理想の体現者
「へ、ヘラクレス様、お待ち下さい」
朝食を食べようと宿に隣接している食堂へ行く二人の足が、聞き覚えのある声でその歩みを止めた。また、トゥルムは背中が震えるのを感じた。
「ネメア将軍…の、声が聞こえたと思っ……」
ゆっくり振り返った俺とは違い、トゥルムは獣の勘のような動きでばっと振り返った瞬間、画面いっぱいにうつるのは見たことがない大男。
オレンジと金を足したような髪と整った顔立ちに、それを台無しにしかねない無精髭。
「ヘラクレス様!」
周りは慌ててその場に伏せて頭を下げており、状況が把握出来ない二人だけが直立で固まっている状況だ。
こんな時は右に習え、同じようにしようとしたのを制止し、周りにも構わん構わん楽にしろとあっけらかんに笑う。
「私が約束を取り付けるとあれほど……」
「出掛けたりするかも知れんだろ?任せていたらいつになるかわからん」
頭を抱えるネメアが背後から現れる。
ネメアは相当な見た目なのに、それを上回る程の体躯。
「二人は今から飯か?」
「朝ごはん、もしくは朝食とお仰って下さい」
なんだか苦労している姿はどこか既視感がある。
「えっと、はい…」
「よし、バルコニーで話しでもしながら飯を食おう」
「………」
ああ、またネメア将軍の眉間の皺が増える。
「すまんな、急に押し掛けて」
バルコニーは完全に締め切られて、いつの間にか完全プライベートな空間となっていた。
並んだ朝食を食べろ食べろと促され、お言葉に甘えてと4人は朝食を食べはじめる。
「まず最初に、オリンポスの民を守ってくれたこと、再度私からも礼を言わせて欲しい。ありがとう。例のゴブリン軍団は殲滅した」
少しだけネメアがキリッとした表情をみせる。
そういえばあのあと、彼らは追跡しに行ってたっけ。
「さて本題だ。ぶしつけな事を聞いてしまうが、君たちは観光目的ではないのだろう?」
その視線はトゥルムではなく、俺をじっと見つめていた。
ネメアの時も感じた、あの視線だ。
「いえ、たまたまです」
トゥルムがそう言ったが、言葉を発したほうを一切見ようとはしていない。
ヘラクレスの真っ青の瞳は未だにこちらを見つめたままだ。
「剣を使った王宮剣術は6つあったな」
「!!」
口に含んだ朝食がさして噛まれもせず、ゴクリと音を立てて胃へと落ちた。
「小太刀、剣、細剣、刀、二刀、大太刀。剣はオリンポスだから違う」
朝から豪快にステーキを口に運び、うーんと少し考える。
「小太刀は違う、二刀流でもなかった」
「ヘラクレス様…」
トゥルムが発したと同時。
「 か」
一瞬だけネメアの目が細まり、眉間の皺が消えた。なるほど。と。
「……!!」
「いや、なぁに、気にするな。独り言だ」
「長くなりますが…、聞いて頂けますか?」
「そのつもりで来た」
呪いの経緯、旅の理由。少しちぐはぐな説明になったが、ヘラクレスは黙って聞いていた。
黙って聞いていたが、少しだけ出自の話しには眉が動いた。
「親父がバカだと、被害者はいつだって子供だ」
「ヘラクレス様。ゼウス様をそのように……」
ネメアの立場上そこまでは言ったが、その後の言葉はつぐんだ。
あとは困ったように目を泳がせる。
「その預言者は正確か?」
「………というより、神託を受けたような感じでした」
今思い出しても何かに操られたような…。
石盤を見ろと言ったあと、「あんただれじゃ。ここはどこじゃ」と言って居たのは気味が悪かった。
「石盤か。見なければならないんだな?」
「はい」
「………わかった、面倒だが俺が通そう」
「ヘラクレス様!?」
「明日の昼までには話をつけ、ネメアを迎えに出す。神殿を案内しよう」
「あ、ありがとうございます」
まだ時間がある。聞きたいことがあるなら聞いて良いぞとにこやかに笑った。
「あの、なら…、ネメア将軍の事を聞きたい…」
「ほう」
「俺は、まだ3ヵ国しか知らないけれど…。でもこの国を変えたネメア将軍は凄いと思う。誰も俺に石を投げない。ベッドで寝て良いし、温泉に入れる。ご飯は机で食べて良い。ギルドに行けばお茶やお菓子が出る。たった一人亜人の将軍がいる、それだけで国は変わる」
「!!!」
「頑張ったかいがあったな、ネメア」
「おかわりのお茶をもらって参ります」
すっと踵を返したネメア。その目元に光るものがある事にトゥルムだけが気付いた。
どれだけの問題を越えてきたのだろうか。オリンポス兵士の大歓声にも揺らぐ事のなかった軍人の背中は、トゥルムにはとても大きくうつった。
「そうだな、ネメアとはじめてあったのは……」
そこからの話しは興味深いものだった。
ヘラクレスは亜人奴隷制度をどう考えていて、どうしたいのか。
国と制度改革で何をして、そしてネメア将軍の誕生。
「俺の理想がいたことが嬉しい。自分がちっぽけな存在に感じたよ」
「私も、何をすべきか考えさせられました」
ヘラクレスたちと別れたあと、心には今までとは違う感情が少し芽吹いた。
それが希望なのか、覚悟なのかはまだ分からない。




