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籠の鳥

作者: 穏世青藍
掲載日:2026/06/20

 横から知らない男の人が近づいてきた。

 背後に回った。

 

 やばい・・・。


 そう思った。

 プールの水面が強く光って揺れていた。

 プールサイドから離れた所の足の付かない水の中に、降ろされた・・・。

 

 死んでしまう・・・。


 慌てて両腕を必死にバタバタさせた。

 不細工な犬かきだった。

 死にたくなかった。

 そうすると、プールサイドにいるお父さんの側まで、何故か、たどり着いた。

 泳ぎ方を習ったことがなかった。

 私は3歳。

 習ったことがないのに泳げた。

 

 天才だ。


 そう思った。


 この頭の良さを世の中のために使って、困っている人を助けたい。


 大きく出たものだ。


 知らない男の人とお父さんは知り合いだったようだ。

 お父さんに怒鳴りたかった。

 言葉にならない声を。

 とてつもない恐怖心を。

 でも、出来なかった。

 お父さんは、強い言葉を言ったら、気絶しそうな顔をしていた。

 一瞬にして怒りが抑えられた。


 あぁ、きっと、おばあちゃんが私に魔法をかけていたのね。


 私のおばあちゃんは魔女だ。

 お父さんに怒鳴ったら、心が折れてしまうから、私に我慢するように魔法をかけていたのね。

 押さえ込んだ言葉は、刃となって、私の心臓にダメージを与えた。

 ずっしりと重い、初めての圧力。

 背中の左上に感じる。

 体中から心臓へ伸びる神経が緊張して、キリキリと摩擦していた。

 左目の裏には、知らない女の人の顔が登場した。

 その人が、私の頭の中を、ことあるごとに、乗っ取ろうとした。

 そのように感じた。

 私は完全に魔法にかかってしまった。

 私に掛けられていた魔法が発動してしまった。


 私は魔法に頭を乗っ取られるのか?

 私は私でなくなるのか?


 それは困る。

 私は私で生きたい。

 頭の中が抜け殻のままで生きたくない。


 お父さんに、怒鳴れば良かったのか?


 でも、きっと、それは、お父さんの頭の中が死んでしまっただろう。

 私には出来ない。


 この怒鳴らないという考えを持つ拒絶反応は、おばあちゃんがかけた魔法のせいなのか?

 私の優しさなのか?


 私が怒鳴れなかったのは、もう一つ理由があった。

 怒鳴ってしまったら、周りの人との人間関係が壊れてしまうと、思った。

 私の持っていた怒りの塊は、とてつもない破壊力を持っていると思った。

 周りの人にその塊を見せてしまったら、周りの人が引いてしまうと、分かった。

 だから、とどまった。


 それを思う心は、魔法のせいなのか?

 私の心か?


 私はそれほど長く生きてきていない。

 でも、これくらいは分かる。

 でも、お父さんとお母さんの頭を受け継いでいるから、分かったのか?

 だから怒鳴れなかったんだ。

 心がとても困っていた。

 頭の中から目を通して見る世界は青黒かった。

 

 そして、その夜。

 お母さんがお父さんに怒鳴っていた。

 お母さんも魔女だ。


 この人が怒鳴り散らすせいだ。

 お父さんの受け止められる頭の中の場所の分が、取られてしまっている。

 だから、私が言いたいことが言えない。


 そう思った。

 お父さんの受け止められる以上の塊をぶつけているから、私の塊を言わせてもらえないんだと思った。

 お母さんがとても憎らしかった。

 

 この人のせいで、この人のせいで、私はこんなに苦しんでいる。

 

 しかも、お母さんの言っていることは、ただの我儘や嘘だ。

 そのただの我儘や嘘のせいで、私は頭がおかしくなりそうだ。

 

 お母さんはずる賢い。

 まるでお父さんが悪者で、お母さんが被害者のようにわめき散らしている。

 

 そう思った。

 そして、魔法をかけている。

 操ろうとしている。

 お父さんは、うつむいて、ただ黙って耐えている。

 魔法を見破っているようだ。

 お母さんの魔法は、お父さんには効かない。

 でも、お父さんは魔法をブロックするのに、頭の中がヘトヘトになっていた。

 だから、お父さんは、私のことにかまってられない。

 私は生きていくのに必要なことを、親から、何も教わっていないことに気づいた。

 お父さんに聞きたくても、ヘトヘトのお父さんの頭の中が壊れてしまうから聞けない。

 お母さんには、何を教えられるのか分からないから、怖くて聞けない。

 教えられたことは、全て、反対にしようと決めた。

 お母さんが憎らしい。

 本当に嫌いだ。

 人のものを奪おうとする。

 人の分まで奪っている。

 欲望が深くて、底が見えない。

 私に出来ることは、お父さんの頭の中が大丈夫になるまで耐えることだった。

 そのためには、生き延びなければならない。

 そのためには、生きていくのに必要な情報を覚えなければならない。

 それを使って社会で生きていかなければならない。

 

 欲しい。

 欲しい。

 情報が欲しい。

 正しい情報が欲しい。


 どうすればいいのだろうか。

 お母さんには聞けない。

 私の頭の中を乗っ取ろうとするから。

 私の弱さを見せてはならない。

 見せたら、つけ込まれる。

 私は情報を集めていることを、知られてはならない。

 私が、お母さんが私を操ろうとしていることを見破っていることを、知られてはならない。

 私は、私にかかった魔法を解きたい。

 そうでなければ、お母さんに操られる前に、私は頭の中を魔法に食い尽くされてしまう。

 頭の中が死にそうだ。

 私が私でなくなる。

 心を失った私にはなりたくない。

 そして、操られることが、とても恐ろしい。

 

 魔法はなんて恐ろしいものなんだ。


 使う人次第で、闇に落とされる事もある。

 情報を集めなければ。

 勉強しなければ。

 でも、情報は、入ってこないようにブロックされているみたい。

 お母さんが、見張っていて、必要な情報は、全然、入ってこない。

 

 どうしよう・・・。


 お母さんから逃げるために勉強していることがばれたら、強い魔法で自由を奪われるかもしれない。

 私の左目の裏には女の人がいる。

 おばあちゃんが私に植え付けた幻影魔法。

 いつも私の左目の裏から、私と一緒に、世界を見ている。

 それが、お母さんの闇の魔法を見破った。

 おばあちゃんが植え付けた人形幻影魔法が見破った。

 おばあちゃんが、私を助けた。

 でも、今、私の頭の中は、おばあちゃんの魔法とお母さんの魔法の間に、挟まれて苦しい。

 

 誰か助けて。

 お父さん助けて。

 

 お母さんは、私を訳の分からない嘘で攻撃しだした。

 お父さんがお母さんを相手にしないから。

 そのとばっちりが、私へ向かった。

 私は意味不明な馬鹿な言い分を、見抜いていることは伏せなければならなかった。

 頭の中の幻影魔法を解いて、情報を集めて、社会人として生きていけるための常識を判断できるようになるまで。

 今は、常識が足りないから、何が普通で何がおかしいのか分からないこともあるだろう。

 だから、判断出来ている自信はあっても、最後の最後で知らないことを知っているという考えが、反撃の機会を奪う。

 自信がなくなる。

 不安定になる。

 それを乗り越えられるようになるまで、伏せなければならなかった。

 頭の中を乗っ取られないために。

 私が私として生きていくために。

 だから、ただ、泣いて、それは嫌いだとかしか、反撃できなかった。

 助けてとは言えなかった。

 側にいるお父さんに言えなかった。

 頭の中がヘトヘトになっているお父さんに言ってしまったら、お父さんの頭の中が壊れてしまうと思った。

 私の頭の底から思っているのは、おばあちゃんがかけた魔法の、左目の裏の女の人の心のせいなのか?

 私が受け継いだ遺伝のせいなのか?

 

 おばあちゃん、苦しいよ。

 おばあちゃんの魔法のせいで苦しいよ。

 死にたいよ。

 私は私のままで死にたいよ。

 頭の中を食い尽くされたくないよ。

 私は私でいたいよ。

 無理矢理、頭の中を変えたくないよ。

 何で、お母さんの為に、私が私を変えなければならないの?

 どうすればいいの?

 誰か助けて。

 吐き出したいよ。

 苦しいよ。

 愛してよ。

 おばあちゃん、助けて。

 私に、未来を生きさせて。

 私、このまま大人にならない頭の中の人にはなりたくない。

 私は、普通の大人になりたい。

 悔しいよ。

 私に手を伸ばして。

 助けに来て。

 私に今できることは、何なの?

 ・・・、まず、防御の魔法を身につけよう。

 そして、お父さんを助けよう。

 お父さんの頭の中を自由にしてあげよう。

 ・・・、お母さんは、きっと、頭の中の病気なんだ。

 いつか私が頭の中の整理が付いて、しっかりすれば、お母さんも支えられる。

 でも、お母さんも頭の中の病気を治す努力をして。

 他の人ならば、2年くらいでいいだろう。

 お母さんは、家族だから、5年かな。

 治す気が無くて治っていなかったら、その時は、見限って離れよう。

 でも、一定の、節度ある対応はしていこう。

 それでも、お母さんだから。

 だから、それまで待っていて。

 私が助けるから。

 そして、丸く治めてみせよう。

 でも、離れるのならば、魔法を使おう。

 その時はもう、魔法学校に上がっているから。

 できるだけ、穏やかに。

 でも、本当は、私は、家族を守りたい。

 そして、楽しく暮らしたい。

 だから、頭を乗っ取られるわけにはいかない。

 乗っ取られたら、お父さんもお母さんも助けられなくなってしまう。

 お母さんを許すことも出来なくなってしまう。

 お母さんと私の勝負だ。

 勝ってみせる。

 そして、お母さんを闇の世界から救ってあげる。

 闇の魔法の効力を弱めてみせる。

 魔法は正しく使わなければいけない。

 人を幸せにする為にこそ使われるべきだ。

 でも、頭の中は操っちゃいけない。

 たとえその人が不幸の中にいても。

 その人はその人だ。

 その人の人生だ。

 選択はいつもその人がするべきだ。

 私は助言が出来る人になろう。

 助言を求められる人になろう。

 そのために、私は、勉強したい。

 何から始めれば良いのか分からない。

 でも、困っている人を助ける人になりたい。

 魔法はどこまで出来るだろうか。

 魔法はどこまで使って良いのだろうか。

 皆を幸せにしたい。

 おばあちゃんのかけた魔法は、私を私たらしめる為に必要な支えになった。

 おばあちゃんは、私に起こることを見抜いていた。

 いつか、私がしっかりしたら、その魔法は、きっと解けるようになっている。

 左目の裏の女の人は消えるだろう。

 おばあちゃんは何の魔法をかけたの?

 私を救ってくれて、ありがとう。

 私、頑張ってみる。

 出来るところまでだけれど。

 駄目だったら、私の世界は終わるだろう。

 でも、そうなる前に、逃げてみる。

 ごめんね。

 おばあちゃん。

 私、いったん、逃げてみる。

 きっと、左目の裏の女の人は付いてくるだろう。

 食い尽くされないようにバランスを取ってみる。

 そして、いつか、戻ってくる。

 家族を幸せにしてあげたい。

 出来るだろうか。

 それが出来たら、困っている人を助けたい。

 そのために生きてみる。

 それが私の生きる理由。

 私には出来るかな。

 プールの中から生き延びられた私には出来るはず。

 だって、私は、天才だから。

 

 あぁ、私は籠の鳥。

 

 魔法の中の籠の鳥。


 いつか全てを許して、全てを解き放つ。

 

 闇の魔法を解いてみよう。


 誰かを助けて、いつか私を解き放つ。


 籠の中から飛び立てる。


 魔法の世界を、きっと、きっと、俯瞰する。

 

 そして私は魔女になる。


 人を救う魔女になる。

 

 私はきっとそれでいい。

 

 人の心は、きっと、いつか、晴れやかだ。

 

 そして、それは、 少しは私が魔女になれた証かな。



                     終



 最後までお読みいただき、有難うございました。

 皆様にとって、良い魔女が現れますように。

 

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