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悪役令嬢最推しのおれ、転生したらヒロインでした。

「ルイーザ・ヴェレーノ! 貴様との婚約を、今ここに破棄する!! そして俺は、真実の愛をもって、癒しの巫女ルクレツィア・クラーレと婚約する!」 


 魔法学園卒業記念、王城で行われる卒業パーティー。その大広間に朗々と響き渡る第一王子の婚約破棄宣言に、ざわりと周囲が不穏に湧く。ざっと開いた他人との距離と突き刺すような視線の中、隣に立っていたルイーザ嬢が、扇の奥で優雅に嘆息した。結い上げられた艶やかな黒髪と、伏せられた少し吊り目の真っ赤な瞳。憂う姿まで余すところなく美しい彼女を横目に見ながら、おれも純白の巫女服の裾を見下ろした。


   *


 ルクレツィア・クラーレは、庶民も貧民街で生まれ、その日に孤児院へ捨てられた親なし子である。慎ましく暮らしていた彼女は、半年前のある日、その人生を大きく変えた。重い病気になった孤児院の子供の快癒を神に祈ったところ、非常に珍しい癒しの加護を授かったのである。

 ルクレツィアはその加護で人々を癒していき、瞬く間にその噂は王都へ辿り着く。そして国に保護されることとなった彼女は、癒しの巫女という地位を与えられ、養子縁組により貴族の一員となった。

 貴族の子女として、そして授かった能力をより強く大きく伸ばすため、ルクレツィアは王立の魔法学園へ編入する。彼女はそこで出会った第一王子シェーモと恋に落ち、様々な妨害や障害を乗り越え、やがて身分差すら覆してふたりは結ばれた。

 だが、間もなくふたりに「ドゥームズデイ」という破滅の日がやってくる。このままでは悪魔によって天が裂け地は沈み人々は死に絶えると思われたものの、ルクレツィアの癒しの巫女の力と聖剣使いとして覚醒した王子により、人々は護られ悪魔は討伐される。

 後年、奢ることなくひたむきに巫女として人々と向き合い続けた巫女妃ルクレツィアと、彼女の良き理解者となり隣で支えながら国を率いて立ち続けた賢王シェーモは、「奇跡の王政」と名付けられるほどに平和で発展し誰もが幸福な治世であったと語られる——


「はずなのに、おにぃは何でルイーザ推しなの!? 悪役なのに!」


 ゲーム機を持ったまま転がる妹に、うるせえ、と言葉を返す。「シナリオ進めたいのにテストやばすきて時間がないから手伝って!!」と喚く妹がうるさすぎるから、仕方なく手伝ってやっていたのに、文句を言われる筋合いはない。

 妹がこの半年ほどハマりにハマったゲーム、その名も「癒しの巫女とドゥームズデイの夕暮れ」。プレイヤーは癒しの巫女ルクレツィアを操作し、学園で知り合うキャラクターたちの好感度を上げたり、自身のレベルアップやステータス振りをこなしながら、世界滅亡の危機が訪れる「ドゥームズデイ」を乗り越えるというシナリオの、いわゆる乙女ゲームである。入院中の身で暇だけは持て余していたおれは、妹に泣きつかれて最難関ルートである王子ルートを見事解放。見舞いと称してやってきた妹と、ひととおりシナリオを攻略し終えたところだった。

 この王子ルート、基礎レベルも魔法レベルもレベマの上で好感度上げ選択肢ミスをせず、なおかつ最高装備を揃えていないと解放されないという鬼仕様。選択肢は攻略サイトを見てこなせるとはいえ、レベマ作業は本当に苦痛だった。もう二度とやりたくねえ。


「でも、ドゥームズデイを乗り越えた夕暮れの街を見下ろしながらキスをするルクレツィアと王子のスチル、最高だった〜!」

「そりゃよーごさんした。おれはルイーザの終わり方が気に入られねえけどな」

「こだわるねえ、ルイーザに。悪魔落ちしてドゥームズデイ引き起こしたんだから、救済は無理じゃない?」

「つったって、ルイーザが報われなさすぎるだろ」


 王子の婚約者であったルイーザは、愛していた王子がルクレツィアに恋してしまったことが受け入れられず、ルクレツィアに苛烈な嫌がらせを続ける。それが却って王子の心を離す原因になり、ルイーザは王子の誕生記念パーティーで婚約破棄されてしまった。心を壊したルイーザは悪魔に付けいられ、ドゥームズデイの引き金になったのだ。


(元々は、ただただ、王子のことが好きなだけだったのにな)


 ルイーザの回想で、純粋に王子を慕い、王太子妃教育も学園の勉強も手を抜かず、誰からも認められる淑女であった彼女が描かれるのが余計に辛い。彼女にとって、自分ひとりの努力だけではどうにもできない異物が「ルクレツィア」だったのだ。それはまるで、おれの身に勝手に巣食っておれをむしばむ、この病気と同じように。ルイーザからみたルクレツィアは、排除しても排除できない癌だったんだろう。

 なお、悪役令嬢ルイーザは、王子ルート以外でもありとあらゆる方法で破滅する。ドゥームズデイ引き金の直接的な原因ではなくとも、彼女が関わったからドゥームズデイに繋がってしまった、という流れで。良くて国外追放、悪ければ処刑。いずれにせよ彼女が幸せになるルートは存在しなかった。運営がそう決めたんだから仕方ないけど、あまりにも不憫だ。


(気の毒になあ……)


 そう思っても、点滴に繋がれて出歩くのも不自由するおれにルイーザを救うことはできない。せめて文才とか画才があれば二次創作でルイーザ救済ルートとか形にできたんだろうけれど、あいにくそういう才能はからきしだった。とはいえ、頭の中で描くだけなら、妄想は自由だ。


(ルイーザを助けるためには、まず王子への恋をどうにかしないとだよな……)


 ゲームについて散々萌え語りした妹を見送った晩。おれはゆっくり目を閉じて、どうすればルイーザを救済できるのか考える。ゲームではついぞその手を取ることは出来なかったけれど、もし彼女と恋人になれたら、そのときはあの赤い瞳を細めて笑ってくれるだろうか。


 そんなことを考えて——そして、それっきりだった。


 翌朝目覚めたと思ったら、金髪碧眼美少女に転生していました。どうやらおれは、あのまま急変して十八歳で死んだらしい。

 そう気付いたのは、おれことルクレツィアがクラーレ侯爵家の養子となって編入した魔法学園登校初日の朝のことである。もちろん叫んだ。転生したことに驚いたのではなく、転生先がヒロインだったことに対して。


「こういうのは、ヒーローになるのがネット小説の定石だろ!!」


 幸い、朝イチで誰もいない私室の中だったので助かった。身支度のメイドたちが入室してからだったら、おれは羞恥で死んでいた。いや死んだから転生したんだけど。

 無理矢理落ち着いて状況を考えてみる。どうやら前世の「おれ」の自我はあるけれど、ルクレツィアとしての意識も消えてはいない。ルクレツィアとしての記憶にもおれの記憶にもアクセス出来て、喋る言葉は勝手にお嬢様口調に変換される。少し動いたら倒れていた虚弱さはなくなり、どんなに飛び跳ねても息切れすらしない。ヒロインだからルックスも良い。残念ながらおれのタイプじゃないけど。

 どうせ転生するならルイーザの癌だったヒロインじゃなくて、彼女に来い慕われる王子になりたかったけれど、ヒロインになっちまったもんはしょうがない。自意識がおれってのも癒しの巫女であるヒロインとしては残念なことこの上ないけれど、こればっかりはこんな悪戯をした何者かを恨んで貰うしかない。おれに言われても困る。


 そういうわけで、おれは「ルクレツィア・クラーレ」として何食わぬ顔で王立魔道学園へ転入した。元気いっぱい身体が動かせて超楽しいけれど、どうやら貴族令嬢というのはしずしずしゃなりと動かなきゃならんらしい。高校生活すらできなかったおれに社交スキルはなく、女性といえば母と妹と看護師さんとしか話したことがないから異性への耐性もない。ついでに、マナーはもちろん壊滅的。そんな貧民街上がりの小娘が癒しの巫女として王族もかくやの地位を与えられ、特別クラスに編入すると全校生徒の前で発表なんかされるから、そりゃあもう居心地の悪い視線がおれに突き刺さった。教室に行っても誰も声を掛けちゃくれない。ここでもぼっち確定か……と溜息を吐きかけたとき、救世主もとい女神は現れた。


「はじめまして。この学園へようこそ」


 視界の隅で揺れた黒髪に、思わず顔を上げる。そこに居たのは正真正銘、おれの最推しルイーザ嬢だった。ゲームと同じ艶やかな黒髪と真っ赤な瞳。鈴を転がすような可憐な声。あまりの美しさに後光が差してると思ってしまうほどの美貌。どうあっても出会えるはずのなかった女神に、おれは声を掛けられたらしい。


「突然の編入なのです、慣れないことばかりでしょう? ですから、あなたを後見している王家……第一王子シェーモ殿下の命で、殿下と共にあなたの面倒を見ることになりましたの」

「へ、あ、あのっ、」

「わたくし、殿下の婚約者でヴェレーノ公爵家のルイーザと申しますわ。あなたのことは、ルクレツィアと呼んでも?」


 あまりの優雅さと圧倒的な品の良さに、何も言えず首を縦に振るだけの人形になる。淑女もマナーも何それ食えるの状態のおれを見下ろしたルイーザ嬢は、表情を変えることなく踵を返した。


「今日はお疲れでございましょう? 明日、この学園内を案内しますわ。放課後、この教室で」


 そう告げて、ルイーザ嬢は教室を出ていった。けれどもおれはそこから動けず、待ちくたびれた馬車の御者から伝言が飛んでくるまで、ひたすらぼーっと余韻に浸っていた。


(ルイーザ嬢まじ綺麗すぎ……恋愛したいとかおこがましいわホントに)


 認識を改めたおれは、帰りの馬車の中でひとり、転生人生の指針を決めた。何がなんでも絶対に、ルイーザ嬢の破滅ルートを回避してみせる! 目指せルイーザ嬢救済ルート!!


 決意してからのおれの行動は早かった。まずはその晩、養父となった侯爵閣下に頼みマナーの先生と家庭教師の先生を付けてもらった。あの完璧で美しいルイーザ嬢に恐れ多くも世話をしていただくのだから、後ろにいても恥ずかしくない礼儀と知識を身に付けねばならない。今からじゃ遅いけれど、何もしないよかマシだ。

 ところで、クラーレ侯爵閣下は「よくこれで侯爵家当主が務まってんな?」ておれでも思うくらいには人が良いけれど、何せ顔が良くないおっさんだった。子供の頃の病気の後遺症らしいのだが、正直言って見た目がガマガエルみたいだったのだ。そんなわけで、政略結婚した夫人はいたけれど、結婚当初から別居婚のち三年前に離縁。もちろん実子がいないため養子を考えていたものの、その見た目ゆえどの家からも断られまくっていたらしい。そこにおれが養子となり、癒しの魔法で顔の凸凹が治った義父は、どこにでもいそうなおっさん程度の見た目になった。その感謝のあまり、閣下は義娘の言うことは何でも叶えてあげるマンになっている。正直言ってラッキーだった。義娘虐めてやるファミリーだったらおれの転生人生詰んでた。

 そんな何でも願い事叶えてあげるマンの義父と、家に派遣されてきた教師陣を最大限利用して、おれは短期間のうちに、ルクレツィアをそこそこまともなレディへ変身させた。痩せているのはすぐに変えられないけれど、くすんでいた金髪はつやつやに、あかぎれだらけの手は真っ白に、猫背はまっすぐ伸びて、足音を立てずに歩けるようになった。カーテシーとかいうお辞儀もブレずにできるようになったら、途端にレディぽくなったから驚きだ。

 我ながら根性だけはあるというか、前世で「延命のためだけの苦しい治療」に耐えてきたから、結果として根性が付いていた。助かった。


「ヴェレーノ公爵令嬢ルイーザさま、本日はまたいつにも増して美しい御髪をなびかせておられて……なんと素敵な……好きです!」

「お黙りなさいませ! そ、そんなに褒めたところで、わたくし、あなたに嫌がらせするのをやめませんことよ……!」

「大好きなあなたさまからの試練であれば、どんな苦難でも喜んで!」


 同時に、学園でおれの面倒を見てくれるルイーザ嬢に、バカ正直に「あなたが憧れなんです!」という想いの丈を伝えまくった。何せルクレツィアは平民上がりのお粗末ガールなので、超直球どストレートに大好きですと言いまくった。ルイーザ嬢としては、どこの馬とも知れないやせぎすの小汚い貧民が王子の視界に入るのも嫌だったようで、当初は小さな嫌がらせをされたけれど。と言っても、校内を案内する時に高位貴族用の食堂を教えないとか、単位取得に必要なテストの点数を教えないとか、平民であることの嫌味をチクチク言うとか、本当に些細なものだった。

 そのうちに、何を言っても何をしてもニコニコ付いてくるルクレツィアに諦めたらしいルイーザ嬢は、おれに名前で呼ぶ許可をくれた。どうやら貴族は名前呼び=親しい友人という位置付けになるらしく、その日おれは感極まりすぎてぶっ倒れた。慌てたルイーザ嬢手ずから医務室で看病してくださり、感動のあまり更に高熱を出した。それを回復してから正直にルイーザ嬢に伝えたら、「馬鹿ね」と赤い瞳を細めて笑ってくれた。ふわりと笑んだその顔は、スチルで見た王子に笑いかけた美しい笑顔よりずっとずっと綺麗だった。


 そんなこんなで一年が過ぎる頃には、おれはそこそこまともな侯爵令嬢となり、ルイーザ嬢とは互いの家で「お泊まり会」をするほどの親友になっていた。ヒロイン転生バンザイ。人の目を気にせず側に居られる上、秘密話すら共有できる女友達の立ち位置サイコー。

 ある日のお泊まり会でヴェレーノ家に泊まった時に、ルイーザ嬢は、本当は魔法より剣術で身体を動かしているのがいちばん好きなのだと教えてくれた。剣術が秀でているというのは淑女としては欠点になるらしく、いままで周囲には秘密にしていたのだという。何より、婚約者である王子が良い顔をしなかったらしい。何それもったいない。マジでもったいない。もったいなさすぎるので、義父に頼んで、家に遊びに来たときに護衛騎士たちと特訓してもらえるようにした。喜んでくれたし、訓練用のパンツスタイルも最高に神々しかった。役得ハッピー!


「であれば、ルイーザ嬢は我が家に伝わる剣が抜けるやも知れんのお」


 すっかりルイーザ嬢を二人目の娘のようにかわいがっている義父が、ある日、そう言っておれたちを家の宝物庫に案内してくれた。それはゲームでは王家にあって王子が抜くはずの「聖剣」で、おれは「なんで!?」と驚いたものの。ルイーザ嬢は強い火魔法と剣の才能を持つ完璧令嬢だったため、見事に鞘から聖剣を抜いてみせた。要するに、王子ではなくルイーザ嬢が聖剣使いとして覚醒した。何でだ。


 さて、ここで問題が発生する——というか、ずっと問題だったけれど、どうにか周囲がフォローしていた馬鹿が、一度目の大暴走をする。ルイーザ嬢の婚約者、彼女が恋する第一王子シェーモである。


「ルイーザ! 貴様、女の癖に聖剣使いになるとは、俺への翻意があるのか!!」

「殿下、わたくしはそんなつもりはありませんわ!」


 学園の中庭。おれとルイーザ嬢が仲良くランチを楽しんでいるところに突撃してきたのは、見目麗しい王子殿下だった。

 この王子、王の側妃から生まれた第一王子という微妙な立ち位置なのに、「王子だから」という理由だけでふんぞり返っている大馬鹿野郎だ。正妃生まれかつ優秀な妹王女の方を王太女にという派閥の声は大きく、それをねじ伏せるため、側妃の意向で同年代で最も爵位が高いルイーザ嬢が婚約者になった経緯がある。

 自らが婚約者として選ばれた理由をしっかり理解し、あらゆる方面から王子を支えられるようにと努力し続けた最高女神が婚約者だというのに、馬鹿王子は馬鹿だから、その彼女に感謝するわけでもなく当然だと思っている。ゲームでは妹王女や婚約者へのコンプレックスをヒロインに吐露し、励まされ、叱咤されたことで心を入れ替えるものの、今この現実ではそんなイベントは起きていない。

 というわけで王子は、女性にも王位や爵位継承が認められているこの国で、いまだ女性を己の付属物とでも勘違いしているらしい。それだけならまだしも相当な女好きで、そりゃゲームでもほいほいとヒロインに手を出すわけだわという性格だった。

 つーか編入してこの方、おれも幾度となく魔法の鍛錬なぞ何にも関係のない茶会だの夜会だのに誘われて困っている。こいつの取り巻きの貴族たち、かつてのゲームで攻略対象だった連中も似たり寄ったりで、馬鹿の寄せ集め軍団と化しているから更に面倒くさい。ルイーザ嬢最優先なおれは連中に近寄るつもりはなく、それゆえ避けまくっていたら王子改心イベフラグをへし折ったようだけど、知ったこっちゃねえ。


「口では何とでも言えるだろう! そもそもルイーザ、貴様は昔から可愛げのひとつもなく——」


 言いがかりにも等しい王子の文句が続く。普段はルイーザ嬢が毅然と助けてくれたけれど、今日責められているのはルイーザ嬢だ。であれば、今こそおれは彼女を助けるために立ち上がらねばならないだろう。


「……お話のところ申し訳ありません。殿下、発言のご許可をいただきたく」

「あ? ああ、ルクレツィアか。良い、許す」

「ありがとう存じます。殿下、ルイーザさまに殿下への翻意などあるはずがないのです。ルイーザさまは、殿下こそをお支えし、殿下の御身に何ひとつ憂いがないことを願って、淑女あるまじきと分かった上で剣を取ったのです」


 おれに真っ向から指摘されて、王子はしばらく口をあんぐりあけていた。その間抜け面が元に戻ると、不機嫌そうに「こ、ここは心優しきルクレツィアに免じて下がってやる!」とだけ告げて取り巻きを引き連れ中庭から去っていく。

 何なんだアイツは。そう呟いたら、口から出てきたのは「何なのでしょう、あの御方は」だったけれど。おれの言葉を聞いたルイーザ嬢は、ぽろぽろと泣き出してしまった。今度はおれが大慌ててルイーザ嬢を医務室に運び、大慌ててで付き添うことになった。

 泣きながら、ルイーザ嬢が語ってくれた。なんでも、おれが編入する前から、王子はルイーザ嬢を鬱陶しがるようになったのだという。学園で浮名を流し婚約者以外の女生徒を侍らせる王子に進言した頃から、王子に邪険に扱われるようになったのだと。


「は、はあ〜〜!? こんなにもお美しくてお優しくて勉強も魔法も礼儀も剣の腕まで何もかも完璧なルイーザ様を蔑ろにするとか何なのあの王子目玉お狂いあそばせてるの!? 頭空っぽなのかしら! 空っぽなんだわ! だったら一目で分かるようにあの髪も禿げ散らかせばいいのに!!」


 話を聞いたおれから出てきたのは、お嬢様口調変換が間に合わなかった支離滅裂な罵詈雑言だった。いつもならおれのお口を咎めるはずのルイーザ嬢は、涙に濡れた真っ赤な瞳を丸くすると、弱々しく微笑んでくれた。それがまた何とも痛々しくて、おれは王子にリベンジを誓う。具体的には、絶対王子の婚約者なんかにはなってやらねえ。婚約者どころか、手すら触らせてなるものか。


「ルイーザさま! 世の中には、あんな頭空っぽの見た目しか取り柄のないクソ王子より素敵な殿方がたくさんおります! わたくしも、養父も協力します! あんな馬鹿、ルイーザさまから捨てておしまいましょう!」

「まあ、ルクレツィア様ったら……でもね、あなたも教わったと思うけれど、貴族には貴族の責務がありますのよ。愛のない結婚など珍しくはないの……」


 憤慨するおれをそうなだめたものの。それから、ルイーザ嬢は物憂げに考え込む日が増えていった。馬鹿王子はルイーザ嬢が落ち込んでいると機嫌が良いのか、今までにも増して女生徒を取っかえ引っかえ侍らせるようになっていく。比例しておれにもお誘いが増えたが、あーだこーだ言い訳して一度も誘いには乗らなかった。パートナー必須強制参加の夜会には、ルイーザ嬢の次兄様がパートナーになって下さったこともある。

 編入後一年半経つ頃には、学園では「王子がルイーザ嬢との婚約破棄を考えている」という噂が出回っていた。どうにも、王子がそう吹聴しているらしい。ルイーザ嬢は真っ青になって、学園へ登校するのを辞めてしまわれた。というより、おれがそう勧めた。卒業に必要な単位は既に取得しており、おれが卒業するまで面倒を見るためだけに学園に来てくれていたのだ。ここまでルイーザ嬢に手助けしていただいたのだから、おれは絶対もう大丈夫。そう言い張って安心してもらった。

 ルイーザ嬢の「療養」は大きく問題となり、さすがの馬鹿王子も国王から強い叱責を受けたらしい。取っかえ引っかえ女生徒を侍らせることはできなくなり、見事に不貞腐れていた。その上、「ルイーザがいないなら俺が面倒見てやる」と事ある毎に付きまとってくるようになって鬱陶しいことこの上ない。誰がおめーの言うこと聞くもんか、と、逃げ続けて卒業までの半年間は過ぎていった。


   *


 というわけで、まるで走馬灯のような一瞬の回想の後、意識が卒業パーティーに戻る。おれたちを取り巻く状況はゲームとは随分違っているのに、ゲームと全く同じセリフを吐いた王子に唖然としてしまった。

 式典とあれば出席せざるを得なかったルイーザ嬢は、顔色ひとつ変えることなく檀上の殿下を見上げていた。彼女は皆が見ている前で、堂々と美しいカーテシーを披露する。


「婚約破棄の件、承りましてございます」

「貴様が何を言おうと貴様に愛はな……ん?」

「ですから、婚約破棄を承知したと申しております」

「へっ? そ、そうか! ならば良い!」


 肩透かしを食らったらしい王子が、間抜け面を晒して狼狽えた。見目だけは麗しいのでそんな仕草も絵にはなっていたけれど、馬鹿であることに変わりはない。と思っていたら、馬鹿の顔がこちらに向いた。


「さあ、これで俺たちを遮るものは何も無くなった! ルクレツィア、臆することなくこちらに上がるが良い!」

「恐れながら、殿下。わたくしは『巫女』として王国各地へ巡礼の旅が待つ身。生まれも育ちも相応しくなく、王子妃を務めるわけには参りませんゆえ、お断り申し上げます」


 いまだ頭を下げたままのルイーザ嬢の隣。おれも同じようにカーテシーをとる。「はあ!?」という叫び声が聞こえたものの、おれはそれを無視して頭を下げ続けた。

 バーカバーカ。おまえの言いなりになんかなんねえよバーカ。心の中で王子をこき下ろしていると、周囲のざわめきがまた増える。その理由である威厳溢れた声は、おれたちの頭上から降ってきた。


「ルイーザ嬢、ルクレツィア嬢、面を上げよ」

「はい」


 許可を得てから顔を上げ、失礼のないよう目線を下げる。祝賀のために臨席なされた国王陛下が、王妃と側妃、そして自分の部下を連れ、王子の隣へやってきていた。


「挨拶はよい。して、シェーモよ。この騒ぎは何か」

「はい。女の身でありながら剣を持ち学業を疎かにしたルイーザは未来の国母に相応しくないため婚約を破棄し、癒しの巫女である上に慎ましやかで可憐なルクレツィアと婚約を結ぶことにいたしました」

「そうか。ところでシェーモ、おまえにルイーザ嬢との婚約を結んだ理由は話していたな?」

「俺の母が側妃であるため、不足する後ろ盾の分をヴェレーノ公爵が後見するためだと」


 首を傾げて答えた王子に、陛下は人目もはばからず嘆息する。「この馬鹿が」と続いた言葉は、いまや静まり返っていた大広間によく響いた。その言葉を侮辱と捉えた馬鹿が、顔を真っ赤にして陛下を見る。しかし、陛下はさっと手を上げて近衛たちを呼び寄せた。


「シェーモ、おまえに王子を名乗る資格はない。軽薄なおまえを支えるために婚約者として選ばれ常に努力し続けておったルイーザ嬢を顧みず傷付け続け、その上謝罪もなく婚約破棄だと? 国の宝であり国がため各地を回る旅を受け入れてくれた『癒しの巫女』を婚約者として縛るだと? 寝言は寝て申せ」

「なっ、えっ、はっ?」

「他にもおまえの非行はあらゆるところから聞こえておる。おまえに付けた影からの報告で証拠も万全に揃ってな。ゆえに、おまえの王籍と貴族籍を剥奪の上、国外追放と処す。連れて行け」


 近衛に拘束された馬鹿は、自分が受けた処罰が理解できないのか、大騒ぎして抵抗した。その様子を冷ややかに見ていた陛下は、深い溜息を吐いている。

 実は、この婚約破棄はルイーザ嬢が仕向けたものだった。学園を休んで落ち着いて考えてみたら、あの馬鹿王子の素行の悪さと性格の悪さに、百年の恋も冷め切ったのだと言う。他にもっといい男がいるというおれの言葉がきっかけで、ルイーザ嬢は王子からの解放を願うようになったと。

 そうして半年かけて公爵家からも侯爵家からも周囲に根回しし、万全の準備を整えた。おれは卒業したらすぐに「癒しの巫女」として王国各地を巡礼し、人々を癒すための旅に出ることを決めた。ルイーザ嬢は、おれの護衛騎士としておれに付いてきてくれることになっている。まさか公爵家のお嬢様を連れていくわけにはと思ったけれど、ルイーザ嬢が強く希望してくれた上、「見識を広めるため」と公爵家も快く許可してくれたのだ。


「ルイーザ嬢。今日この時までの息子の非礼、この処分と共に婚約は白紙ということで、手打ちにしてはもらえんだろうか」


 喚く馬鹿から顔を背け、ルイーザ嬢に向き直った陛下が視線を下げる。王族は謝罪することはできない。けれどもこれは実質的な謝罪であると、誰もが理解する。おれにも分かったくらいなのだから、隣のルイーザ嬢には間違いなく意図は伝わった。彼女は「承知いたしました」と頭を下げて——その瞬間。


「フザ、ける、ナぁぁぁぁ!!!!」


 近衛に拘束されていた馬鹿から、真っ黒な霧が噴き出した。その様子はゲームで散々見た、ドゥームズデイを引き起こす悪魔のソレ。ルイーザ嬢が破滅を回避したなら起こりえないはずの、終末の時の始まりだった。


(ルイーザ嬢を救済したら、おまえが引き金になるんかい!!)


 内心この馬鹿がとツッコミを入れながら、おれは隣のルイーザ嬢と顔を見合わせる。厄災とも言えるドゥームズデイの始まりでも、おれたちならば大丈夫であることを、おれたちは確信していた。


「結界! 光の鎖! 癒しの風!」


 散々鍛え上げた魔法を用いて、黒い霧から居合わせた貴族たちを護り、悪魔と化した馬鹿を拘束し、更に霧の呪いに侵略された人たちを即座に治す。その隙にルイーザ嬢が手の甲の紋章から聖剣を取り出すと、その刃に魔法の火を纏わせた。おれがその火に浄化の加護を混ぜたところで、ルイーザ嬢が一蹴りで悪魔との距離を詰める。決着は、たった一振りでおしまいだった。


「ギャアアアアア」


 悲鳴だけを残して真っ二つになった悪魔。それは骨すら残らず砂のようにさらさらと消え、跡には何も残らない。鍛錬など何もしていなかった王子が核になったところで悪魔としてはとても弱く、ドゥームズデイは呆気ないほど簡単に終息した。


「終わりましたの?」

「終わっちゃいましたねえ」


 傷一つ、息切れひとつなく終末を乗り越えて、おれたちは肩をすくめる。何がどうあれ、おれの女神は破滅することなく笑っているので、結果上々。転生人生の最大目標を達成して、おれは清々しい気持ちでいっぱいだった。


   *


 それから、時間はあっという間に過ぎた。


 卒業パーティーは大騒ぎになったものの、国が荒れることは全くなかった。馬鹿は悪魔として消えたので処分はなし。王家は馬鹿を甘やかした側妃ごと切り捨てることで、「元からそんな人間は居なかった」という形で決着がついた。側妃は王領の北辺境にある修道院に入ったと聞いている。

 間もなく王太女に指名されたのは、王妃の娘である第一王女だった。この王女様はおれたちの三歳下だがとても優秀で、次代の女王として早くも期待されている。王配となる三人の候補たちも皆それぞれ優秀で、国民も大歓迎だった。

 馬鹿の取り巻きたちは、それぞれの家庭で叱責され廃嫡になったという。連中を見限っていた婚約者たちは、王家により手厚くケアされ、皆とても良い縁談を結んだらしい。被害者が出なくて何よりである。


 そして、おれは。


「ルクレツィア様、そろそろ次の領地へ向かいますわよ!」

「ええ、ルイーザさま!」


 当初の予定通り、ルイーザ嬢と共に、王国各地を巡礼する旅に出ている。行ったことない見たことない土地が多すぎて、馬に乗って各地を巡り、最推しと共に歩く女二人旅。最高に楽しい。楽しすぎて頭おかしくなりそうなくらい楽しい。ヒロインに転生してよかった。

 更に幸運なことに、おれは女侯爵として将来的に爵位を継ぐ予定なので、この旅を終えたらルイーザ嬢がおれの第一夫人として侯爵家に入ることも決まっている。おれたちの仲の良さとルイーザ嬢の幸せを願って、公爵家のご当主様が自ら養父に頭を下げてくれたのだ。

 そもそも女同士で結婚できるのかって? できるんだよ、このゲームはそういう設定だったから。確かにモブに同性カップルがいたのを思い出したのは、婚約を打診された瞬間だったけどな!


「ルクレツィア様。わたくし、いまとっても幸せですわ。こんな風に自由な生き方が出来るなんて、夢のようですの」


 夕暮れを背負うように馬を駆りながら、前世から推しまくった美しい女神が笑っている。破滅の道しか描かれなかったルイーザ嬢は、今日もこうして、おれに最高の笑みを向けてくれていた。この日々が続いていることに感謝をして、おれは今日も声を張り上げる。


「お美しいルイーザさま! 今日もあなたが大好きですわ!」

長編も更新しております。もしよろしければ、お暇つぶしにどうぞ。


『悪役聖女の追放後~隣国で好きなことして暮らします!~』

https://ncode.syosetu.com/n7153ju/

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