なんて如何様にも変わると言うことなのか。甚だ不安になってきた。
天文二十一年八月十日
■相模國足柄下郡 小田原城 北條藤菊丸
んー、困った。余四郎にああは言ったが、早雲様が夢枕に立ったなんて言ったら、俺の頭を疑われそうな気がするんだよ。金山は確かに家に大変な利益をもたらすから必要だが、占いで見つかる物なのかだよ。ただ、四割は美味しいから、みすみすそれを捨てるわけにも行かん。
兄貴達なら跡継ぎと分家して次期当主の宿老候補だから所領も貰っているが、俺達は未だ未だだから、余四郎の売り上げは魅力的だし。変な発明や発想をする変わった奴だが、俺にとっては良い友人と言えるから、願わくばこの関係を壊したくはないんだよな。
んーやはり、越後勢が上杉の味方として上野に乱入してきているから、何れは親父殿は出陣するかも知れないから、親父殿が居る間に笠原越前より親父殿に話だけでもしておくか。あくまで夢の話だと言う事を主張してな。
天文二十一年八月十三日
■相模國足柄下郡 小田原城
上杉勢及び越後勢に対する話し合いを終えて湯殿を終え寛いでいた氏康に、三男藤菊丸が話が有ると参上したと近習から報告が有った。この所、構ってやれないこともあり、話を聞く気になった氏康は直ぐに藤菊丸を呼ぶように命じた。
直ぐに藤菊丸がやって来た。
「父上、お疲れの所、申し訳ございません」
「藤菊丸入るがいい」
襖を開けて藤菊丸が入ってくる。
「藤菊丸、今宵は何の話だ?」
緊張しているのが在り在りと判る姿で藤菊丸が話し出す。
「実は、数日前、私の枕元に早雲様がお立ちになりました」
「なんと、早雲様がだと」
「はい、私も寝ぼけていたのかも知れませんが」
如何にも、寝ぼけていたのかも知れないので、情報が正しくなくても私のせいじゃないという感じである。
「ふむ。で、早雲様は何と言ったのだ?」
氏康自体も怪しいと思いながらも、子供の言う事と考え、話だけでも聞くことにした。
「はい、北條家の為に金の埋まっている場所を教えてくれると」
「なるほど。で、何処だ?」
冷静に対処する氏康に対して、しどろもどろの藤菊丸。
「此処と此処の五箇所に金鉱脈が有ると」
「ふむ。土肥と修善寺の瓜生野か」
氏康にしても、子供の戯れ言と言うには余りに正確な地名を出していることに興味を覚えた。どうせ笠原越前が巡回に廻るので有るから、その際についでに山師を引き連れて見させればよいと考えたのである。
「あくまで、夢かも知れません。父上のお耳汚しになったとすれば、すみません」
精一杯、頭を下げる藤菊丸。
「いや、判った。伊豆ならばあり得ることだ。笠原越前に巡回時にでも調べさせよう」
藤菊丸は、部屋に帰って一言、『此で出なければ、四割じゃ足らん。六割を要求する!』
天文二十一年八月二十二日
■相模國足柄下郡 北條幻庵久野屋敷 三田余四郎
義侠心からなのか、長尾景虎が上野へ自ら出張って来たらしい。その為に一旦帰国していた氏康殿も再度上野へ進撃するらしい。今回は嫡男新九郎殿も初陣らしく、非常に立派な姿で出陣していくのを、城の城門から見送った。
藤菊丸の夢枕の話は、うまく通った様で、氏康殿が笠原越前に『領内巡回の時にでも見て見よう』と言ったらしい。藤菊丸曰く、『肝が冷えた。此で出なきゃ、お前の占いのせいだと言う』と言われ、更に『四割じゃ足らん六割寄越せ』と言われたんだが、出るから大丈夫だと思いたいが、歴史変わってるからな。けどまあ今の情勢じゃその程度でも御の字だよな。
天文二十一年十二月二十八日
■相模國足柄下郡 北條幻庵久野屋敷 三田余四郎
越後勢主力が十月下旬に雪が降る中、越後へ帰國し深雪により残りの上野上杉与党との間で自然休戦状態になった北條軍主力が小田原へ帰還した。皆激戦を臭わせる姿で帰還してきた。爺さんも氏康殿、新九郎殿も無事であった。
この頃から、武田と今川の使者がひっきりなしに来る様になった。そろそろ三國同盟の時期が来たのかな。そうなると、本来なら氏政の嫁になるはずの信玄の長女は新九郎殿の嫁になるのかな?新九郎殿元気だし、此は氏政ルートから離れたのか?
けど、竹千代丸が人質として今川へ行くのは確実だろうな。行くとしたら色々持たせてあげよう。
天文二十二年二月一日(1553)
■相模國足柄下郡 北條幻庵久野屋敷 三田余四郎
三國同盟の締結間近になって来たらしく、新九郎殿が元服し北條新九郎氏時と名乗りました。この名前は早雲殿の次男の名前を継いだそうだが、普通、大往生した人ならいざ知らず、三十代で若死にした人の名前を付けるか?
まあ、それはさておいて、此により武田晴信の長女梅姫十二歳が今年の十二月に嫁いでくるらしい。それに伴って、人質の身の自分に凄く優しくしてくれた綾姫が今川氏真の元へ七月に嫁ぎ、竹千代丸も一緒に連れて行くらしい。寂しくなるね。
特に綾様は氏政より年上だから、リーダシップを取って色々と間を取り持ってくれたから、幸せに成って欲しいんだけど、このままの歴史だと今川行くと信玄に攻められて、輿にも乗れずに掛川へ逃げるんだよな。そうならないためにも今川義元よ桶狭間でアッサリ死ぬんじゃないぞ。祈るしかできないけど綾様お幸せになって下さい。
関東では相変わらず、氏康殿、幻庵爺さん、氏尭殿が西に東に戦闘中。やっぱ古河公方を手中に収めたのが効くらしく、彼方此方の家へ口が出せるらしい。この頃の古河公方は足利義氏様だが、未だ元服前だから足利梅千代王丸なんだ。それでも腐っても関東公方と言う訳で、御神輿としては使える訳だ。
金山は未だ忙しいらしく、調査が始まっていない模様。早く見つけて欲しいです。




