中国本土の浙江省杭州市に暮らしていた一般市民
次に記録するのは、2027年の台海軍事衝突時、中国本土の浙江省杭州市に暮らしていた一般市民、孫 鳴宇氏（当時30歳）の証言である。
孫氏は都市部中産階級に属するソフトウェア開発者であり、当時は既婚・子なし。政府からの動員や徴用の対象ではなかったが、情報統制・生活物流・同僚の失踪といった“見えない戦争の影響”を日常生活の中で体験していた。この証言は、中国本土における“戦争に加わらない市民”が、戦争にどう巻き込まれていったかを描く、希少な内部視点である。
PTF：
「孫さん、あなたは2027年当時、杭州市で平常どおりの市民生活を送っていたと記録されている。
3月18日、戦闘が始まったその朝、中国本土の都市生活者として、どんな空気の変化を感じたのか？」
孫 鳴宇（中国本土・杭州在住 ソフトウェア技術者）：
「最初は、“戦争”という感じはしませんでした。SNSでは“台湾に平和を”とか“祖国統一”みたいな投稿が一斉に並びましたが、全部が同じ文体で、同じタグで、同じ時間に流れてきた。その瞬間、私は“これは現実じゃなくて、演出なんだ”と気づきました。
3月18日午後、会社のチャットツールに“愛国表明を書け”という匿名の投稿が来て、一部の同僚がそれに応じないでいると、翌週には2人が“別部署に異動”という名目で姿を消しました。以後、社内は静かになりました。会話も、雑談も、空気も。“間違った言葉を言うと消える”という感覚が、ゆっくり広がっていった。」
PTF：
「都市インフラや物流、通信のような“目に見える生活”にはどんな変化がありましたか？そして、市民同士はどう反応していた？」
孫 鳴宇：
「物流の滞りは明確でした。まず、台湾企業の製品がネット通販から一斉に姿を消した。次に、米国系の電子機器が“検索してもヒットしなくなる”。これは単に禁止というより、“存在しないことにされた”という印象でした。もっと不思議だったのは、“皆が分かっているけど、言わない”という共犯構造です。
スーパーでインスタント食品が売り切れても、“備蓄”とか“戦時”という言葉は誰も使わない。でも、誰も笑っていなかった。戦争はニュースの中で進んでいたけど、私たちの生活から“会話”だけが抜け落ちていった。」
PTF：
「今振り返って、あなたにとって“あの戦争”は何だったと思いますか？一市民として、直接戦わなかったからこそ見えたものがあれば、率直に語ってください。」
孫 鳴宇：
「戦争というのは、必ずしも銃や爆弾で起きるものじゃないと知りました。我々は血を流していない。でも、“感情と言葉の領域”で、確実に何かが奪われた。
戦争中、私は“正しさを選ぶこと”をやめました。それが最も安全な態度だったからです。だけど、戦争が終わった後、何を信じていいかが分からなくなっていた。正しさを口にする人は怖かったし、沈黙している人も不気味だった。
だから私は今でも、“あの戦争では誰も勝っていない”と思っています。戦った者も、戦わなかった者も、“語れなくなった”という点では同じ喪失を抱えている。あれは、“沈黙が勝った戦争”でした。」
この証言は、2027年の台海衝突が戦場だけでなく、政治的に中立とされた都市部の市民意識と日常空間をいかに侵食したかを如実に示している。孫氏のような“語らない市民”の視点は、戦争に加担しなかった層が、無言の中でどのように切断され、孤立していったかを物語っている。
