街道沿いの戦い・前編
「うわっ……」
宿の部屋を出た瞬間、視線が突き刺さる。
黒い狼亜人――
それだけで、十分らしい。
まだ石が飛んでこないだけ、今日は運がいい。
「宿に泊まるなよ……。黒なら仕方ないか」
聞こえるように吐き捨てられるが、この姿になって2年以上。気にするのも面倒だ。
「お客様、申し訳ありませんが……」
店主はこちらとは目を合わさず、バツが悪そうに下を向く。
相場の三倍は払って貰っている手前、ハッキリとは言いにくいのだろう。
「今まで宿泊させてくださり、ありがとうございました」
トゥルムはにこやかに礼を言う。
だが、その指先がわずかに強く握られているのを、俺は知っている。
「行こう」
トゥルムが笑顔のうちにさっと宿を後にした。
「行く前にギルドに挨拶だけしておきましょう」
「ここのギルドには世話になったしな」
【ギルド】
傭兵、護衛、討伐、採取、手伝い、国から一般人まで幅広く依頼を請け負う、何でも屋のような組織。
ギルドは世界全てと連携しており、登録すれば【冒険者】という職業になる。
「そう、もう行かれるんですね…」
また冒険者は国家に所属するのではなく“国籍のない者”扱いの為、世界中の依頼を受ける事が可能となる。
ただし、行動出来る範囲はギルドランクに依存しているので、ランクが低いと出身地によっては入れない国もある。
「はい、随分とお世話になりました」
受け付けの女性スタッフがほぼ全員出て来て、トゥルムと別れの挨拶をしている。というか、ここにいる冒険者含む女性全てと言っても過言ではない。
その様子を気に入らなさげに筋骨粒々の冒険者達がみつめる。
所謂、嫉妬というやつだろうがトゥルムの見た目では文句も出まい。
「次はオリンポスでしたっけ?」
「はい。街道を行こうと思っています」
「お気をつけて下さいね…。最近街道も物騒な噂があります。A級ランクなので大丈夫だとは思いますが…」
ギルドランクというものがある。
一番上がLG級。SSS→SS→S→AAA→A~Fで一番下はG級。
基本的にはこなした依頼でポイントが貰え、一定数貯まるとランクが上がる。
A級は真ん中くらいのランクではあるが、一番数がいる冒険者はB級かC級なのでランク的には比較的高い方だ。
「ありがとうございます」
ニコッと笑ったトゥルムに黄色い声援が上がった。
「エリシオンからオリンポスへはこの道しかないの、不便だな」
10メートル程の城門を出れば、ある程度舗装された街道。
その左右は茂みやらなんやら鬱蒼としている。
「馬車でも出てればまだマシなんですけどね…」
「エリシオンとオリンポスは今休戦中だが敵対してるからな」
皇国を謳うエリシオン。神聖国家を名乗るオリンポス。
エリシオンは最多4人の“守護者”がいる最強の軍事国家だが、“この星の神”から賜った「石盤」があるのはオリンポス。
「いがみ合いもそろそろ終わりにしたら良いのに」
「しゃーないんじゃない?どっちが一番とか、俺は興味ねぇけどさ」
お互いが一番だと言い張る二ヶ国が対立するのは目に見えているとはいえ、それに煽りをうける国があったりと良い迷惑だ。
「ただ、最近街道にもモンスターがうろついているのは気になる」
と、言ったそばからガサガサと茂みが揺れ、ゴブリンが数体近くの茂みで何かしているのが見えた。
「エリシオンから街道へ国軍から討伐隊が出たと記憶していますが…」
「パフォーマンスだろ」
そうこう会話しているうちにこちらに気が付いたのか、キェェー!と甲高い声を出して5体飛び出して来た。
「対してポイントにはならねーけど、討伐しとくか…」
「下がってください」
トゥルムが瞬時に杖を開く。
「アイスボール」
空気が凍りついた。
無数の氷の玉が閃光のように走り、ゴブリンの悲鳴を断ち切る。
一瞬だった。
「お、さすが氷の魔術師」
A級冒険者以上には二つ名みたいなのが付くのだが、トゥルムに付いたのが“氷の魔術師”。
「初級魔法です」
「街道に出てすぐこれか。先が思いやられるぜ」
「………」
「どうかしたか?」
トゥルムは倒れたゴブリンを見下ろす。崩れて“魔石”のみを残す。モンスターの核のようなもので、モンスター討伐の証拠にもなるものだ。
「ゴブリンは、自分より明らかに強い相手は襲いません」
「……つまり?」
魔石を太陽に掲げると酷く濁っていて、こんな色の魔石は初めて見た。
「私たちを“狩れる”と判断したか――あるいは」
風が止む。森が、静まり返る。
オリンポスまで徒歩で行けば10日の距離。
先が思いやられそうだ。




