『転生したら魔王だったので、メラミンとポストフォームで城を建てます』 ――世界征服より納まりが気になる49歳――
世界征服より、納まりが気になる。
そんな魔王がいてもいいじゃないか。
これは、49歳の男が異世界で魔王に転生し、世界征服をそっちのけで城の改修に没頭する物語。
果たして魔王は世界を征服できるのか。
それとも、職人になってしまうのか。
どうぞ最後までお付き合いください。
ある日、49歳の男は異世界に転生した。
「おお……魔王様! お目覚めになられましたか!」
目を開けると、黒い甲冑を身にまとった魔族たちが、ずらりと並んでいた。
全員が片膝をつき、こちらを見上げている。
「魔王様のご復活、心よりお祝い申し上げます!」
「我ら魔王軍は、いつでも出陣の準備が整っております!」
次々と声が上がる。
どうやら俺は、魔王に転生したらしい。
勇者と戦い、世界を支配し、人間たちを恐怖に陥れる存在。
49歳にして、まさかそんな第二の人生が待っているとは思わなかった。
「……魔王か。」
悪くない。
少なくとも、今までとはずいぶん違う人生になりそうだ。
俺はゆっくりと立ち上がり、玉座の間を見渡した。
巨大なシャンデリアに豪華な装飾。床には黒光りする石材が敷き詰められている。
さすが魔王の城。金はかかっていそうだ。
……だが。
俺は壁に目を向けた。
次に床。そして玉座の横にあるカウンター。
「…………。」
何かがおかしい。
素材も悪くないし、見た目も立派だ。
しかし、どうにも気になる。
壁と見切り材の取り合い。床との境界。カウンターの端部。
「……納まっていない。」
思わず口から漏れた。
「え?」
隣に立っていた側近が、怪訝そうな顔をする。
「この城、誰が設計した?」
「代々の宮廷建築士でございます」
「……そうか」
俺は腕を組んだ。
「まずは、ここを直そう」
「……はい?」
側近が間の抜けた声を上げた。
「歴代の宮廷建築士は、見栄えを重視しておりました」
「なるほど。見た目は立派だ。だが、使う者のことを考えていない」
俺は壁を指差した。
「この壁、メラミン化粧板で仕上げられないか?」
「め、メラミン……?」
「そうだ。柄も選べるし、メンテナンスもしやすい。これだけ広い壁だ。清掃性も考えた方がいい」
壁の表面を指先でなぞる。
「それに、この仕上げだと傷が目立つ。魔王城ともあろうものが、数年でみすぼらしくなっては困るだろう」
「し、しかし魔王様! こちらは代々の宮廷建築士が選び抜いた最高級の壁材でございます!」
「最高級かどうかと、適材適所かどうかは別の話だ」
俺は即答した。
「見た目だけで素材を決めるな。使い勝手も考えろ」
魔族たちは顔を見合わせた。
魔王の復活を祝うはずだった式典は、いつの間にか壁材の打ち合わせへと変わっていた。
「まずはサンプルを集めろ。木目、石目、単色。それぞれ見比べる」
「サ、サンプルでございますか?」
「そうだ。現物を見ずに決められるか」
「は、ははっ!」
側近は慌てて部下に指示を出した。
こうして、魔王城の大改修が始まった。
世界征服の第一歩としては、ずいぶん地味なスタートだった。
しかし、俺には確信があった。
城の納まりを見れば、その城主の仕事に対する姿勢が分かる。
まずは足元から整える。
それが大事なのだ。
ところが、改修工事は順調には進まなかった。
次なる問題は、玉座の間のカウンターだった。
「魔王様! ご注文いただいたカウンターの天板が完成いたしました!」
職人たちが、誇らしげに一枚の天板を運び込んできた。
白い石目模様が美しい、重厚な大理石である。
「こちらは遠方の山脈から採掘した最高級の大理石。魔王様にふさわしい逸品でございます!」
職人たちは胸を張り、側近たちも感嘆の声を上げる。
「おお……さすがは最高級!」
しかし、俺は天板を眺めたまま一言。
「……重いな」
「は?」
「ポストフォームにしよう」
「大理石ではなく?」
「ポストフォームだ」
俺はカウンターの端部を指差した。
「この形状なら、ポストフォームの方がいい。前垂れまで一体で仕上げられるし、角も滑らかにできる」
「ま、前垂れ……?」
「角を丸くできるということだ」
天板の角を指で示す。
「ここだ。人がぶつかったら危ない。そもそも、このカウンターに大理石を使う必要があるのか?」
「このカウンターは、お前たちも頻繁に通る場所だ。重量のある石材より、形状と安全性を優先する」
「し、しかし、魔王様の玉座の間でございます!」
「だから何だ」
俺は職人たちを見渡した。
「高級な材料を使えば、いい仕事になるわけではない。必要な性能と予算、そして納まり。それを考えて材料を選ぶんだ」
職人たちは黙り込んだ。
魔王の言っていることは、理解できるような、できないような。
ただ一つ分かったことがある。
この魔王は、どうやら普通の魔王ではない。
さらに改修を進めていると、部下が恐る恐る尋ねてきた。
「魔王様、この壁の裏側も美しく仕上げましょうか?」
俺は図面から顔を上げた。
「……勇者から見えるか?」
「いえ、壁の裏側ですので……」
「ならいい」
「よろしいのでございますか?」
「見えるところだけでいい。予算と工期を考えろ」
「し、しかし、裏側も仕上げるのが職人の誇りでは……」
「誇りと無駄遣いは違う」
俺は図面の一角を指で叩いた。
「必要なところには手間をかける。必要のないところにはかけない。その分、見えるところの精度を上げろ」
部下はしばらく考え込んでいたが、やがて深々と頭を下げた。
「……勉強になります、魔王様」
本当に分かっているのかは怪しかった。
こうして魔王城は、正面から見ると見事な城へと生まれ変わっていった。
壁の柄は統一され、カウンターの角は滑らかになり、床と壁の取り合いもすっきりと納まった。
一方、裏側には魔族たちの努力の跡が、それなりに残っていた。
俺は気にしなかった。
大切なのは、限られた予算と工期の中で、どこに手間をかけるかだ。
そして、ついにその日がやってきた。
勇者が魔王城に乗り込んできたのである。
「魔王! 世界を恐怖に陥れた罪を、今こそ償わせてやる!」
勇者は剣を構え、玉座の間へと踏み込んできた。
魔王軍の兵士たちが一斉に身構え、側近も息をのむ。
長年にわたり語り継がれてきた、魔王と勇者の宿命の対決。
世界の命運を決する瞬間だった。
俺は玉座からゆっくりと立ち上がった。
「……よく来たな、勇者よ」
「覚悟しろ、魔王!」
「その前に、ちょっと待て」
「何?」
俺は勇者の剣を見たあと、カウンターを指差した。
「そのカウンター、触ってみろ」
「……は?」
「いいから」
勇者は警戒しながら近づき、カウンターの端に手を伸ばした。
そして、そっと角に触れる。
「……角がない」
「ポストフォームだ」
「知らんわ!」
勇者の怒声が玉座の間に響き渡った。
「なぜ俺が、魔王の城のカウンターを評価しなければならんのだ!」
「評価しろとは言っていない。触ってみろと言っただけだ」
「同じようなものだろうが!」
俺は首をかしげた。
「そうか? 実際に触ると違いが分かると思ったんだが」
「分からん! 俺は世界を救いに来たんだ!」
「そうだったな」
俺はうなずいた。
「では、少し待て」
「まだ何かあるのか!」
「この部分の納まりを直してからだ」
「なぜだ!」
「気になるからだ」
勇者は剣を握ったまま、しばらく動かなかった。
魔王軍の兵士たちも、どう反応していいのか分からず立ち尽くしている。
やがて勇者は、深いため息をついた。
「……本当に、こいつが魔王なのか?」
側近は小さく答えた。
「私どもにも、よく分かりません」
それでも俺は、戦いを忘れていたわけではない。
ただ、優先順位が少し違っただけだ。
世界征服はいつでもできる。
しかし、一度気になった納まりは、直すまで頭から離れない。
それが職人というものだ。
やがて魔王軍の幹部たちも、困惑を隠せなくなってきた。
「魔王様、最近ずっと工房にいらっしゃいますが……」
「今、面取りしている」
「面取り……でございますか?」
「そうだ。ここを少し落とすだけで、仕上がりが変わる」
俺は作業台の部材を手に取り、角を確認した。
「よし。これならいい」
「……世界征服の準備は、いかがいたしましょう?」
「あとでいい」
「あとで……」
幹部は遠い目をした。
かつて世界中の国々を震え上がらせた魔王が、今では工房にこもり、木材や化粧板と向き合っている。
しかし、妙なことが起き始めた。
魔王の手がけた城は、以前より使いやすくなっていたのだ。
カウンターは扱いやすく、壁は手入れしやすい。無駄な装飾は減ったが、必要な場所にはしっかりと手間がかけられている。
訪れた者たちは、口々に感想を述べた。
「見た目が美しいだけではない。実に使いやすい城だ」
「このカウンターの曲線は見事だな……」
「壁の仕上がりも素晴らしい。いったい、誰が設計したのだ?」
その評判は、魔王城の外へと広がっていった。
「魔王様、隣国の王から依頼が届いております!」
「何の依頼だ?」
「城の改修をお願いしたいとのことです!」
「断れ」
「えっ?」
「今は自分の城で手いっぱいだ」
「しかし、報酬も相当な額でございます!」
俺は少し考えた。
「……図面を送らせろ」
「はっ?」
「図面を見てから判断する」
部下は慌てて頭を下げた。
その数日後、さらに依頼が舞い込んだ。
「魔王様、今度は商人からです! 新しい店を建てたいとのことで……」
「店舗か」
俺は図面を受け取り、じっと眺めた。
「カウンターの高さが合っていないな。動線も悪い。これでは客も店員も苦労する」
「そ、そこまでお分かりになるのですか?」
「図面を見れば分かる」
俺は机に向かい、図面を広げた。
もともと図面を読むことには慣れていた。
側近に道具をそろえさせ、見よう見まねで図面を描き始めた俺は、やがて施工図まで手がけるようになった。
幸い、魔王城には魔力で動く奇妙な製図装置があった。
前世で使っていたものと、操作方法までそっくりだ。
しかも、魔王である俺には、世界を滅ぼしかねないほどの魔力が備わっていた。
その力を使って製図装置を動かし、AutoCADを起動する。
寸法を確認し、部材の取り合いを検討し、無駄を削っていく。
「ここは納まりを変えよう」
「ここはメラミン」
「ここはポストフォーム」
「ここは見えないから仕上げなくていい」
側近たちは、最初こそ戸惑っていた。
しかし、図面どおりに仕上がったものを見るたび、その意味を理解するようになった。
魔王の言葉には、きちんと理由があったのだ。
気がつけば、魔王は魔王ではなくなっていた。
魔王から城主へ。
城主から設計者へ。
設計者から職人へ。
そして最後には、異世界中から依頼が舞い込むようになった。
「魔王様、我が王宮もお願いします!」
「うちの店もお願いします!」
「王宮のカウンターをポストフォームに……!」
「……最後の依頼は、少し考えさせてくれ」
俺は苦笑した。
いつの間にか、世界征服よりも忙しくなっていた。
それでも、不思議と嫌ではなかった。
夕暮れ。
工房の窓から、改修を終えた城を眺める。
壁の仕上がりも、カウンターの曲線も、床との取り合いも、納得のいくものになっていた。
俺は腕を組み、しばらく黙って眺めていた。
「……結局、魔王には向いてなかったな」
そうつぶやき、少し笑う。
「まあ、職人も悪くない」
世界を支配することはなかった。
勇者との決着も、まだついていない。
それでも、目の前には自分の手で作り上げたものがある。
自分が考えたものが形になり、誰かに使われ、喜んでもらえる。
その面白さを、俺はすっかり忘れていたのかもしれない。
「魔王様! 次の依頼が届いております!」
工房の扉が開き、側近が図面を抱えて駆け込んできた。
「今度は何だ?」
「隣国の王宮からです。どうしても魔王様に改修をお願いしたいと!」
俺は苦笑した。
「……世界征服より忙しいな」
図面を受け取り、机の上に広げる。
そして、ある部分に目を留めた。
「……なんだ、この納まりは」
世界征服は、また後回しになりそうだった。
まあ、いい。
納まっていないものを、納める。
それが、今の俺の生きがいだ。
――こうして、異世界に一人の伝説的な職人が誕生した。
魔王だった男の、第二の人生である。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
この物語に登場するメラミン化粧板〔よく机の盤面に使われてます〕やポストフォーム、納まりへのこだわりは、実際の内装・家具づくりの世界から生まれたものです。
ものづくりの現場では、見た目だけでなく、材料や加工、施工性、そして予算や工期も大切になります。
……とはいえ、世界征服より納まりを優先する魔王が本当にいたら、魔王軍はたまったものではないでしょう(笑)。
人生、思いどおりにいかないこともあります。
それでも、これまでの経験が思わぬところで役に立つこともある。
そんな気持ちも、少しだけ込めました。
もし楽しんでいただけたら、評価や感想をいただけるとうれしいです。
それでは、また次の物語で。
木口タカシ




