表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/24

1

挿絵(By みてみん)


満月が泉に映る。

波紋は止まった。


守りたかった。

命に代えても守りたかった人たちを。


太陽に照らされた精悍な面差しの青年たちが、

確かに私の名を呼んで——。


弦が弾かれた。


思い出してはいけない。

それだけは、絶対に。


揺蕩う光は吸収され、溶けて消える。

永遠に。


呼んでいる、彼らが。

応えられない。

その資格はないのだ。

涙が止まらない。


⸻私はあの時、溶けてゆくべきだった⸻



夜空に星は一つもなく、白銀の満月のみ。

深い深い森に囲まれているのは、大きな泉。

穢れのない乙女のように美しいその泉に佇んでいるのは、一人のボロボロの服をまとった青年だった。


⸻なぎ。


泉がゆれ、

一面光に包まれた。



スマホのアラームで目が覚めた。

朝日が眩しい。


⸻あの人、やっぱり悠に似ている、というか同じ顔、同じ声。でも違う、いったい何が⸻


「なぎー! 起きてるの! 悠君来ちゃうわよ!」母が1階から呼んでいる。

凪は時計を見た、もう10分も過ぎていた。

「やばー! 高校入学初日から遅刻なんてありえない!」

部屋から飛び出して、1階のダイニングへ行く。「いただきます」の声と共に急いで食べ始めた。

新聞を読んでいた父が笑った。

「相変わらず朝は慌しいな」

凪は味噌汁をすすってむせた。

「朝起きるの苦手なんだよね」

凪の箸が止まる。


⸻昔からあの人の夢をみる。私が子どもの頃から、あの人は変わっていない。むしろ悠が⸻


母が手を叩いた。

「凪。手が止まってるわよ」

「ごちそうさま!」

キッチンへ食器を置いて、急いで歯を磨く。

軽い足取りで2階の自室に戻り、掛けておいた制服をとった。

県で一番可愛いと評判の制服。

着てみて、鏡の前に立つ。

顔や体型は変わらなくても、制服が違うだけで可愛くなった気がする。


⸻やっぱり可愛い制服の学校にしてよかった⸻


後ろを見たり、裾をひらりと揺らしてみる。

玄関のチャイムが鳴った。

「やば! 悠が来た」

凪は窓を開けた。

「おはよー! 今行く」

キッチンで洗い物をしている母に声をかけた。

新しい生活に胸が弾む。

「じゃあ、お母さん。行ってきます!」

「車に気をつけるのよ」

玄関を開けると、家の前に悠真が立っていた。視線を上から下へ動かして、凪を見定めている。

凪はそっぽ向いた。

「ふん! 馬子にも衣装って言いたいんでしょ?」

悠真は家の外壁に壁ドンした。

「似合ってるぜ」

凪は手を払った。

「いつまでそんな古典的な方法やってるのよ。そんなんじゃ、モテないわよ。古くさい男って」

凪は自分の冗談で笑ってしまった。

「馬鹿だな、お前。手法じゃない。誰がやるかが問題なんだよ。俺くらいカッコいいと、そんなこと些細な問題だ」

悠真は容姿が魅力的であることを自覚している。

程よく焼けた肌に、筋肉で引き締まった体。鼻筋はスっと通っていて、何より人を惹きつけるのは、彼の瞳に宿る溢れる生命力の輝きだった。

凪も悔しいが、かっこいいとは認めている。

「高校でも野球やるの?」

「もちろん」

「リトルからやってるんだから、強豪校にすれば良かったのに」

「いいんだ」

「え? まさかいじめられてたの?」

悠真は苦笑いしながら、手を振った。

「分かっているんだよ。俺の実力ってやつをさ」

悠真は凪の頭をポンと叩いた。

「朝練ない日は迎えに行くから」

凪は慌てて手を振り解いた。

「だ、だから、あんたなんていなくても大丈夫。保護者は面は、い、や!」

凪はツンツンと歩きだした。


電車内は、真新しい前橋黎明高校の制服を見かける。

凪は身を縮めていた。

同じ制服の人がひそひそ話している。

「あのカッコいい人、新入生じゃない?」

「ほんとだ! かっこいい〜。じゃあ隣にいるのは、彼女!? え〜」

凪は声を低くして言った。

「あんたのせいで、誤解されているんですけど」

悠真はニヤニヤしていた。

「なんだ? 嬉しくないのか」

凪は新品のカバンで、悠真の背中を叩いた。

高校生活最初の一発だ。

車内はクスクス笑い声と、落胆の声が入り混じる。


新前橋駅で降りてさらにバスに乗り、前橋黎明高校に到着した。ちょうど桜の花が満開だった。

悠真が言った。

「散ってる桜って、きれいだよな」

凪は上を向いた。

薄い白い雲が伸びている。

「そう? 私はいや」

「なんで?」

「…かわいそうだから」

「凪! 悠真君!」

優奈に美咲、里奈だった。三人とも小学校からの友達だ。制服の可愛い高校で、華の高校生活を送ろうと、同じ高校にしたのだ。

優奈が言った。

「悠真君さすがね。もう噂がたってたよ」

「だろう! 優奈なら分かってくれると思ってたんだ。それなのに凪ときたら」

凪は背中にもう一発お見舞いした。

里奈が笑っている。

「凪、かわいいカバンが、ボロボロになっちゃうよ」

美咲は口角を上げた。

「悠真君のために、ね」

「もー! みんなまで!」

ドッと笑いが起こった。

優奈が言った。

「じゃあ、クラス表見に行こうよ」

凪と悠真、優奈が同じクラス。美咲と里奈が同じ、という組み合わせだった。

4人で写真を撮っていると、悠真は既に女子たちに囲まれていた。

女の子はもじもじしている。

「あ、あのお名前なんですか?」

「俺? 佐藤悠真」

歓喜と落胆が沸く。

悠真は得意のキメ顔を向けた。

登校する生徒たちの視線が、キャッキャとはしゃぐ女の子たちに注がれている。

凪はこれ以上騒ぎの元に近づきたくなく、下駄箱に向かう。

悠真が気がついた。

「あ、待てよ。俺も行く」

小走りする悠真。女の子たちも後ろから付いてくる。

「げ! 優奈、美咲、里奈。ダッシュ!」

優奈たちは目を合わせてクスクス笑って走り出した。

下駄箱に着く頃には、あっという間に悠真に追いつかれてしまった。

凪は真っ白な上履きを履いて、悠真から少し距離を置く。

悠真は笑いを堪えている風だった。

「なんで逃げるんだよ」

悠真は間を詰めてきた。

凪はすぐ離れた。

「ちょっと、離れてよね! 彼女だなんて思われたら」

凪はギョッと後ろを見る。

さっきの女の子たちが、まだいたのだ。

ヒソヒソ話している。

悠真は爆笑した。

「お前、自分から言ってどうするんだよ。誤解されたくないんだろう」

「悠のバカ!」

凪はツンツン歩いて行く。

「同じクラスなんだから、無駄だって」

教室に着いた凪は、カバンを置き、荷物をロッカーにしまった。

優奈もロッカーに荷物をしまった。

「悠真君すごい人気ね。私は小学校から同じだったから、慣れちゃったのかな」

凪は遠くを見るような目で見ている。女の子の数は半減したが、男の子も集まりだしていた。

「悠は野球やってたから顔広いのよ」

「それにしても、凪。今日のヘアアクセサリーすごい可愛い」

「さすが優奈。1番に気が付いてくれた」

凪は頭を振って見せた。

「高校デビューに合わせて買ったの。私の瞳の色と同じ、茶色の紐が気に入っちゃった」

「あの〜」

クラスの女の子が声をかけてきた。

「私、桑原陽菜っていいます。よろしくお願いします」

「私は月城凪」

「私は外丸優奈。よろしくね」

陽菜が凪と優奈に小さな声で言った。

「あのカッコいい人、名前なんて言うんですか? 月城さんと一緒に電車にいるところを見たんですけど」

凪は顔を真っ赤にする。

「ああ、佐藤悠真君ね。小学校からの友達なの」

陽菜はパアッと顔を明るくした。

優奈はニコッと笑った。

「悠真君、カッコいいもんね」

今度は陽菜が顔を赤くして、頷いた。

「あ、ありがとうございます!」

恥ずかしそうに席に戻って行った。

凪は優奈の手握って、ぶんぶん振った。

「優奈ありがとう〜」

「凪のことだもん。悠真君に一発おみまいしたのを、見られちゃったんでしょ?」

「だって! あれは悠が!」

凪はツンとそっぽ向く。

「彼女だ、って誤解されたくないの」

「はい、はい」

優奈はクスクス笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツギクルバナー
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ