7話「お嬢様と血の契を交わす」
「さぁ起きなさい悠斗。学園に行く時間よ」
俺が寝ていると横からそんな声が聞こえてきた。
そう、幼馴染の雪花がどういう訳か部屋に居るという訳だ。
「……なんで雪花がこの部屋に居るんだ」
欠伸をしながら返事をすると雪花の口元が紅を塗ったかのように赤く染まっていたのが印象的である
「まあ何でもいいじゃない。それに時間ギリギリまで寝ている悠斗の方が悪いわ」
雪花は言いながら指で時計を指すと確かに時刻はギリギリようだ。
だがおかしい。寝る前にスマホでアラームとやらを設定した筈なのだが。
しかし今の俺にはそんな事よりも、
「なんか右腕にチクチクと痛みが走るのだが……何だ? 変な寝方でもしたのか?」
右腕から鈍く針が突き刺さるような痛みが伝わってきているのだ。
「自分で言っている通りに変な寝方でもしたんじゃないの?」
「そうか? うーむ……」
雪花は視線を逸らすとそのまま部屋からで行こうとした。
だがしかし痛みを感じる右腕を横目で確認すると、その原因は……というより犯人が判明した。
「おい、ちょっと待て雪花。どこに行こうと言うんだ?」
「あら、見て分からないかしら? 一階に行くつもりなんだけど?」
俺の呼びかで彼女が部屋の扉前で足を止めると、不思議と視線を合わせようとせず言葉のみを返してきた。もう既にその反応が全てを物語っていると言っても過言ではないだろう。
「ちゃんと説明しろ。何で朝一でお前は”俺の血を吸血”したんだ」
「し……仕方がないじゃない! 私だって一応は我慢したのよ! ……でも悠斗のたくましくて太い腕を見ていたら体が疼いてしまって……」
顔を真っ赤に染めた雪花から事情を聞くと、口元が紅を塗りこんだように真紅に染まっていた理由が顕となった。
とうよりその口元を見たら直ぐに吸血行為を視野に入れて考えるべきであった。
「まあ分かった。取り敢えず次から無断で吸血したら雪花とは一緒に登校しな――」
「ごめんさいごめんさいごめんさい! もう絶対にしないからそれだけは許して!」
「お、おい……」
一瞬にして彼女は焦り出すと俺の方へと近づいて、両肩を掴むと話を聞かずに只管に謝罪の意思を見せてくる。
どうやら雪花にとって一緒に登校しないという言葉は発狂させることに事足りるようだ。
「はぁ……。ちゃんと人の話を聞け。俺は次からという指定を言っているぞ」
「あぁっ……ほ、本当に? じゃぁ一緒に登校してくれる?」
上目遣いで彼女は聞いてくるが俺はその手のハニートラップを生前幾度ともなく経験しているから効くことはない。だが雪花の場合はハニトラではなく無意識でやっているのだろう。
「ああ、そうだ。まあ今回は大目に見て許しておく」
「そ、そう……なら良かったわ。悠斗と一緒に登校できないなんて、学園に行く価値すらもないもの」
雪花は離れると直ぐに冷静さを取り戻しながら言うが、もしかしたらあの上目遣いはハニトラだったのかも知れないと思える。
それにこれは完全に余談なのだが、別に吸血鬼同士で吸血行為をしても特に何も起きない。
例えばこの世界のドラマ? という作り話でよく同族の血を吸えば吸うほど狂気に堕ちたり何しからの障害が発症したりとあるが、そういうのは全くと言ってもいいほど起きない。
そして吸血鬼同士で吸血しても腹が満たされる訳でも況してや魔力が回復する訳でもない。
本当に無意味な行為なのだ。
……それなのに何故か雪花はああやって、たまに勝手に吸血してくるがな。
「さあ悠斗、今の雑談で完全に朝食を食べる時間を失ったわ。直ぐに家を出ないと遅刻よ」
「完全にお前のせいだけどな。だが遅刻はよくない。特にあの先生に目をつけられるのは何かと面倒そうだ」
雪花のせいで朝食を食べる時間を失うと急いで着替えを済ませて家を出ることとなった。
もちろん着替えている時は彼女に部屋を出てもらっていたぞ。
だがたまに「私が着替えを手伝いましょうか?」と真顔で言う時があり、本当に頭の心配をしたものだ。そしてその言葉の返しはいつも決まって「少しでも覗いたら、俺は引っ越すぞ」と言っている。無論効果の方は絶大だ。
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「まさか学園まで全力で走る事になるとは思わなかったわ」
「お前のせいでこうなっているんだけどな。だがそのおかげでギリギリ遅刻は回避できたであろう」
家を出たあと普通に歩いていては遅刻が確定すると予測して、途中から俺が雪花を横抱きにして学園まで走ったのだ。故に時間ギリギリで学園に到着したということ。
まあ雪花を抱えて学園まで走るのは考え方によっては足腰に鍛えることに有効だろう。
つまり遅刻を回避して尚且つ俺は自身の鍛錬を行った訳だ。
……こんなこと当の本人に言ったら怒るだろうけどな。
「さて、急いで席に座ってHRに備えましょう」
「ああ、そうだな」
そのまま俺達は教室へと向かい扉を開けると一斉にクラスメイト達の視線が集まる。
一体何事だろうか。俺達を先生と間違えたのだろうか。
「あら、やっときたましたのね。随分と遅い登校じゃないですの」
「そうだぞ! アデラ様はお前と血の契りを交わす為に、朝一でクラスで待っていたのだぞ!」
すると目の前では優雅な立ち振舞いでアデラが現れて口を開くと、その横では相変わらずフィオナが睨みを効かせながら視線を合わせてくる。
「ほう、朝一で律儀にも待っていてくれたのか。それは待たせてしまって申し訳ないな」
「別に気にしていませんわ。私はいずれ皇族の座に就く者ですから。心は寛大ですの」
アデラが不敵な笑みを浮かべてそう言うと、俺の頭の中には一瞬だけグレーテの存在が浮かんだが、別にそこまで寛大ではなかった気がした。
しかし数日ほどの戦いを繰り広げただけであり、俺には憶測でしか考えられないがな。
だがもしかしたらグレーテは吸血鬼側では皇族として寛大だったのかも知れない。
「そうか。なら早速、血の契りを交わすとするか」
「ええ、もちろんですわ。その為に私は態々朝から待っていたのですから」
やはりアデラは朝一で待たされていた事に若干怒っているようだが、気にせずそのまま右手のひらに少し傷を入れて血を流れさせると、彼女の方も右手のひらに傷を入れていた。
「準備はいいですの? それでは今から決闘の条件を言いますわよ」
「ああ、なるべく手短に頼む」
どうやらアデラは決闘の日程や条件を整えてきたようだが、そうじゃないと普通は血の契なんて行わいだろうなと改めて思う。
「まず決闘は明後日の昼休憩中に行いますの。そして決闘は互いに具現武装を使って相手に負けを宣言させることですの」
「ほう、アデラは綺麗な顔をしながらも結構血なまぐさい事を言うのだな。だが良いだろう」
まさかアデラの口から具現武装を使用して戦いを提示されるとはな。
確かにグレーテも戦闘狂だったが、アデラもそれに少なからず影響されているのか?
「ふんっ、顔は関係ないですわ。それと敗北した者は眷属となり、勝者はクラス代表となる事が条件となりますの」
「ああ、分かっている」
アデラから言い渡された条件を全て受け入れると、互いに血の流れている手の平を合わせて、血に拘束能力を付与する為に詠唱を行う。
「「我、血の契約に従い。全ての条件を承諾する」」
これは血の契の効果を発動する為に必要な事である。
そしてこれで血の契の儀式は終えて、俺とアデラの間には血の呪いで拘束関係にある。
血の契とはざっと言ってしまえば、互いに約束や契約事を絶対に守らせる魔法であり呪いである。
やり方はさっき俺とアデラがやったように、互いに血を流している傷口を合わせて詠唱を行うだけだ。そしてもし血の契を放棄した時は放棄した側の心臓が爆発して死ぬことになる。
更に言えば血の契はいかなる魔法を駆使しても解除はできないのだ。
まったく、一体何の為にこんな魔法というか儀式が生まれたのか分からんのだがな。
あとこの血の契は小学校六年の最後の授業で習うことになる。まあ善悪の区別が付いてきた頃だな。
「これで準備は整いましたわ。明後日の決闘ではきっと多くのギャラリーが集まるでしょうから、精々無様に負けないで下さいましね」
「ふっ、その言葉はそのまま返しておこう」
するとアデラは苛立ちを覚えたのか表情を険しくさせてフィオナと共に自分席へと戻っていく。
それに続いて俺も自分の席へと行こうとしたのだが……何故だろうな。隣から冷たい空気が頬を掠めていく。
「ちょっと悠斗。あの女の血を体内に入れたわね?」
「あ、ああ。じゃないと血の契は出来ないからな」
「……なら後で私の血も――」
「絶対に嫌だぞ」
「なっ!?」
はぁ……俺は吸血鬼だが吸血行為だけは絶対にしないと決めているのだ。
だからこういう例外的な事以外で体内に他者の血を入れたくはない。
しかしそれを説明しても雪花にはきっと理解出来ないだろうな。
「取り敢えず席に行こう。じゃないと乙津先生が……」
「遅いわ馬鹿者。お前達二人はそのままHRが終わるまで後ろで立っていろ」
俺達は遅刻は免れたが乙津先生からは逃れられなかったようで、瞳から光を排除した雪花と共に教室の後ろの方でHRが終わるまで立たされることとなった。
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