記憶のピースを埋めるために③
涙をそっと拭ってくれた智樹は「泣かせたくないんだ。」と、言いました。
そして……………。
「僕が……唐津って人だったら、どうすんの? 何か変わる?」
「分かんない。」
「じゃあ、誰でもない今の僕だけで、いいでしょ…ねっ。」
「知りたいの。記憶のピースが欠けてて…… 欠けたままじゃ嫌なの。」
「記憶の、ピース…かぁ………。」
「うん。」
「もう一度言うけど、今の……君は、これから色んな人と出逢う。
その時に記憶が影響して振り回されたら……今、これから先に出逢う人を
今のその目で見ることが出来なくなるかもしれないでしょう。
特に、配偶者が誰か分かったら、その人と付き合いたい!って思うかも……
好きだと思ってしまうのも、記憶のピースが思わせているのかも……
そんなこと、良くないと思うんだ。」
「先輩、それが答えなんですか?」
「うん。」
「じゃあ、私の令和の配偶者を知ってるってことですか?」
「否、違うよ。…………例えばって話だよ。
………… 折角のサンドイッチとコーヒー……頂こうよ。ねっ。」
サンドイッチとコーヒーを口に運びました。
ただ黙々と口に運びました。
智樹も無言でした。
「いただきます。」と「ご馳走様でした。」だけでした。
沈黙を破ったのは、智樹でした。
「あの日、僕は…あの地域の…人、全員に知らせたかった………。
でもね、誰が信じてくれる? ………… 誰も信じないよね。」
「それは………。」
「前世で地震が起きたから、逃げてください!って、僕が言っても
……誰も……誰も、信じない…………。
全員を避難させたあの映画……。
あの映画みたいに、全員を助けることは出来ないんだ。
高校生が爆弾を使って、全員に避難行動をさせる。あんなこと出来ないよ。
全員に知らせても誰も信じてくれない、と分かってるから……
だから、君も信じないって分かってた。
それでも、君の命だけは守りたかった………。」
「先輩…… 信じなくて、すみませんでした。」
「いやぁ~、信じられないのが当たり前だから………今の僕の言葉は、忘れ
て……。」
「ううん。忘れません。だって、ほんとだから………。」
「これから出逢うだろう人のために、記憶が欠けてても…いいじゃない。」
「先輩………。何も教えて貰えないんですね。」
「教えることは無いってことだよ。」
そう言って智樹は立ち上がりました。
「もう、いいよね。帰るよ。」
その後姿を見て香澄は呼び止めました。
「雄鹿……。」
振り返った智樹の顔は、「雄鹿」だったと言っていました。




