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鳥のさえずりと、両親の声。
凪はゆっくり目を開けた。
いつもと変わらない部屋の天井。
記憶の世界。
あの青年は確かにそう言った。
「あれは彼の記憶であり、私の記憶」
凪はスマホのアラームを止めた。
「悠が決断しなければいけないことって、いったいなんだろう。それで、私とあの人がどういう関係なのかも、はっきりする」
「なぎー! 起きてるの! 遅刻するよ」
「やば! もうこんな時間」
凪は跳ねるように階段を降りていく。
ピンポーン。
玄関のチャイムだ。
「なぎー! 悠君!」
「え? 朝練じゃないの?」
凪は急いで髪を結んで下に降りた。
母が玄関を開けて待っていた。
「悠君いつもごめんね。凪が寝坊助で」
「いえ。今日は俺も連絡しなかったんで」
凪は靴べらで靴に足を通す。
「じゃあ、行って来ます!」
母が玄関を閉めてくれた。
「なんで言ってくれなかったの?」
「ちょっと、驚かしてやろうと思ってな。今日は朝練が休みだったんだ」
凪は空を見上げた。
快晴とはいかないが、雨は降りそうもない。
「野球の事情はよく分からないけど」
「けど、なんだよ」
俺は時を待っているんだ。彼の決断を。
「なんでもない」
⸻あなたが待つなら、私も待つ⸻
バスを降りる。
通学路は前橋黎明高校の生徒が何人も歩いていた。
「あのう」
凪と悠真は振り向いた。
「佐藤悠真君ですよね…。一緒に学校いきませんか?」
同じ制服だが、凪は全く面識のない。
悠真も戸惑っている。
女子生徒は続ける。
「今日野球部の人から朝練がない、って聞いて、だから」
女の子は凪と悠真の間に、強引に入って来た。
無視するわけにもいかず悠真が悩んでいた、その時。
「ねえ、悠真が困っているんじゃない?」
咲良だった。
女子生徒はたじろぐ。
咲良は威圧せずに言った。
「初めから約束していたの?」
「…いいえ。あ、あの。ごめんなさい!」
女の子はすごい速さで走って行く。
咲良は苦笑していた。
「あの人、陸上部なれるかもね。凪ちゃん、大丈夫?」
咲良は悠真のさらに車道側に並んで歩く。
「大丈夫だよ、ありがとう。咲良ちゃん」
「俺の心配はしないのかよ」
咲良は腕を組んだ。
「いつもいい格好するから、そういうことになるんでしょ? 自業自得、って言うのよ」
悠真はキメ顔をした。
「しょうがないだろう。俺、かっこいいんだから」
「ナルシスト」
咲良は冷たく言った。
「私が助けてあげなかったら、困ってたくせに」
「モテる男って、辛いよな」
悠真はニヤつきながら天を仰いだ。
咲良と教室の前で別れ、凪は手を振った。




