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Please Open the Door

作者: 沙華やや子

どうか元気になって……

 

 扉の先にまた扉がある。


 さっきから息を切らし、茶色い木製の扉を開け続け駈けている。扉と扉の感覚は約3メートル。

 幾つ開け続けてきただろうか。


 明日29回目の誕生日を迎える(まゆ)は、悪夢かと思う、この状態を。

 これは現実なのか?

 ここがどこなのか? いったい出口にいつ辿り着けるのか。気ばかり焦る。

 いつから走り続けているのかも分からない。


「ハー! ハー、ハー、ハー……」

 何者かに操られでもしているかのように、止まらぬ足。


 ずっと、ずっと、胸の中に恋しい彼が疼く、蠢く。


武流(たける)に逢いたい!)


 1つ年下である繭の恋人だ。彼は今、不治の病で病院の個室の中。


「逢いたい! 逢いたい! 武流! 逢いたい!」


 黒髪ロングヘアーを振り乱し走り続けている。扉の向こうに武流が居るのか?

 繭の紅潮した頬の涙に、ベタッと束になった髪の毛が張り付いている。


「武流っ!」


 10何個目かの扉を開けた時、ついに武流を見つけた。

 そこは病室ではない。仄暗い地下のような場所。煉瓦の壁に取り付けられた綺麗なランタンが温かな光を放っている。


(……え? なんで、そんな!)


 武流が、美麗な花束を抱き棺の中で瞳を閉じているのだ。体は見えない。なぜかというと、武流の体一面、色とりどりの美しい花が覆っているからだ。


「武流?! 武流っ!」

 棺に走り寄り、花を振り払うようにどけると武流は裸。


(きのうお見舞いに行ったばかりの武流が棺桶の中に居るだなんて、それも裸で、どういう事?!)


『明日は繭の誕生日だね!』と、官能的にくちづけてくれた。

 武流の命は持ってあと1年と医師から言われている。武流自身もそれを知っている。


 二人はきのう、切なくも優しいひと時を病室で過ごした。


「武流? お願いよ。行かないで。あたしを独りぼっちにしないで! 目を開けて!」


 レンガの部屋中に響き渡る悲痛な繭の祈り。


 すると、ゆっくり……武流が瞳を開けた。そうして、包み込むように繭を抱く。


「繭……。愛してる」

 懐かしいような、少しタバコでしゃがれた声。

(武流の声なのに、きのう逢ったばっかなのに、なんでこんなに懐かしいの?)


 繭は強い力から必死で少しだけ離れ、確認するように見つめた。

 いつもの潤むような愛情を湛えた武流の瞳だ。


「武流、あたしね、沢山のドアを開けて走って来たの。これはなぁに?」


 武流の眉が下がり、悲しげな表情になった。


「繭、繭……。落ち着いて聴いてね……。オレはもうすぐ居なくなる」


「嘘よ! そんなのいや! いやよ! 武流」


「繭……未来を見るな」


「え?」

 武流の言っていることが繭には分からない。


「いつもの繭はドアを開けなくて良い。今日はオレが呼んだんだ。わざとたくさんのドアを開けさせた。繭……何枚ものドアをもう、開けようとしなくて良い」


 花に埋もれている武流の棺に繭も入った。余りにも愛おしい。離れたくない。

 繭は仰向けの武流の上に抱きついている。涙が止まらない。胸にキスをする。


「甘えん坊の繭。大好きだ。君の弱さも強さもどんな感情もぜんぶ好きだ!」


「うん、うん」


「ただ……オレは辛い。はっきり言って頼りない、可愛い繭を遺して行くことが」


 繭は黙って、花の香がする武流の胸に顔をうずめ、武流の言葉に耳を傾けている。


「先に不安を持たず夢を見て欲しいの、繭。こんな体のオレが、偉そうにさ、むごい事言うようだけど……」


 ランタンの灯りが少しずつ暗くなって行く。


「今を生きて! 繭」


 繭は、何枚もの扉を駆け抜けたさっきの自分が、これまでの自分の苦しい生き方だったような気がした。


「うん。わかった、武流」

 涙が溢れても、穏やかに返事をする繭。


「いつも愛しているよ、繭」

 

「武流、こんなに愛してる……こんなに、あたしも」


 花の香りの甘さがどんどん濃厚になって行った。二人はもう何もしゃべらない。

 武流の命の灯し火がもう消える事を、繭も感じ取った。

 けれど不思議と二人抱き合っていると、安堵を感じた繭。

 ひたすら、瞳を閉じ大切な恋人に寄り添っていた。


                *


 30分。繭の体感からするとそれぐらいで目を開けた。

 そこはレンガ造りの地下などではなく、繭の自室だった。


 時計を見ると午前0時。


 ねぼけまなこでボーっとする()なく電話が鳴った。

 武流の入院する病院からだ。


 ――――最愛の武流の死が知らされた。


 すぐさま病院へタクシーで駈けつける繭。


 武流の唯一の家族であるお母さんが、もう目を開けない武流のそばに居て震えていた。


「繭ちゃん!」

 繭とお母さんは抱き合った。


「繭ちゃん、武流と話しをしてやってちょうだい」

 お母さんはそう言い、個室を出た。


 繭は、思いきり泣きわめき、動かぬ武流にしがみついた。

 ヒックヒックと泣きながら武流に伝える。


「武流、あ、あたしは……今を生きる。過去でも、未来でもなく、ね。あ……たし、にとってね、永遠なの! 武流、は。それって『今』で、はないかな。許して、ね。たけ……る、の言う事、を聴けなくても。ア――――ッ! ア――――ッ!」


                  *


 それから1年と半月が過ぎて行った。

 繭は武流を愛し続けている。


 でももう、不思議な扉も見ないし、武流が夢にすら出て来てくれない。


 ただ……武流を失ってからというもの、繭の部屋にはまるでアロマディフューザーでも置いているかのような素敵な匂いがするようになった。


 なにかの小説や映画みたいに、ドラマチックに元気になんかなれない。

 でも、永遠の相思相愛ってあるのかも知れない。




ドアが自然とひらく時が来る

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