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台湾・台南の高校教師

次に記録するのは、2027年の台海軍事衝突時、台南市内の公立高校で教鞭を執っていた教師・林 曉彤リン・シャオトン氏(当時34歳)の証言である。

林氏は開戦当時、台南第二高級中學の国語(中国語)科主任として在職しており、

戦闘の混乱の中でも避難所での“移動式授業”と記憶の共有活動”を主導した数少ない教育関係者の一人だった。

彼女の証言は、教育という営みが物理的な“校舎”と切り離されてもなお、人と社会をつなぐ行為であり続けたこと、

そして、戦争によって一時的に“未来そのものが中断された”教室の姿を、静かに記録するものである。



PTFインタビュアー

「林先生、2027年3月の台海衝突時、あなたは台南市内の高校で教員として生徒たちと共にいました。

まず、開戦直後の教育現場では何が起こり、どのような判断を迫られたのでしょうか?」


林 曉彤(台南市・公立高校教員):

「最初に止まったのは“鐘の音”でした。3月18日の朝、私たちはまだ定期試験の準備をしていた。

ですが、午前6時過ぎ、南側から重低音の振動が三度。すぐに市からの“臨時封鎖通達”が入り、学校は閉鎖されました。


子どもたちはすぐ帰宅させられると思っていた。けれど、その日の午後には通信が切れ、交通も遮断され、

生徒のうち42人が学校から“帰れなくなった”。

そこから、“教室が避難所になる”という、想像していなかった日々が始まりました。


停電で暗くなった体育館。廊下に並ぶマットレス。

私たちはまず、生徒に「今日、やるべきこと」を紙に書かせて過ごさせました。

それが“授業”の代わりになると信じて。」



PTF(補足質問):

「都市機能が止まり、避難と生存が最優先される中で、それでも“学ぶ”という行為を維持しようとした理由は?

また、生徒たちはどんな反応を見せていたのでしょうか?」


林 曉彤:

「戦時下の教員にとって、“学ばせる”のではなく“忘れさせない”ことが使命でした。


生徒の多くは、はじめ“無言”でした。スマホが繋がらず、家族の安否もわからず、

自分が今“子どもであること”に罪悪感を抱えていた。

私はそこで、授業とは呼べない活動を始めました。

毎日、1枚の紙に“昨日覚えていたこと”を自由に書いてもらう。

歴史の一節でも、映画の台詞でも、自分の夢でもいい。


やがて生徒の一人が、こんなことを書きました。


「数学の時間、黒板に“明日はもっと進む”って書いてあったけど、進まなかった。」


その一行で、私は泣いてしまった。

戦争は“進むはずだった時間”を奪う。それが、教育の断絶です。」



PTF(追加質問):

「戦闘終息後、学校と教育の場はどのように再構築されていったのでしょうか?

また、教育者として、その後あなたが見た“回復”の光景はありましたか?」


林 曉彤:

「4月中旬、台南の一部エリアに電力が戻り、簡易校舎として“青いテント教室”が設置されました。

私たちは黒板の代わりに段ボール板を使い、教科書の代わりに生徒が避難中に書き溜めたノートを教材にしました。


印象的だったのは、生徒たちが“勉強”という言葉を使わなくなったこと。

彼らは“これ、残したいからやる”と言った。“自分が忘れないように”と。

それはもう知識ではなく、記憶の手帳のようなものでした。


再開された授業の初日、私はこう言いました。

「今日から私たちは、未来に戻ります。」

そのとき、拍手が起きた。誰が始めたかわからないけど、あの音こそ、“教室が戻ってきた証”だったと思っています。」



この証言は、2027年の台湾で、教室という“未来を預かる空間”が、戦争によって一時的に破壊されながらも、人と人の間に再構築された過程を映し出している。

林氏のような教師の存在は、“国家が壊れても教育は消えない”という希望の痕跡を、瓦礫の中から拾い上げた証人である。

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