2024年1月1日
結婚しても香澄は働いていました。
専業主婦が多かったのは、智樹や香澄の親世代が最後なのでしょう。
香澄は直ぐにでも子どもが欲しいと願いました。
願った待望の赤ちゃんを身籠った時、香澄は泣いて喜びました。
「私ね、一人っ子だからね。
沢山、子どもを産みたいの。
智樹さんは双子のお兄さんが居て、可愛い妹さんも居て…
羨ましいの。
智樹さん、私、3人欲しいな。子ども……。」
「おい、まだ生まれていないのに……早いよ。第二子の話なんて!」
「でもぉ~。」
「先ずは、妊娠期間を無事に過ぎて、そして無事に安産で!
香澄、絶対に無理しちゃ駄目だよ。」
「うん。分かってる。楽しみだなぁ~来年4月生まれて来てくれるのよね。
私たちの赤ちゃん………!」
「そうだな。」
「性別は……聞く?」
「それは、生まれて来てくれてからのお楽しみじゃないの?!」
「智樹さん、知りたいんでしょう?」
「えっ? そんなこと………。」
「あるでしょう!?」
「はい。あります。」
「ジャジャジャジャーン! 智樹さんと香澄の第一子は………
……………………おとこのこ! 男の子でぇ~す♡」
「男の子? ……じゃあ、サッカー教える!」
「早いよぉ~、まだ生まれて来てないのに。」
「いいじゃん。父親の夢だよ。そしてさ、大人になったら酒を酌み交わすんだ!」
「私は? 一緒じゃないの?」
「一緒だよ。勿論!」
「楽しみぃ~! ねっ!」
「うん。楽しみだ!!」
その年の年末に香澄の祖母の家に夫婦で行きました。
祖母が亡くなったからでした。
葬儀は年が明けて1月4日です。
年末年始は火葬場が開いていないので、早くて1月4日でした。
祖母の遺体は葬儀会場に安置して貰っています。
両親は葬儀会場に葬儀まで居ると決めて、葬儀社からも了解を得ました。
大人数での葬儀は年始であることから控えました。
密葬にすることにし、近親者のみの葬儀です。
香澄と智樹は、祖母の家で葬儀まで暮らすことにしました。
2024年1月1日 元旦の午後。
香澄は急に祖母の裁縫道具入れから「赤い糸」を持ってきました。
「智樹さん、ずっと一緒に居てね。」
「うん。」
「ずっとだよ。」
「うん。ずっと一緒だよ。香澄と……。」
「智樹さん、赤い糸の伝説って知ってる?」
「何? それ……。」
「あのね。運命で結ばれる男女は赤い糸で繋がっているの。」
「ふぅ~ん。そういう伝説って女の子が好きそうだね。」
「おばあちゃん、亡くなったでしょう。」
「うん。香澄。大丈夫?」
「うん。大丈夫。……… おばあちゃんはおじいちゃんと赤い糸で結ばれてたら
きっと、会ってるよね。あっちで………。」
「そうだね。きっと、そうだよ。」
「私も智樹さんと赤い糸で結ばれたいの。」
「え?」
「この赤い糸、智樹さん、私と繋げてくれる?」
「実際に繋げるの?」
「うん。」
智樹は香澄が少し不安定になっている様子を心配しました。
そして、「赤い糸で繋げるくらい何てことない可愛い望み」と思いました。
「うん。いいよ。僕もずっと香澄と一緒がいいから……。」
「ありがとう。」
智樹の「ずっと香澄と一緒がいいから……。」は智樹の偽りのない心です。
香澄が智樹の小指に赤い糸を括りつけました。
智樹が香澄の小指に赤い糸を括りつけました。
二人の左手小指は赤い糸によって繋がったのです。
香澄は泣きそうなのに微笑みを浮かべました。
「智樹さん、ありがとう。」
それが、智樹がこの世で聞いた香澄の最期の声でした。
最期の言葉でした。
その言葉を智樹が聞いた直後に一回目の大きな揺れが二人を襲いました。
そして、二度目の大きな揺れによって、祖母の家が倒壊したのです。
智樹は妻の名前を呼び続けました。
「香澄。 香澄ーっ! かすみ………。」
手を取り合っていたのです。直前まで……
その繋いだ手が………段々と冷たくなっていきました。
「かすみ……かすみ……か・す・み……。」
香澄の返事はありませんでした。
「だれか……だれか……かすみを……たすけ…て……。」
「か…す……み…… まもり…たかった……
まも…れ…なく…て………ごめん……… かすみ……あいし……て…る。」
二人は全壊して家の姿がなくなった祖母の自宅から出られたのは、日が少し経ってからでした。




