盆の夢
一年ぶりの盆休みがやってきた。父親の運転する車に揺られて祖父母の家へと向かう。田んぼに囲まれた平屋の一軒家、まさしく日本家屋といった様子の祖母の家の玄関を叩き、上がり込む。
「おじいちゃん、おばあちゃん、ただいま」
「おお、ユカちゃんか……」
「久しぶりね、ユカちゃん。今年もあの娘が来てるわよ」
「そっか、毎年ありがとうね」
祖父母への挨拶を終えて、私は縁側へと向かう。
「あっ!ゆかちゃん久しぶり!」
そこには、麦わら帽を被ったあの頃と何も変わらない、あどけない表情の彼女がいた。
「久しぶり、カリンちゃん」
カリンは私の小学校の時の友達だ。一緒にザリガニを釣ったり、お泊り会をしたり、公園でやんちゃして一緒に怒られたり。私が四年生のときに引っ越して東京に移ってしまうまで間違いなく親友だったし、今もこうやってお盆の時期に会いに来てくれる。もう私は高校生になったというのに。
「ねぇ、ゆかちゃん」
「なぁに、カリンちゃん」
「今年乗ったお馬さんは毛がチクチクしてて痛かったの」
「そっかぁ、そりゃごめんね」
「ううん、大丈夫もう痛くないから」
「そっか、ありがとう」
やっぱりと言うべきか、当然と言うべきか、彼女は何も変わっていなかった。明るくて、優しくて、幼い彼女のままだった。
「カリンちゃん。アイス買いに行こうか」
「いいね!そうしよう!」
私は彼女の小さな手を取って、手を繋いで、一面田んぼの景色をコンビニへ向かってあるき出す。その間、私は思春期故に周りの目を気にして前を向くばかりだった。
田んぼの畔を歩いていると、向こうから柴犬を散歩させている女性が来た。
「あら?ユカちゃんじゃない!今年もきてくれたのね〜」
その女性はこちらに気づくと話しかけてきた。近所のおばさんだ。
「お久しぶりです。コタローも元気そうで良かったです」
おばさんが連れている犬――コタローは私によく懐いてくれている。尻尾を振ってこちらのことを見てくるので、膝を屈めて撫でてやる。ふかふかの毛のしたには確かに皮があり、骨があり、呼吸があり、体温があった。私はそれを感じ取った手で、またカリンと手を繋いでコンビニへと向かう。
十数分歩くとコンビニへとたどり着いた。東京で乱立しすぎてるのもあるが、これほどまでに遠い場所にあると何がコンビニエンスなのか問いただしたくもなる。
私は一つのアイスを手にとって、購入した。コンビニの外に出て少し歩いてから袋を開き二つ入のアイスを二人で一つづつ分け合った。
「カリンちゃん、美味しい?」
「うん!美味しい!」
「そっか、それは良かった」
私は、行きと違い、彼女の眼をみて会話した。今年の夏は暴力的な熱さだ。言い訳にもなるだろう。
「ねえ、ユカちゃん。高校はどう?」
「ん〜?まあ楽しいよ。漫画みたいな色恋も青春もないけど、でもやっぱりいろいろな行事は面白いし、私が思ってるよりかは青春なのかもしれない」
「……そっか。良かった!」
彼女は一瞬寂しそうな表情を見せたがすぐにそれを隠した。私もそれに目ざとく気づいてしまった。
「それはもう、お互い様でしょう?」
そう言いかけてしまった。そう言ってしまっては余りに酷だと言うのに。でも、互いに乖離していってる事が口惜しくて、寂しくてたまらないのは私もそうなのだ。
私はアイスの棒を少しだけ強く噛んで、心を押し殺そうとした。だって、変わらざるを得ない私と、変わることのできない彼女にとってその結論は覆しようが――なくはないのだけれど――まずないのだから。
アイスで冷えた手で、彼女の冷たい手を握る。また十数分ほど歩いて祖父母の家まで戻ってきた。
「ただいまー」
父母と祖父母が私の帰宅の挨拶に返事するのを聞く前にカリンはまた縁側へと向かって座った。
台所へと向かうと祖母が夕食の支度をしていた。冷蔵庫を開けて中を確認すると私の気も知らず二房の茄子があった。
「……おばあちゃん。私も手伝う。茄子の揚げ浸しを作るよ」
「そうなのかい?ありがとうね、食卓が賑やかになって嬉しいわ」
まな板を出して茄子を乗せて平たく一センチ弱に薄切りして、しっかりと油を引いたフライパンに乗せて揚げ焼きにする。その後、出汁や醤油を調合したタレを皿に並々注いで、揚げ焼きした茄子を浸していく。
とりあえず茄子を使い切ったのでまた縁側へと向かう。やっぱり今日も殺人的な熱さだ。日の傾いた夕方でも私のこの得も言えぬ感情もお構いなしに太陽光線は私の肌に熱を伝える。だと言うのに、隣のカリンはそんなことがないように涼しい顔をしてぷらぷら足を揺らして中空をぼんやり眺めていた。
「カリンちゃん。もう晩御飯だから……」
「うん!分かった!また明日!」
そう言って彼女は縁側から降りてどこかへ走り去った。
夕食は焼き魚だった。一人一皿配膳され、食卓の中心には四人で食べるには少し多い気もするナスの揚げ浸しの盛られた皿が鎮座していた。
はっきり言って茄子はそこまで好きな食べ物ではない。それでも、茄子がそこにあって欲しくなかったから。
食事が終わるとすべて料理は綺麗に食べられた。無論茄子も。
私は少しだけ安心して入浴、着替えをして布団に潜り込んだ。
カリンは、私がこの土地を離れた次の盆――小学五年生のときの盆から、背丈を含めて何も変わっていなかった。
神仏やオカルトを排斥して考えるのならば。どう考えても私の脳がおかしくなってしまっているとしか言えない。
それでも、この時期にだけ彼女に会えるのならそれでも良いと思ってしまう。
彼女がそのまま成長して、彼女の人生を歩めたら、きっと今はもう互いに交わることはなかったのだろうけど――そんな言い訳を自分に与えても彼女を置いて突き放してしまえるだけの勇気は湧かなかった。
照明を切った真っ暗な部屋で、今日の事を思い返す。
神仏は居たほうが面白くて、浪漫があるけれど、超然的な救いはどこにもないと思う。
耳には未だにトン……トン……と茄子を薄く切る音が残っている。
帰りの牛はいなくなった、カリンが少しづつでも私の世界に追いつけるように、帰ってくれるなと、独善的で独りよがりな願いを布団の中で祈るばかりだった。
この作品がいいなと思ったら連載作の方もよろしくお願いいたします