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遠慮しがちなヴァンパイア

作者: たべたべ


吹きすさぶ風。

鳴り止まない雷。

吸血鬼の館は人里離れた山の中に恐ろしいほど荘厳に建っていた。

そんな館の奥の奥。

ほとんど光の届かない、闇の支配する一室に俺のお目当ての棺桶が一基...。


中で眠っているであろうお目当ての化け物に謁見するため、重々しい棺桶の蓋に手をかけた。


...軽い。


ズレた棺桶の蓋は、一人で開けるにしては妙に簡単に中身を露わにした。


すると、棺桶の住人とバッチリ目があった。



「え、誰?こわ」


「あ、え?」



合点がいった。

中身も同じタイミングで、同じ方向から蓋を開けようとしていたのだ。


敵対するはずのヴァンパイアと互いに目を見開き驚きを隠せない。


俺はなんとか平静を取り繕う。

多分、中身の女も平静を取り繕おうとしている。


互いの小さな驚嘆から数秒の間があいて、俺はどうにか声を出す。



「お前、」


「あなた、」


「あっ」


「えっ」



再度声が重なった。


少しばかり目が泳ぐ。

もちろん女も目が泳ぐ。

またまた数秒の間があいたが、今度は互いに声を出さない。

先ほどと同じように声が被ってしまっては堂々巡りになること間違いないからだ。


どうしようかと、ない頭を捻っていたところ、棺桶に寝そべる女が動きを見せた。


少しばかり肘を曲げ、白い手のひらを上に向けて上目遣いに小さく会釈を行った。

それはまるで、いやまさに「どうぞ」と遠慮がちに促したのだ。


俺はそんな女の仕草に一応小さく会釈で返す。

そして、ペコペコと小さく頷き返しながら同じように「どうぞ」と手を差し伸べた。


女は一度目をパチクリとさせて何度か頷いた。

そして「うんしょと」起き上がり、棺桶内に長座で座って声を発する。



「あ、えー、どちら様、でしょうか」



当然である。

俺だって朝起きて目が覚めたとき、目の前に見ず知らずの男が立っていたら同じ質問をするだろう。

いや、その前に叫び声を上げるか。

でも状況が状況だし、驚きも息といっしょに飲み込んでしまうかも知れない。



「あ、どうも、えーと、一応なんですが、ヴァンパイアハンターです」


「あ、そうですか。ヴァンパイアハンター...」


「すみません。お休み中かと思いまして」


「あ、そうですよね。今、朝ですもんね」


「はい、」


「すみません。私もこう、人間だった頃の習慣というか、ちょっとそういうのが抜けなくてですね...」


「あー...そぅ、なんですねえ」


「ええ...。あの、あと、ひとつ良いですか?」


「何でしょうか」


「あの、ヴァンパイアハンターさんですから、私の様な者を殺そうと家に押しかけるのはまだわかるんです」


「はい」


「でもですね、ちょっと、流石に畳に土足は...」



女は俺の足元を見て怪訝な顔をした。

確かに俺は土足だった。

こう相見えて会話することがなければあまり気にする事では無かったかもしれない。

けれども改めて言われてみると、畳に土足は駄目だ。

日本人としてどうなんだ俺は。


俺は慌てて靴を脱ぎ、リュックサックに入っていたコンビニのビニール袋を取り出す。

ここに来る前に食べたオニギリの包装用紙のゴミに構わずスニーカーを乱雑に放り込む。

ついでに被っていた帽子も取った。

そして一度、深呼吸をしてからゆっくりと畳の上に正座した。


「...すみません」


「いえ、まあ、そういう職業というのは分かっていますし...こちらこそすみません」


「あ、いえ...」


「...。」


「...。」


「...。」


「...。」


互いに目を伏せて、気まずい沈黙が流れる。

ここは勝手に家までやってきた自分から打破しなければ失礼に値するのでは?と思い、なんとか話題を捻り出す。



「...あの、ヴァンパイアさん」


「はい...?」


「寝る時、和装、なんですねえ」


「あ、そうぅ..ですね...」


「今時珍しいです、ねえ...」


「実家が和服屋でして...」


「あー...そうですかあ、それで...」


「ええ」


「...。」


「...。」


「...。」


「...。」


再度互いに目を伏せて、気まずい沈黙が流れる。

全く会話が続かない。

俺は世間話が苦手なんだ。


すると当の女ヴァンパイアも気まずかったらしく、辿々しく声を発した。


「ハンターさん、あの」


「はい!」



俺は妙に上ずった大きな声で返事をしてしまった。

女は一瞬ビクッと体を震わせてから話を続けた。



「そういうお仕事されてる人って、もっとこうご年配な方の印象があったんですが...お若いですよね?わたしと同じくらいですか?」


「あー...そうですね。この業界も人手不足らしくって...ははは、自分は今年で22になります」


「あ、そうですかあ...じゃあ自分と同い年ですね。どうしてハンターさんになろうと思ったんですか...?」


「実家がずっとヴァンパイアハンターやってまして。それで流れというか、そのままですねえ」


「ハンターさんの家系なんですねえ」


「あ、いえいえ。そんな歴史があるわけじゃなくて、親父が初めて、それを継げって言われましてね...。ほら、税金とか安くなるって言うじゃないですか、ヴァンパイアハンター」


「減税されるってよく聞きますもんねえ...」


「そうなんですよ...。なりたくてなったわけじゃあ無いんですけどねえ...。ヴァンパイアさんはどうしてヴァンパイアに?」


「私、ですか...」



女は少し眉をひそめた。

流石に突っ込みすぎただろうか。

中々自分からヴァンパイアになりたがる人もいないだろう。

踏み入りすぎた事に俺は後悔した。

慌てて質問を取り消そうと振る舞う。



「答えにくい質問でしたよね!すみません!」


「いえ、いいんです。せっかくですし話をさせてください」



ヴァンパイアは俺の話を遮るように、少しだけ強い口調でそう言った。



「...私、ずっと体が弱くって入退院を繰り返していまして...あまり外にも出たことがないんです。それで、この年になってから病状がもっと悪化してしまいましてね。それを見かねた父が...本職のヴァンパイアさんに頼んで、私も、ね?...ははは」



女は俺から目を背けながら、寂しげに笑った。

笑っているが、その姿はどこか悲しそうに見えた。



「でも結局ヴァンパイアも病人も変わりません。体は軽くなりましたけど、結局夜しか外には出られませんしね。友達ともっと疎遠になっちゃいましたよ。父にも言いました。結局何も変わらないって。それからずっと、何ヶ月も会っていません」


「...辛かったですね」


「...ええ」



女は笑みを絶やすことなく、俺の顔をふっと見つめた。



「でも良いんです。あーよかった!今日でそんな日々とはおさらばですね!うれしいなあ!」



パチリと開かれた女の赤い瞳には、大粒の涙が溜まっていた。



「ハンターさん。私の最期、よろしくお願いします」



座ったまま深々とお辞儀をする女の和装に、ポタポタと小さな雫が垂れたのを見逃すことはできなかった。



「...ヴァンパイアさん。何か、何か最後にやってみたいことはありませんか?」


「やってみたいこと...ですか」



女はゆっくりと俺を見上げた。



「ええ。やってみたいことです」



ハンターがヴァンパイアに情をかけることはご法度だ。

隙を見せたら最後、どんな抵抗をされるかわからない。

だが、彼女なら。



「......外に、出てみたい」


「...外に、ですか」


「ええ。もう一度おひさまの光をいっぱい浴びてみたいんです」


「でもそんな事をしたら」


「わかってますよハンターさん。でもハンターさん。あなたは元々私のことを殺しに来たんですよね?だったら」


「...わかりました」



女はまるで布団をずらすように棺桶の蓋をゆっくりと除いた。

そしてそのまま立ち上がり、少し微笑んでから俺に深々と頭を下げた。







────



『今回の依頼だ。お前が行って来い』


『あ?親父が行けよ』



自宅兼職場になっている居間の一角で親父は俺にそう告げて、1枚の写真を投げてよこした。



『若い女のヴァンパイアだ。丁度いいだろ』


『何が丁度いいんだよ』


『ひよっこには丁度いいっていってんだよ』


『はぁ...はいはい。わかりましたよ。日付は?といってもアレか。即日以外ないか』


ハンターに寄せられる依頼は殆ど自治体などからで、即日の討伐要請だ。

何日も放っておいて被害が拡大したらたまったもんじゃないからだ。

今回もいつもと同じだろうと高を括って、仕事道具の詰まったリュックサックに手をかけた。



『いや。今回は即日じゃない』



親父はタバコに火をつけて、ゆるりと一筋の煙を上げた。



『即日じゃない?』


『10日後だ』


『10日後?なんでまた』


『誕生日なんだとよ』


『誕生日ぃ?』


『依頼主は写真の女の父親から。どういう理由かは知らんが、まあ何かそうしなきゃいけない理由があるんだろう。準備だけしとけ』


『お、おう』



親父はもう一度煙を吐くと、まだ長いタバコを灰皿に押し付けて部屋から出ていった。

その後姿はどこか、悲壮感が漂っているように見えた。



─────




いくら自分の娘の体が弱いかといって勝手に人から離れた存在にして、薄暗い山の中の館に一人閉じ込めてるなんて...。それに結局娘が悲しむ姿を見ていられなくて他人に殺すように依頼するなんて、余りにも自分勝手が過ぎる。

俺は怒りに手が震えた。


「ハンターさん。...どうして」


「え?」


俺はいつの間にか泣いていた。

涙が止まらなかった。

溢れる雫は自分の意志とは無関係にボロボロと流れることを辞めなかった。


「...ふふふ。優しいんですね」


「...いえ」


「行きましょう」


「...はい」



襖を開けて、薄く光がこぼれる廊下を目の当たりにする。

館の奥の奥部屋から玄関までは一直線で、そう遠くない。

館といっても山中にあるちょっとした別荘だし、人一人が住むには全く問題ない大きさだ。

この館には、俺と彼女以外の誰もいない。


彼女の足音と、前を歩く俺の足音だけが響いた。


リュックサックから靴を取り出し、先んじて身につける。

彼女も備え付けられた靴箱から、きれいな一足の美しい下駄取り出した。


上品に、ゆっくりと下駄を履く姿を見つめ、すっと綺麗な立ち姿を見せた彼女を見つめて、俺は一度だけ強く頷いた。




「わあ...暖かい...」



雲はまだ厚いままだったが、雷の音はいつの間にか消えていた。

強く吹いていた風も、今では優しく肌を撫でている。



「ハンターさん。お昼って素晴らしいですね」


「ああ...」



雲が段々と晴れ間に変わる。

木々の隙間から、うっすらと陽の光が降りてくる。

それは少しずつ、歩み寄るように彼女の体を包んでいった。


ヴァンパイアは日光に耐えることは出来ない。

日に当たれば灰になる。


そんなこと、彼女だってもちろん知っているはずなのに、燦々と降り注ぐ光の中で彼女は一番の笑顔で俺に言った。



「ハンターさん。ありがとう」










─────








帰り道。

俺は足元の悪い山中をなんとか進んでいた。

来た時は雷と風だけだったが、話し込んでいたうちに雨が降ったらしい。それもかなりの量。


うってかわっての晴天の中、汗だくの額を拭うこともなく俺は進んだ。


少したって、ようやく道半ばというところで、うまい具合に休めそうな開けた平地を見つけた。

俺はリュックサックが汚れることも厭わずに地面に投げ出し、ちょうどいい大きさの岩の上に腰掛ける。

一息ついてリュックサックから来るときに買ったコンビニのお茶を取り出して口にする。


殆ど山登りといった状況に親父に恨みを連ねていたところ、ひときわ大きな風が吹いた。



「あ」



風に飛ばされた帽子が宙を舞い、俺の背後に飛んでいく。


急いで飛んでいった方向を見ると、開けた木々の隙間から、自分の住んでいる街が一望できた。

街の上には一筋の大きな虹がかかっていた。




「きれい」




ふと、俺の背後から声がした。

俺はそちらに振り向こうとしたが、いつの間にか真横まで歩みを進めていたようで、一緒に並んで街を見下ろし、虹を見上げた。


声の主は虹に見とれながらも、また口を開く。




「こんな綺麗なもの初めて見ました」




...昔、親父から聞いた話を思い出す。



『ヴァンパイアは弱点を克服する事がある。理由は知らないが、なにかきっかけがあるんだろうな。ま、注意しろ』


その時は気にもとめなかったが、もっと深く聞いておくべきだったなと今は後悔している。




「...こんなもんじゃ無いですよ。世界はもっとたくさんの、色々な美しいものに溢れてます」


「ふふふ...。この景色だけで充分ですよ」


「そんな事言わずに、色々見回ってみましょうよ」


「ありがとうございます。でもいいんです。この景色だけでも...。私には充分すぎますから」


「ははは...そうですか」


「でも...強いて言うなら、良いですか?」


「もちろんです」


「ずっと夢だったんですけど...街で、誰かとお買い物とかしてみたいな、なんて...無理にじゃないんですよ!無理にじゃ!」




遠慮がちにそう言った彼女は、眉をひそめながらも、少しだけいたずらっぽく笑みをこぼした。


そんな彼女の姿をみて俺も笑みをこぼす。


...まったく、


「遠慮しがちなヴァンパイアだ」







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