記憶のピースを埋めるために①
香澄は思い切って智樹にLINEでメッセージを送りました。
「田辺先輩、どうしても聞きたいことがあります。
会って貰えませんか?
どうか、よろしくお願いします。」
直ぐに返信がありました。
「何を話せばいいの?
この前に話した通りだよ。」
「すみません。
どうしても気になることがあるんです。
お願いします。
もう一度、会ってください。」
「今、LINEでは駄目なのかな?」
「出来れば会って欲しいです。」
「じゃあ、急だけど……明日の7時に……
この前の所で…いいかな?」
「はい。ありがとうございます。」
「じゃあ、明日。」
「はい、よろしくお願いします。」
香澄は「良かった~。」と、思いました。
聞くこと、「宝塚歌劇」を観たことが無いはずなのに、知っているのは何故なのか?
教えて貰えるのか、それとも知らないという返事なのか……
香澄は、「知らない?……本当に知らないのか、それとも………それもLINEじゃ分からないから、会わないと!」と、思ったので無理強いしたのかもしれません。
智樹に会って貰えることは、香澄にとって嬉しいことでした。
約束の時間より少し遅れて智樹はやって来ました。
「ごめんね。遅くなったね。」
「いいえ、来て貰って嬉しいです。」
「……そう……。」
「はい。先輩、先にご飯にします?」
「え……先に話でいいよ。
それとも、お腹が空いてる?」
「いいえ、先にお話でいいのなら、お願いします。」
「じゃあ、この先のカフェに行く?」
「はい。」
近くのカフェに入りました。
座って直ぐに聞かれました。
「それで、何を聞きたいの?」
「あの…… 前の私は宝塚歌劇が好きだったんですか?」
「宝塚…… どうして?」
「宝塚歌劇の『あかねさす紫の花』っていうのを覚えているんですけれども
真帆は今の私は見たことが無いはずだって言うんです。
それで、前の私が観ていて、その記憶が残ってるんじゃないかと……
そう思ったんです。
何か先輩、ご存じですか?」
「………知らないよ………。」
「ほんとうに?」
「……うん。知らない。」
「どうして?」
「?」
「どうして、目を逸らして言うんですか?」
「……逸らして…ないよ。」
「先輩、私、ショックを受けたりしません。
知っていること全部教えてください。」
「この前に言ったことだけだよ。ほんとだよ。」
「………… 何も隠していませんか?」
「隠すことなんか何も無いから……ね……安心して大丈夫だから。」
「先輩、私、話しましたか?」
「何を?」
「私の前世の記憶について……。」
「前世の記憶?」
「はい。私にも前世の記憶があるんです。」
「どんな?」
「私は前世で持統天皇でした。」
「え?」
「信じられないでしょう?
持統天皇だった私は、藤原不比等を死罪にしました。
大津皇子を助けるために……。」
「まさか…… 飛鳥の記憶があるの?」
「……飛鳥の記憶?って……。」
「前世の飛鳥の記憶があるの?」
「はい。飛鳥の記憶の方が私は鮮明に覚えています。
飛鳥の前に令和に居て、宝塚歌劇を観たことは覚えています。
でも、それ以上の令和の記憶は無いんです。
だから、記憶を埋めたいんです。」
「飛鳥の記憶……鮮明に……。」
「先輩?」
「どのくらい覚えてるの?」
「はい?」
「飛鳥の記憶……。」
「覚えていますよ。全て……。」
「まさか……舟坂や唐津のことも? まさか……雄鹿のことも?……
まさか……そんな……。」
「先輩? 舟坂って……聞こえました。」
「えっ? 何? 僕、女孺のことなど何も言ってないよ。」
「……先輩、居たの? 飛鳥に居たんでしょ!」
「何、言ってるの? 僕が居たのは令和だよ。」
「だって、先輩、舟坂が女孺だと分かってる。」
「………………………………………………………。」
「さっき、凄く小さな声だったけど、舟坂って聞こえたの。
舟坂は私の女孺だったわ。
歴史の資料に女孺の名前、どこにも書かれてない!
先輩、全部話して!」
「……前の……令和の香澄ちゃんと、今の香澄ちゃんは違うって話したよね。」
「……はい。」
「今の香澄ちゃんの将来はこれから香澄ちゃんが築き上げていくものだと……
僕は思ってる。
だから、前の香澄ちゃんのことは覚えて無くていいし……
その記憶に引っ張られない方がいいよ。」
「何を言ってるんですか?」
「もう、話すことは無いよね。」
「待って!! 逃げないで話して!」
「逃げる? 話すことが無いから帰るだけだよ。」
「逃げてます。私が知りたいと思う気持ちから………逃げてます。先輩……。」
香澄は智樹の腕を掴んで放しませんでした。




